愛らしい容姿に、よく似合うふりふりのドレス
ツインテールな髪型と、その幼い愛くるしい容姿は道行く人々の視線を捕らえる
「ビスケット…クルーガー…」
しまった!と思った時にはすでに遅すぎた
「ちょ、ちょっとあんた!なんであたしの名前知ってるのよ!?」
まぁ確かに…見知らぬ人からいきなり名前を言われたら誰でもびっくりするし、警戒するよね
あー、失敗だったー
だけど、やっぱりあたしは呟いてしまっていただろう、その名前を
『ビスケット=クルーガー』
あたしと夾花の間で、熱い漫画の一つ『Hunter×Hunter』
その中に出てくる、登場人物に本当にそっくりだったのだ
それも相手の反応から見て、ビスケット=クルーガー本人に間違えないだろう
あー、もしかしてここ…Hunter×Hunterの世界…?
あたしってもしかしてハンターの世界にトリップしちゃったぁー!?
ふと、ここに着てからずっと視界の隅に移っていた文字郡が思い出される
よくわからない文字だなーとは思ってたけど…
まさかハンター文字だったとはっ
思いつきもしないよ;
再び、警戒心バリバリ担っていると思われるビスケを見上げると…
あれ?警戒もしてないし…
むしろ何か考え込んでいる風ですらある
時折ビスケの口からなにやら呟きが聞こえるが、その呟きはあまりに小さく、ほんの断片しか拾えない
「…ディランの……――出会うって……………」
ビスケの顔をじーっと眺めこんでいたら、ふいにビスケがこちらに向き直った
「えーと、あなた、こんなところで立ち話もなんだからとりあえず喫茶店にでも入りましょうか」
うあ…
一見にこやかな顔をしているが、その裏ではどんな心情なのかまったくわからない
あたし大丈夫…なのかなぁ……
果たして五体満足でいられるかどうかかなり不安だ
ここは…とりあえず逃げとくしかっ
いまだに混乱し続けるあたしの頭はそう答えを導き出した
「あ、あのすいませんっ。知ってる人とそっくりだったもので、つい名前をっ、まさか同姓同名だとは思いませんでしたけどっ…
ちょ、ちょっと急いでますのでこれで失礼しますねっ」
自分でも何を言ってるのかわからない
とりあえずどもりながら一気に言い切ると、ビスケノア横をすり抜けるように大通りへと向かったのだが…
がしっ!
あっ、首根っこつかまれた…
「やーねー、別にとって食ったりしないわさ。ちょっとあなたとお茶が飲みたくなっただけよ」
ずるずるずる…
あたしの反論もむなしく
「あーれー」
あたしの身体はビスケにずるずると引っ張られていった
落ち着いた店内と、コーヒーの素敵な香り、最高の味を提供するマスター
決して繁盛しているとはいえないが、その落ち着いた雰囲気でたくさんの常連さんを抱え根強く営業している
眠らない街大都市レオの隠れ家的お店
それがこの店、喫茶テトラオレだった
「うわー、このコーヒーの香りすっごいよー!いい豆使ってるし、細かいところも丁寧な仕事がしてあるー♪」
「いらっしゃいませ ご注文は?」
「あたしはエスプレッソロースト。あんたは何にする?お金のことは気にしないでいいわさ」
「わー、このコーヒーミルすごーい!使い込まれてコーヒーのにおいが染み付いてるよー♪あっ、すっごい豆の種類あるー♪」
ぐいっ
痛い、ビスケに思いっきり顔つかまれたーむぎゅううっ
「で、な に に す る の ?」
にっこり笑ったビスケの顔が怖い、凄く怖い、やばいってくらい怖い
「は、は…い。あたしはモカジャバのローストでお願いしますぅう」
半ば消え入りそうな意識の中でそう答える
「畏まりました、少々お待ちくださいませ」
この時間は人がいないのか、店長と思わしき人物がメニューも取りに来てくれる
店の中は、数人の客がゆっくりコーヒーをすすっている
あたしとビスケは、テラス側の端っこに陣取って座っていたのだがー
ついつい、この店のコーヒーへのこだわりっ!を感じて暴走しちゃったっ
まぁ目下の問題から現実逃避してるとも言うのだが…
目の前ではビスケがじぃっとこちらを伺うように覗き込んでいる
こわっ、めっさこわっ!
「で、あたしの名前はどこで知ったの?」
不意に発したビスケの一言が、この店の空気を凍りつかせた
いや言葉ではない、ビスケから漂ってくる気配があたしを限定に金縛りのように合わせているのだ
「あ、あのっ…むぐっ…な、あうっ……」
必死に言葉をつむごうとするが、口を動かそうとするたびに、まるで脳内がそれを拒絶するようにうまく言葉を出すことができない
身体もまるで金縛りにあったように、少ししか動かず、体温がどんどん奪われていくような錯覚すら覚える
これって確か…
あたしの頭の中の本棚が開き、知識があふれ出す
天空闘技場、ヒソカ、……
そこから導き出される答え
つまり、念能力
念を知らないものが、敵意を持った念を受けるとまるで金縛りにあったような状態になるそうだ
極寒の中にいるのに、そこが極寒であるとも気づかずに薄着で進んでいるようなもの
怖い…
あたしはやっぱりここで消されちゃうのかな…
「ふぇっ、ふえぇぇぇぇぇんっ…」
あたしの中で何かが切れてしまった
まるで年相応の娘のように泣きじゃくる
怖い?
いや違う
恐ろしい?
それも違う
じゃあなんでないてるの?
悲しい?
悲しい?なんで悲しい?
ああ、多分あたしは悲しいんだ
直接的ではないとはいえ、ある意味よく知っている人物から敵意を向けられて、ある意味拒絶されたのだ
悲しい…
それはとっても悲しいこと…
精神が肉体の年齢に引きずられてしまったかのように、あたしは泣きじゃくり続ける
「っと、悪かったわさ。ほらっ、泣き止みなさい」
それまであたしを縛っていた気配がなくなり、逆にあたしを包み込むような気配が広がる
よしよしと、「怖がらせてごめんね」といいながら、頭をなでてくれるビスケ
あったかく、あたしの悲しい気持ちも吹き飛ばしてどこかへやっちゃうかのように、あたたかい…
やっぱりビスケは、あたしが知ってる通りのビスケだったんだ…
そのことがあたしを安堵させ、あたしの瞳から涙の雨を止める
「ふぅーふぅー」
ずずずぅ
やがて、機を見計らったかのように持ってきた、コーヒーを飲みながらビスケはあたしが落ち着くのを待っていてくれたみたいだった
思ったとおり、とてもおいしいコーヒ
心も身体もあったまる
「取り乱しちゃってごめんなさいっ」
「いや、あたしの方こそ試すようなまねをしてすまなかったわさ」
「試す?」
「そう、最近念をうまく隠す能力者がいるって聞いてね、一応警戒させてもらったってわけ
いくら念を隠すのがうまかったりする能力でも、あれだけの念を目の前で放たれたら、意識せずとも念に動きがあるはずだわさ
それが熟練者であれば熟練者であるほどね、あれだけの敵意を向けられた念が目の前から発せられたら、すぐに念で臨戦態勢をとるものだわさ
あんたにはそれがなかったから、大丈夫だって思ったのよ」
そうだったのか…
ビスケの口から聞いて、さらにこれが現実であるという認識が強まった
念能力
やっぱりここは紛れもなくハンターの世界なのね
「自己紹介が遅れたわね、知っての通りあたしの名前はビスケット=クルーガー。プロハンターよ」
たしかこっちの名前の言い方はっと、
「えと、えっと、あたしは。=です」
これでよかったはずよね
「ね、よろしく。それじゃあ何故あなたがあたしの顔と名前を知っていたか話してくれる?」
そのビスケの声には、有無を言わさない力強さがあったけど…
やっぱりあたたかかった
この人になら、全部話しても大丈夫
というか、この誰も知り合いがいない世界で、今頼ることができるのはこの人しかいないのかもしれない
あたしはこの世界では誰も知り合いがいない
ビスケに出会ったのも偶然?と言うにはできすぎている
それより、そんなことより、このあたしに起こったことをビスケに聞いてほしい!
それがあたしの心からの願いだった
「ほぅ、とすると、は別の世界からやってきて、その世界にはここのことが書かれてる本があったのね」
あたしが気がついてからこれまであったことを、ビスケは驚いたり、優しく微笑んでくれたりしながら聞いてくれた
「うんっ」
話を聞き終わった後も、驚くわけでもなく、呆れる訳でもなく、ビスケはにこやかな微笑を浮かべていた
「で、あなたはこれからどうするつもりなの?」
そう、それが今のあたしの一番の問題
多分この世界には、いや間違えなく頼る人が誰もいない
それにハンターの世界、あたしのいた世界より生きていくのに力を要する、と思う
そう、力が…
直感ではあるが、もう元の世界には戻れないような気はしている
なら、あたしが今必要としているのは…
「力、力がほしい…」
そう、あたし一人でも生きていける力
それが欲しい…
それもとびっきりの力
あたしの世界にはなかった、この世界独特の力…
即ち、念能力
「そう、なら修行してみる?」
え?
今なんて…
「あたしが特訓してあげるわさ」
「いいの?」
「もちろん」
「ありがとう、ビスケさんっ」
「ビスケでいいわよ、そのかわり教えを乞う身としてあたしの言いつけは絶対守ること!」
「うんっ」
ビスケと特訓
それは今のあたしにとって願ってもないこと
それに、ビスケならあたしを正しいほうへ導いてくれるような気がする
あ、でも気になることが一つ…
お会計を済ませ、修行のために、ビスケが泊まっているホテルへ向かう途中、あたしは思い切って聞いてみた
「ねぇビスケ、なんであたしの話信じたの?」
そう、普通こんな眉唾物の話をされたら、それこそ頭がおかしくなったか、何か裏があると勘繰るのが普通だろう
でも、ビスケは信じてくれた
それがずっと気になってた
「ん?ああ、年の功ってやつだわね。なんとなく嘘ついてるかついてないかわかるのよ。まぁ長年嘘つきやってるからね」
ホホホっと怪しげに笑いながら答えたビスケの言葉がすっごく嬉しく、それでいてその笑みはやはり少し不気味だった
『時は動き出した、人よ大海を知れ、
もがき、苦しみ、
それでも先が見えたのなら
その時汝は大海に泳ぎ出でる』
『人よ、恐れるな
時の歯車はすでに回り始めたのだから』