呆然と佇む受験者達を嘲笑うかのような自然現象

この海域に10年に一度の周期で起こる大気の歪みと水位の急激な上昇

風は荒れ狂い、海上には竜巻と渦潮が一体となった物が全てを飲み込んでいく


今はただ待つしかない

この巨大な天体現象に打ち勝てる受験者は誰一人いなかったのだから――





やがて第一波は治まった

軍艦の甲板近くまで来ていた潮は引き始め、空には星空が戻ってくる

受験者達は皆顔に安堵の表情を浮かべ、今は暴風が過ぎ去った事を喜んでいたが―


「落ち着いている場合ではない」


響き渡る言葉 まるで悪い夢を見ているかのようなその言葉

しかしその言葉の意味するところは、悠然と佇む軍艦の天辺部にまで覆われた貝類の痕が如実に語りかけていた




第一波はまだ序曲に過ぎなかった

24時間後の第二波

それが本当の葬送行進曲(フューネラル・マーチ)















外で風が吹き荒れるのを、海が荒れ狂うのを、そして受験者同士が協力して流された船を助けているのを見ていた

(あたしには関係ない)といった表情で、ロープを引っ張り続ける受験者達を見つめ続ける

ただその先の船の方に目線をずらしたとき、「あ…っ」目に入る金色の髪

それは遠く離れた船上においても一際の目を引く


身体の芯から熱くなる


その感覚を否定するかのように、ひらりと上っていた天辺から通路へと飛び降り視線を闇に向ける

治まらない鼓動、自然と目で追ってしまい、身体の芯が熱くなる

(何やってんだろ… あたし)


誰に問いかけるでもなくはそう心で呟く

の頭は冴えている、自分が以下に愚かな感情を持ったという事も認識している

否、自分に感情なんてあったのだろうか? と再び自問自答


でもそんな考えを否定するかのように、の身体はますます熱を持ち、頬は上気し、鼓動はますます早くなっていく


抑えられない気持ち

頭と身体が相反する


今まで持ち得なかった、一人の人間として意識すること

意識の中で何度も繰り返し再生されるように、彼の彼らの顔が頭をよぎり続ける


(だめ…だよ……っ なんでこんなに…苦しい…のっ!)


その気持ちを必死で抑えるように、は荒れ狂う風の中ぎゅっと胸を押さえながらただただ通路で蹲っていた



















夜が明ける

それは始まりの朝 そして終わりの朝

第二波が来るまで既に20時間を切っている

このまま何もしなかったら、間違えなく受験者25名全員海の藻屑と消えるだろう


「なんとかするしかあるまい」クラピカは改めてこの事態を打開するため、頭の中であらゆる可能性を
シュミュレートしていき、最善の方法を模索していった


(海は…だめだ 先ほどのゲレタの船同様、余程の大きさの船でもない限り竜巻に吸い寄せられて砕け散る
 空もだめだ 風が吹き荒れ思うように舵が取れなく墜落してしまうだろう
 そもそも25名全員を乗せて飛べるような飛行船なんてこの島にはない
 残っていたら死ぬ 海もだめ、空もだめ ……八方塞だな)


思案をするクラピカの目に、今自分が立っている軍艦の姿が留まる

(これ程大きい船ならば、第二波が来たとしてもちゃんと出航できてさえいれば何とかなりそうなものだが)

しかしそれにはあまりにも不安材料が多すぎる

いや、そもそもメインエンジンが生きているのかも怪しいところだ




「船ならあるよ! この船があるじゃない!!」

まるでクラピカの思考を読んでいたかのようなゴンの声

響くその声は、可能性の一つがより現実味を帯びてきた事を示唆していた





「エンジンが生きている」

「本当にこんなもんが動くってのか?」

「オレにわかるわけねぇじゃン」

「いや可能性はある 浮力さえついてこの岩場から離れられれば」

第二波から逃れらる可能性が高くなる、そう言外に告げたクラピカの言葉にブリッジに集まっていた受験者達から
「面白そうじゃない」
「発想の転換って奴だな 城から逃げるンじゃなくて、城ごと移動する 間違えない これがこの試験の答えって気がするぜ」
等の賛同の声が次々に上がる

否、すでに考えられる可能性はこれしかないのだ

ならばやるしかない、やらなければ自分が死ぬだけだ

こうしてハンター試験稀に見る、受験者同士の共同作戦の火蓋が切って落とされた











何かを決めたように受験者達が軍艦を調べて回っているのを横目に、は軍艦の天辺で風を浴びている

そよぐ海風、響く波音

しかし昨日あれほど近寄ってきていた海鳥達は、何かに怯えているかのように辺りを飛び回りよってこようとしない

(どうしたの…かな?)


遠く海鳥達が騒ぎ立てている彼方を見やる

海は一見普段と同じ様相をしているが、その風は多くの湿気を含み、遥か彼方の水平線上は景色が歪んでいる


「何してるの?」

ぼーっと海を眺めていたに、突然かけられた声

振り向くの視線の先には、どこかで見た服装をした黒髪長髪の男が梯子から顔を覗かせていた


「あれ イルミ? いたんだ?」

「ずっといたんだけど 気づかなかったの?」

「うん 全然」

「ちょっと悲しいなぁ」とか言いながらも「正体ばれたくないのがいるんだ だから変化してた」
っと自分の顔を指差し説明するイルミ

「今は変化してないで大丈夫?」

「うん なんか海に潜ってるの見えたから大丈夫
 そういえばこの前うちの親父と仕事かち合ったんだって?」

ふと、は言われた人物が誰だったか考え込んだが、その人物にすぐに思い当たった

「シルバさん? うん、ターゲットは別だったみたいだけど」

「ふぅん 珍しくうちの親父が「なかなか面白い小娘だった」なんて言っててさ
 多分オレの知り合いって話したら、今度うちに連れてこいってさ」


がシルバとかち合ったのは、蜘蛛の仕事で潜入していた家

今では第一級隔離指定書物となっている魔書『神記叡智書(ロストバイブル)』の
第13節の写本の一遍がその家に隠されているという情報をシャルナークが掴み
が隠されている場所への潜入方法を探るために潜入していたのだ

その時偶然その家の主がシルバのターゲットとなり、側近として仕えていた
シルバにいきなり襲われたのだ

(正直あの時は殺されるかと思った…)

なんかいろいろあり激しい死闘と口論の末、シルバの誤解が解け
仲良くその主からとことん情報を吐かせた後、さっくりと殺したのだ

その後なぜか成り行きで一緒にお茶をしたりもしていた


「ゾルディック家に? 遠慮しとく 遠いし」

「そう そう言うと思ったけど まぁいいや じゃ、またね」


そう言うが早いか消えるが早いか、さっぱりとした言葉を残しイルミは器用に船の甲板へと降りていった


再びの周りから人の声がなくなり、ただ波音と風音 海鳥の鳴く音だけが辺りに響き渡る


イルミがいたことへの少々の驚き

仕事上の間柄とはいえヒソカ以外の知っている人がいたことに、は少々驚いていたが―

それもまるで海に浮かぶ気泡のごとくの中からゆっくりと消え、
何事もなかったかのように、の意識は先ほどまでと同じようにまた変わりゆく空と海とに向けられていった





どれほどの時間がたっただろうか

空は血のような紅、地平線の向こうから黒々しい雲が立ち込めてくる

急変する空模様 夕焼けの紅は既に色を失い、全てを覆いつくし飲み込まんとする黒々しい雲のみが辺りを支配し始める

雨が降り出し、風は全てを薙ぎ倒さんと吹き荒び、海は全てを飲み込まんと荒れ狂う

危機を察してどこか安全なところへ行ったのか、先ほどまで狂ったように鳴いていた海鳥達も今はいない



さすがに軍艦の天辺にいられなくなったが、ブリッジのある甲板の方へと降りてくる

その服は既に雨と海水を含んだ風によって濡れ、の起伏ある体躯をしっかりと外面へと映し出し、
肩甲骨にかかるくらいの黒髪も、今は普段の軽やかさを失いべったりと背中に張り付いている

辺りからは軍艦で何かをしていたらしい受験者達の叫び声

それに耳を傾けるとなにやら「まだあがって来ないぞ!?」「潜水服の予備はないのか!?」
といった焦ったような受験者達の声が聞こえてくる


(誰か溺れた?)

そう思いながらもは特に関心を持つ事もなく、この雨が凌げる船内へと足を進めていった




「すごい…日が歪んでる」

特に何も考えずただ雨が凌げて落ち着ける場所を探して歩いていたは、いつの間にか操舵室の中へと辿り着いていた


窓から見える夕焼けは急激な大気の歪みにより中心部から捩れ曲がり、まるで砂時計のような形のように見える

歪な形のそれは、まさにこれから起こらんとする異常な天体現象の前触れ


やがてその光すら雲に飲み込まれて、あたりは夜になったかのような薄闇に包まれる



いつからそこにいたのだろうかといったような顔で、クラピカが作業をしていた手を止め部屋に入ってきたの方を振り返る


 そんな格好でいたら風邪を引くいてしまうぞ」

「大丈夫……っしゅん」

「どこが大丈夫なんだ? ほらっ」


呆然と窓の外を眺めているに、クラピカが一枚ハンカチを渡し、もう一枚持っていた方での髪の毛を拭き始める


「……くしゅ…んっ」

ばさばさになっているの髪を梳くようにクラピカの指がすべり続ける

「すまない… 時間があればタオルを持ってくるのだが… 今はこの場所から離れるわけにいかない」

「ん… 大丈夫だから気にしないで」



髪をハンカチで梳く音が響く操舵室に伝令管から飛び込んでくる声

それと同時にクラピカが「すまない… 作業に戻る」と、声が聞こえた伝令管のほうへと駆け寄っていく


の位置からでは何を話しているのかよく聞こえないが、なにやらエンジンがもうちょっとで動くとかいう話らしい


そんなクラピカの様子を横目で見つつ、はクラピカが先ほど渡してくれたハンカチに目を落とし何やら愛おしげに撫で続ける



「……わかった では作戦開始の秒読みを「問題が起きた!」」


ふと伝令官から聞こえた少し大きな声にが視線を向け注目していると、しだいにクラピカが驚愕しているような顔に変わっていく

胸騒ぎがした
先ほどの溺れたという声
そして微かに聞こえたレオリオという単語

それらから導き出される答えがまるで真実だといわんばかりに、クラピカがのほうを向き固まっている

その表情は驚愕、憔悴、絶望




「レオリオが…行方不明だそうだ」

声はに向けられているのに、まるで自分に言い聞かせるような言葉

1をとり可能性を失うか、1をすて24の命をとるかの究極の選択


クラピカの目は光を失い 迷い 躊躇い 混乱し、ただただ虚空に視線を彷徨い続けている


その言葉、レオリオが行方不明になった その表情 クラピカの困惑し焦点のあっていない表情

それが妙にの心を締め付ける

唇が震える

鼓動が早くなる

背筋を寒気が走る


こんな事今までなかった、こんな表情 状況は何度も見てきたはずだ

その時はただ何の感慨もなく、それらを傍観していた

別に誰が死んだっていい

殺す事にも死ぬ事にも、行方不明になる事にも何の感慨もない…はずだった


でも、今は…

傍観なんてしていられない
心臓が早く早く! と急かすように鼓動を打ち鳴らし続ける
唇が振るえ、久しく味わった事のない感覚が目覚める


(……怖い レオリオがいなくなるのが…怖い)


誰かを失う事への恐怖
今まで当然とあったものが音を立てて崩れてしまう恐怖


「レオリオ…… 行方不明…?」


一文字一文字自分で確認するように唇が言葉を紡ぎだす


「ああ… 海から砲弾を引き上げる作業中に …反応がなくなったらしい
 何かあったのは確かだが、今から救助にいけば ……二次災害の恐れがある

 ああっ! どうすればいい! どうすればいいんだっ!!?」


窓から見える海は、全てを飲み込まんと荒れ狂い水位はますます上昇の速度を速めている

今海に潜って助けに行くのは自殺行為に等しい

でも今助けに行かないとレオリオは間違えなく文字通り海の藻屑となるだろう


の胸に去来する記憶

ハンター試験が始まってから僅かの時間だけど、とても光り輝いて暖かかった記憶の数々


そしてその中に― いつもその姿があった

からかったり、からかわれたり
また時には1歩ひいた視点で物事を見、周りに知れずに気を遣っていた彼の姿


初めてであったときのつっけんどんな態度
ヒソカから助けたお礼を言われたときの、ちょっと照れくさそうな表情
昨晩の笑顔


それ以外にもたくさんの光景がの脳裏に浮かぶ

知らず目で追っていた

多くの受験生がいるなかで知らず、いつも彼らの方を目で追っていた

頭では彼らと一緒にいることはできない、彼らと相容れる事はできないと思っていても

目はいつも彼らの姿を追ってしまう


辛いときでも笑い声が絶えなかった彼ら 明るい輝きを持った彼ら



だから あたしは――


静寂が支配する操舵室にの声が響く

それは普段の曖昧な喋り方ではなく、確固たる己の意思を持った言葉

魂すら沸きたてるような、そんな熱い力強さを持った言葉


「大丈夫 大丈夫…だからっ!
 絶対に死なせない… あたしが絶対に死なせない…っ!!!」


言葉とともに甲板へ向け駆け出す


「待つんだ っ!!」後ろからかけられるクラピカの言葉すら振りほどいて

全力で甲板を駆け抜ける

初めて起こった確固たる自分の意思の元に






「待て!」

「死ぬきか!?」


甲板と海の境にいた受験者にかけられたそんな言葉全て振りほどき、ただただ全力で駆け

荒れ狂う海へと飛び込んだ
















激しい水流の流れに身体がどこまでも流されそうになる

海中は暗くどこに何があるのかもよく分からない


(どこ…っ)



海中を泳ぎ探しているうちに、見つけた上方へと伸びる1本のホース

それがレオリオが使っていた潜水服の酸素ホースだと気づき、無我夢中でその先へと潜っていく


左腕に巻きつけていた布が流されていく

でもそんな事気にしている余裕はないし、今のにとっては気にする事ではない


(早くっ はやく!!)


必死で泳ぎを進めるの前に横たわる大きな沈没船

ホースはその中へと繋がっており、それを辿るように船内へと歩を進めたところで、見つけた


海流の影響で崩れたのか、船の一部が崩れ倒れたレオリオの上へ圧し掛かっている

潜水服に覆われた顔を覗き込んでみるが、どうやら倒れたときのショックで気絶してしまっているようでピクリともしない


(邪魔…っ)

その上に乗っかった廃材を、忌むべき腕で払いのける

相当重いはずのそれは、の変化した腕によりあっけなく瓦解しその身を海中に散らす


海はますます荒れ狂い、今いる船内も後数十秒で壊れてしまうだろう

一回り以上大きいレオリオを身体に抱え込み、海上を目指す


先ほどよりも重く、浮力の出ない体は海上へと向かえば向かうほどに荒れ狂う海に流されて思うように進めない

ある一定の距離まで来ると流されてますます軍艦から遠ざかってしまう


ホースから酸素を受けているレオリオはまだ大丈夫だろうが


肺に溜め込んだ酸素がどんどんなくなっていくのを感じ、泳いでいた手を止める

手を止め、変化した黒い腕の方を海の底へと向ける


そのまま一気に





放出する








手のひらから勢いよく放出される、黒いオーラ

それはという力そのものの射出

その射出により一気に浮力を取り戻したの身体は、レオリオを抱えたまま勢いよく海面へと躍り出る


舞い上がる波飛沫、黒く大きな腕に抱えられたレオリオの姿

甲板で少女の行方を追っていた受験者達はその姿に一様に驚きの声を漏らす


まるで甲板にいた彼らに渡すように甲板へと落ちるレオリオの身体

そしてそれと同時に疾り去る黒い影

甲板にいた受験者は、まるで夢でも見ていたかのようにレオリオの身体を支えながら
呆然と黒い影が消えていった方を眺め続けていた

















「はぁっ… はあ… はあっ……っ…」

荒く息をつく

オーラの過剰放出、それと海上での急激な運動と酸素不足

少し乾いていた洋服は先ほどよりも濡れ、水が滴り、ぴたりと張り付いたところどころからはうっすらとその下の朱色の肌が透け
のボディラインを曝けだしている

髪から滴り落ちる海水が点々と船内に雫の道を作る


巻きつけていた布から開放された左腕が、脈打つようにその存在を自己主張し始める


(どこか…人のいない…ところ…へ)


こんな腕を見られるわけにはいかない


は進む、疲労と安堵に満ちた顔を浮かべながら

人がいない場所、先ほどまでずっといたあの場所へ









『全艦に通達 30秒後に主砲を発射する 目標艦首前方、12時方向、固定岩盤、距離二○
 主砲4門一斉正射 続いて次弾装填 40秒後に第二射 可能な限り連射を行う
 全員衝撃に備えよ あと20秒

 ……5,4,3,2,…ッてぇー!!!』


艦のスピーカーから聞こえるクラピカの声

その発射の合図とともに、轟音とともに主砲が発射される

砕け散り大きくひびが入る岩盤、爆風が押し寄せの身体が軍艦の天辺から振り落とされそうになる



第1射から30秒ほど遅れての第2射

今度は先ほどよりも大きく岩盤にひびが入り、船の下腹部を固定していた岩盤にまでひびが入る



もう1発打てば、確実に軍艦はこの島から離れ自力航行する事ができるようになる
ひびが入り、脆く崩れかけている岩盤はほぼ船を固定するという役割を終えている



もう1発…… 軍艦にいた誰もがいまかいまかと待ち構える希望に続く第3射



……

…………

…………………


でも、その希望へ続くための第3射がなかなか発射されない


どうしたんだろう…

今いる場所からだと中で何が起こっているのかまでは聞こえるはずもない


軍艦は波にあおられるように大きく揺れ、海水は甲板の上部にまで侵入しようとしてきている

このままだともう1分も持たないだろう、船は海水に呑まれその自重のまま海底へと墜ちていくのみ


状況が分からないまま、発射されるのを待ち続けられている4門の砲台へと目を移す


「…砲門が…曲がってる」

いつ曲がってしまったんだろう

数十年島に固定化されていた軍艦の砲門はその砲撃の威力が予想以上の威力だったのか、
それともあまりに劣化が進みすぎていたのだろうか、
すでに第2射目の砲撃の時点で弾丸が通過する威力に耐え切れなかった砲身は曲がり、
とても第3射目に耐えうるような状況ではなくなっていた

たとえあの状況で無理やり撃ったとしても、運がよくて砲身が吹き飛び弾はあさっての方向に飛び、
運が悪かったらその途中で火薬が暴発し内部にまで被害が及ぶだろう


つまりはもう既に打つ手がないということ

軍艦のエンジンが急に動き出し、なんとか第3射を撃たずに軍艦を進めようとしているらしいけど
その力はあまりに微弱でいまだ固定された岩盤から抜け出すまでには至らない


降りかかってくる海水の飛沫を振り払うかのように立ち上がる

船が海水に完全に飲み込まれるまであと僅か

ただ身体に全てを任せるかのように、あたしは船の床を蹴り宙へと舞った




















-

完全に予想外の出来事だった

連続射撃による岩盤への砲撃で軍艦は動き出す事ができるはずだった

1射目、2射目と順調に行ったのに、

その後私の耳に飛び込んできたのは衝撃的過ぎる言葉


「1番2番砲身が折れて、3番4番も使えねぇ!!」
絶望に身が竦んだ、その突然の言葉に一瞬頭が真っ白になる

「どうにかならないのかっ!! 主砲以外は!?」

「だめだ… 主砲4問とも完全にいかれちまってる 他の砲門の火力じゃ足りねーだろうし、なにより準備する時間がない
 このままだと船自体持って後数分ってところだ」

「…ッ!!! ぎりぎりまでなんとかしてみてくれっ こっちは無理やりエンジンを動かし岩礁からの離脱を試みてみる」


機関室にその旨を伝え、無理やり出力を上げて船を出港させようとするが、やはりまだ砲撃が足りなかったのか
多少揺れながらも軍艦をその身を海上へと踊りださせるまでには至らない


「どうしようもない…」
こんな場所で海の藻屑と消える事なんてできない、生き延びなくてはいけない

しかし、眼下に見える甲板は既に水で覆われその推移をどんどん増していっている

胸に去来するのは絶望と焦燥、打てる手札は既に撃ちつくしてしまった


(どうする…っ どうすれば生き残れるっ!! このままこの軍艦に水が入ってくれば…あるいはその拍子に動き出せるかもしれないが…)

あまりにも分の悪い賭け



絶望に打ちひしがれながらも、いまだ動く事のない曲がった4門の砲門に目を移した時――

私の目に何か黒いものが上から砲身の真上へと舞い降りたのが見えた

(あれは… まさか…っ)

ありえない…と思いつつもその黒い「何か」から目が離せない

やがてその黒い「何か」はその左手らしいもっと黒い『ナニか』を岩盤の方へと向けていた――

















-

ストンっと砲身の上へと舞い降りる

船はいまだ微妙に揺れながらも、海上へと躍り出てはいない

目の前には今にも崩れ落ちそうな岸壁

すでに撃つ事ができない砲身




「ああ、あたしなにしてんだろ…」などと思いながら

あたしは先ほどレオリオを助けた時のように、そっと異形の腕を岸壁へと向ける

手のひらに凝縮されていくオーラ

あたしの意識のままその手のひらに集まった黒いオーラは、まるでそれ自体が大きな弓のように左右に広がって

弓なりになったオーラの矢にそっと右手をかける



あたしのありったけのオーラ、今この時この岸壁を崩すために練りこんだオーラ

その黒い力そのものを…
限界まで引き絞った右手が


「撃ち砕け」


解き放つ




指先から離れる一筋の黒光

それはまるで矢のように岩盤へと到達し、周囲の空気すら巻き込み― 音が消える


瞬間静まり返る一帯
ただそれもほんの一瞬で


ズガガガァアアンッ!!


やがて爆音、轟音

その岸壁ごと全てを薙ぎ払うかのように、船を固定していた前方の岩を吹き飛ばす



既に第2射目脆くなっていた船首部の岩肌から、船の下腹部へ亀裂が激しく走り
軍艦はその隙間へと入った海水で浮力を取り戻す


―――今長い沈黙を経て鋼鉄の軍艦が動き出した

















ふらりと砲身にいたの身体が揺らめき、そのまま真下へと落下していく

無理やり行った放出系の砲撃
それは普段のの得意とするところではないため、文字通りの身体にあった全てのオーラを出し尽くした

全てのオーラの放出、それはつまり生命エネルギーを使いきってしまった状態

意識を失った身体は重力のまま海面へと向け勢いよく落下

軍艦へと戻る気力も意識もない


落下速度を速めながら、黒いワンピースをはためかせの身体は宙を舞う





その身体が海面へとたたきつけられる直前、一つの影がそっとの身体を抱きとめる




「ククク☆ まだ死ぬのは早いよ◆
 キミが化物になったら、……ボクが殺してあげるから」