【No.37】 「思いがけない贈り物」 技術士(金属、総合技術監理部門) 柴田素伸 |
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昭和36年、私が大学の4年生の時、非鉄金属材料の講義の中で、初めてベリリウム(Beryllium : Be)のことを習った。それまでは、受験勉強で周期律表の4番目の元素、スイ、ヘイ、リー、ベ、ブーフ(H/He/Li/Be/B, ・・・)としか記憶になかった。 ベリリウムはアルカリ土類金属に属しながら、水に入れても反応せず、高温に加熱しても燃えず、比重はアルミより軽く、弾性係数は鋼と同程度であり、比重に対する比強度も高い。X線に対してはかなり広い範囲の波長に対して吸収がなく透明な材料である。しかし、脆くて、熱間変形はするが冷間ではほとんど伸びない。銅に少量のベリリウムを添加すると特殊鋼に匹敵する強さと、銅の25〜50%くらいの電気伝導率を有する材料になり、ニッケルや鉄との合金も高強度材料になる。またその酸化物を焼結したセラミックはアルミ並みの熱伝導度と高い誘電特性、電気絶縁性を有するという優れものである。最大の欠点は人体に対して毒性があることだ。いわば優等生の特性を持ちながら、特異な面もあるという変わりものである。といった内容だった。 私はなんとなく興味を持った。しかも、この材料はアメリカでは工業化されているが、日本では導入されたばかりで工業化されていない。やるべき課題は山ほどあるはずだ。さらに、名古屋にある大手碍子メーカーがやっている。家から通えるところにある。「よし、ベリリウムと付き合ってみよう。毒性が初めから分っているならそれを防ぐ対策もやっているはずだ。」無事入社試験に通り、日本碍子に就職できた。以来30年間、ベリリウム銅地金の精錬から二次素材の製造、ベリリウムを含む新材料の開発などを手がけた。海底通信に必要な中継器の筐体、連続鋳造技術の導入、圧延材の内製化、ベリリウム安全衛生対策の推進などなど。入社した頃は鋳造以外の金属加工設備を持っていなかったため、熱処理や鍛造、機械加工などほとんどの工程は外注工場に依存していたため、技術指導に明け暮れた時期もあった。現在では工業材料としてしっかりその地位を確保しており、ベリリウム銅合金は電子機器の接点材料として機器の軽薄短小化と機能の高信頼性の実現に役立っている。今、日本のベリリウム銅合金の生産量は世界を二分するまでになり、日本ガイシの国内マーケットシェアは非常に高いと聞いている。 昭和58年、これまで仕事を通して得た知識や経験の集大成として技術士を受験した。ベリリウムの国産化を目指して経験したことを中心に論文をまとめた。幸にして合格した。そして最近では総合技術監理部門での受験で、ベリリウムの安全衛生対策を中心に答案をまとめた。60歳を過ぎてからの受験勉強は大変であったが幸にしてこれも合格できた。 私の技術士の資格はすべてベリリウムがらみで取れたものである。今にして思えば、大学でベリリウムに出会ったとき、ベリリウムが私を呼んでいたのかもしれない。ベリリウムの工業化に尽力したお礼にベリリウムが思いがけない素敵な贈り物をしてくれたと思っている。
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