「ここ…か」

目の前にある小さな山小屋のような家
傍目からみてもあまりいい作りでないそこは、まるで外界から遮断されたかのようにひっそりと佇んでいる

あたり一面森、時折聞こえてくる渓流の流れる音や鳥の囀りが神秘的な雰囲気すら醸し出している


トントントン

呼び鈴もついていない、厚い木の板だけのドアを数回叩く

……


反応がない、ただの屍のようだ



一瞬、空き家ではないかという不安も出たが、その煙突から立ち上る煙と、ふわふわと風になびく裏手の洗濯物が
その家の主が在宅であるという事を表していた

「だれかいないのか!」

まるで自分の不安を払うように、自分に言い聞かせるように大きな声で叫ぶ


だれかいないのか〜
…だれかいないのか〜
……だれかいないのか〜


ただ自分の声だけが何度も何度も山彦のように森中に木霊し…

それがふとここに自分しか存在してないような感じになり、




痺れを切らした男がいっそドアを壊してやろうかと思い始めた頃





「は、はぁ〜い…っ」

何かをひっくり返すような音と共に、その場にあまりにも場違いな声が家の中から響いてきた















森の中の一軒家


















来客なんていつぶりだろう
こんな辺鄙な所に済んでる者だから、来客なんて月に数回あるかないかってくらいだ

いや…、こんな山奥の寂れた山小屋に一ヶ月に数回も来客があるほうがおかしいのかと、私は思い直す

きっとそうだ、こんな山奥にまでわざわざやってくる方がおかしいのだ


いつから私の感性は狂ってしまったのだ




ドアの外の来客と思わしき人物は先ほどから、ドアを殴打し続けている

ってか壊れる、壊れるって!


まぁ作業してて気づかなかった私もあれだけどさ


「はぁ〜い」

ガタン!


いて!

足元にあった何かに躓きながらも、今にもドアを壊しそうな勢いの来客に向かって返事を返す



ガチャ

「何の用だ」


ドアを開けつつ言い放つ

私としては接客するときは笑顔を心がけているつもりだが…、師匠から言わせると怖いらしい

さらに片手には防犯用に獲物を携えている


まぁこれで相手が警戒しないといったら嘘になるが…


そういう言い方をされるとさすがに少し傷つく



だが、目の前の来客はそんな事気にする様子もなく、ただ私の方をじっと見つめている


「なんだ、いるならさっさと出てこいよな」

そう言い放った目の前の男


身長は…かなり高い、深めに被った帽子から覗く瞳には力強い光が篭っていて、それでいて慈愛に満ちたような表情さえ感じ取れる
何よりも目立つのは、腰元に指した大刀と…、その腰までもありそうな煌びやかな長髪

あまりにも不釣合いでありそうなその容姿と、それでいて森の中にいるのがすごい自然に見えるそんな男

「すまぬ、手が離せなくてな」

「しっかし、いつ来てもここはなにもないなー」

そう呟く男、名をカイトという








あんなふうな説明をしたが、私とカイトは面識がないわけではない

いや、どっちかといえばこの辺鄙な地では面識があるほうといえるだろうか


「師匠なら森に食料取りだ」

「ああ、あいつまた負けたのか。ったくしょうがないな」

「今日はどうしたのだ?」

「ちとでかい仕事があってな。念のため体調を万全にしておきたい」

「そうか…、いつものでいいのか?」

「ああ …でもあいつはまだ帰ってきてないんだろ?」

「それくらいなら私にもできる …私じゃ嫌か?」

「いや…頼む」

そう言ったカイトの顔は、少しやさしげな表情に満ちていて、取った帽子の隙間から零れ落ちる銀の雫が美しくて




なぜか私の頬が少し熱を持ったような…

…っ

何を考えているのだ私は



目の前にはいつものように上半身裸で寝そべるカイトの姿
床に粗末に敷かれたタオルの上に横たわる彼の肉体には、あちこちに傷がつき、それでいて精悍な体つきをしている




少し目のやり場に困る…が、そうも言ってられないな


そっと触れたカイトの背中から、わずかな暖かさが私の指先を伝っていって

それは私の中へと消えていった






ガチャ

「戻ったぞー」


山小屋に響き渡る男の声

年のころ30中盤と思わしき男が、ずかずかと山小屋の中へと入ってくる


「師匠おかえりなさい」

「ああ、ただいま ってカイトなにやってるんだ?」


目の前には上半身裸のままうつ伏せに寝そべったカイトと、その上に跨って座っているの姿

傍目からみたらかなり怪しい格好に見えること間違いない

「いつものやつだ」

「ああ、そういえば今日だったな。しかしその格好オレはてっきりだな」


「てっきりなんだ?師匠」


上に跨ったままがこちらの方を振り向く

その顔は何も考えていない平然としたものに見えるが…


ぶるっ


背筋に寒いものが走り抜ける




「…いや、なんでもない」

余計な事は言わない方がよさそうだ

と考えた男は、の頬にわずかに朱が刺しているのを目に留めつつ、カイトへと向き直る


「どうだ?の腕前は」

「ああ、中々いい具合だ。もうお前も抜かれたんじゃないか?」

「まだまだはひよっこさ。オレに適うなぞ10年は早いわ!」



「ほほぅ?試してみるか師匠?」


辺りにあふれ出す殺気と、何か


ぞわっ


また、寒気



はいつの間にこんな殺気を出すようになったのだろうか…

まるで娘が大人の階段を上って言ってるような錯覚を覚え、男は軽いめまいを覚えたが、



「ほれ、そんなこと言ってないでまだ終わってないんだろ?」

とりあえず目下の作業に戻らせるよう仕向ける

そうしないと、の視線が怖いからだ


決して自分がに負けているとは思っていないし、腕比べなら当分負ける事もないだろう

だが、しかし…こういう表情をしている時のは怖い

それは男は身を持って知っている







「…わかった」

などと言い放ち、は再びカイトの背中と格闘を始める


正直、は最近凄い勢いで伸びてきている

一時期は仕事を任せるなんてこと考えもしていなかったが、今こうして客の仕事を任せられるだけの実力がついたのがその成果といえる



「カイト、終わったら奥で飯でも食っていけ。どうせ暇なんだろ?」

「暇ってわけじゃないが…、久しぶりにの顔も見たし 御相伴に預かるとするか」

「了解っと、じゃ奥の部屋にいるからのが終わったら来てくれ」



そういい残し、山小屋の奥へと歩を向ける





その背中を見送りつつがボソッと誰に問いかけるでもなく

「…やっぱり師匠には適わないな」

「そうか?オレにはそう大差ないように感じるがな」

「ううん、オーラの流し方とか私はまだまだだ。さっきはあんな風に言ったが、私じゃまだ足元にも及ばないだろうな」

「そんな事ないと思う…っていてええ!」

ゴキャ

余所見をしながらも作業を続けるの腕が、カイトの腕を思いっきり伸ばす


「ちょ、もうちょっと優しくやってくれ!」

「痛いのは体が悪い証拠だ、我慢しろ」


ゴキャキャキャキャッ!

「うぎゃーーーーーー!」

静謐な森の中に男の声だけがただずっと木霊し続けていた



















「…大丈夫か?カイト」

「…あぁ、なんとか」

やはりというかなんというか、言葉ではしっかり答えてるように見えても、その姿は先ほど見たときとうってかわり、かなりのよれよれぐあいだ

「カーチス…あの娘に何を教えてるんだ…」

はまだ部屋の後片付けをやっているだろうから、こちらの部屋には来ていない

「何って…オレの仕事と多少の護身術だ」

「護身術レベルか?あれが…」

脳裏に先ほどまでの光景が思い浮かぶたびに、あの痛みがぶり返してくる

「いくらオーラを最小限にしてるとはいえ、あの力強さはありえないぞ」

「まぁあの娘はもとから腕力が強かったからな、それにちょっとオーラを加えてるだけだろ?」

「あれをちょっととは言わないぞ…」


力だけで言うなら、中堅クラスのハンター並じゃないだろうか、と思う

のはどうだった?」

「ああ、確かに荒い部分はあるけど…」

ぼんっ


『オレは気狂いピエロ!なんか今日は調子がいいぜ。さぁ何番が出るかな?』

ぼんっ

番号が出る前に消しておく
いったん武器形態に変わると使うまで元に戻せなくなる上に、やかましい

自分の能力ながら、厄介すぎだ


「念能力の具合もいい感じだ、身体もあのときの痛みを除けば、かなりのレベルになっている」

「だろ?さいきんあいつ結構いい感じなんだよ。まぁオレの教えがいいからな」

などと話すカーチスの顔からは、自慢とそれでいて自分の娘を自慢する父親のような雰囲気すら感じ取れる


「ふっ…おまえも所帯じみたものだな?」

「ばっ、そんなんじゃねーよ!そういうお前こそ、今もジンさんを探してるのか?」

「いや、大分前にジンさんには会ったよ、まさかあんな場所で会うとは思わなかったけどな」

「あんな場所ってどこにいたんだよ」

「セイナグラス極限さ」

ジジッとテーブルの上の蝋燭の火が揺れる

「セ、セイナグラスだとーー!?」

「ああ、そのまさかだ」


セイナグラス極限、正式名称は誰も知らない辺境の奥地
この世界の極限にあるとされるが、その場所に行くまでに通らなければならない海や山には
伝説の魔獣と称される生き物が数多く生息しており、並みのハンター、いや中堅クラスのハンターでも一人じゃ辿り着けない土地とされている

そんな辺境の土地に誰が行くものかと思うのだろうが…

セイナグラスには、その土地特産のものが数多く存在する


不老不死の薬の基にされているとされている植物

セイナグラスでしか取れない鉱石

古の能力者が財宝を隠したといわれる財宝伝説



噂が噂を呼び、それは伝説となる

その情報が発表されたとき、富豪たちは挙ってハンターたちを雇い、我先にとセイナグラスを目指して進行を開始したが、
彼らに雇われたハンターのその大部分は道半ばに諦めたり、残りはその苛酷な環境の中で朽ち果てていった


それ程の土地故に、実力派のハンターでさえも行くのを躊躇う

それがセイナグラス極限が伝説の地と呼ばれる所以



セイナグラスを目指すものは、余程の実力者か、ただの馬鹿

それがハンターたちの間での通説だったりする



「まぁでもあの人だったら行きそうだな…」

「あぁ…まさかとは思ってたけどな」


ふぅ、とため息を吐きながら話すカイト

その視線があさっての方向を向いていたり、妙に遠い所を見ているような表情は、彼にとってもセイナグラスという土地は
とてつもないものであったという事を如実に語っている





その後もジンを見つけた時の話や、個々最近の仕事の話で、カイトとわいのわいの雑談をしているうちに、

窓から見える景色には夜の帳が下りてきていた


「っと、やべぇ 夕食の支度しないとの奴に怒鳴られちまう」

カーチスがいきたつように席を立ち、その勢いのまま台所へと向かおうとするが


「もう遅いぞ」

開いた戸口には、両手一杯に皿を抱え込んだが立っていた

「…………すまん」


の背後にみょーに黒いオーラが見えた気がしたから、一応謝っておこう、うん

















「何か話をしているようだったから、作っておいた」

テーブルの上に料理を並べていく

食材は主に、時々街に行って買ってくる穀類以外はこの辺りの川や森で取れたものばかりだ




「ちょっと話が弾んじまってな」

全ての料理を並べ終わり、食べ始めて少したった頃、先ほどの事について師匠が説明を始めた

まぁ、なんとなく冊子がついてたからいいのだが…

「いいけど…私をカイトとの話に混ぜなかったから、師匠、貸し1だ」

「ったく抜け目ないな、わかったよ今度の街への買い出し変わればいいんだろ?」

「うむ」

街への買出しは月に1回行く程度で、さらに結構な荷物を運ぶため重労働だが

それに見合う価値もある

普段は月ごとに師匠と交代で行っているが、一応私の女

新しい服の1着や2着欲しくなる


「ははっ、相変わらずだな。それにしても料理の腕あげたか?」


カイトがあたしが作った山菜のてんぷらに手をつけつつ、煮魚などをほうばっている

「長年師匠のお世話はしてないからな、任せろ」

「お世話って言うなよお世話って、なんだかオレが耄碌した爺さんみたいじゃないか」

「ほう、では尋ねるが、料理と洗濯、掃除など家事全般を私がやってるのをご存知か?」

「う…、今度やる…」

しょぼーんとしてテーブルの上に「の」の字を書き続けるカーチス

そんなカーチスにさらに追い討ちをかけるかのように、

「いや、師匠に任せると、余計に汚くなるからいい」

と言い放ってみる


その言葉にさらに衝撃を受けたのか、いつもは大きく見える師匠の背中も、今はまるで消えてなくなりそうなくらい小さくなっている


暇さえあれば、森の中で遊びまわってる師匠にはいい薬だ







「ぶっ、あはははは」

傍から傍観を決め込んでいたカイトが、あたし達の様子を見ていたのか、腹を押さえて笑い始める


そんなにおかしいか…?


「あはは…くくっ カーチス、お前もの前じゃ形無しだな」


「なっ…ちが……っ」


目の前に陳列された料理、綺麗に畳まれた洗濯物

綺麗とはいえないが、埃一つ落ちていない床


「…………じー」


「っ……わないかもしれません」

しおしお〜っとうなだれるようにカーチスの声が小さくなりつつも、カイトの言葉を否定する事はできなかった
















、すまないが片づけを頼む」

「わかった」


ちょうど食事も済み、を交えての雑談に一区切りがついた頃合

に片づけを任せ、カイトの後ろに回る

「仕上げくらいは俺がやらないとな」

お皿を全部抱えたまま部屋を出たを視線で追ってから、すっとカイトの背中に手をかけ





その背中に針を突き刺す



それは流れるように流麗な手際で次々にカイトの背中に小さな針が刺されていき…


カイトの肉体に蓄積されていた疲れという塊を溶かしていく


「オーラも肉体も、使いすぎるとどこかに異常が出るからな、また何かあったら寄ってくれ」


すっと針を取りカイトの背中に声をかける


「ああ、また頼む 金はいつもの口座でいいか?」

「ああ、といっても使う当てがないから溜まっていってるだけだけどな」

も年頃の女だし、欲しい物でも買ってやれよ」

「はは、アイツが年頃かぁ〜? まだまだがきんちょだよ。
 それに、そんな事しなくてもあいつはあいつで自分で稼いだ金でいろいろ買ってるみたいだしな」

「そんな事言ってると、またに怒鳴られるぞ? またなカーチス」

「ああ、気をつけとくかな っと、には会わないで行くのか?」

「今回の仕事が終わったら、また近いうちに来るさ。によろしくな」

「ああ、いつでもこいよ」








バタン


扉が閉まる音がした

台所に響く水の音

ああ、多分カイトが帰ったのだろう

私に挨拶をしていかないのはいつもの事だ

傍にいなかった人には特に挨拶をすることもなく去っていく

それが私でも師匠でも、いつものことなのだ

でも、それが嫌味には見えなくて、

まぁ彼らしいというかなんというか


台所の窓から外を眺め見る


視界の中で、白い何かがふとこちらを向き手を上げたように感じた…





















森の中の小さな診療所

どこにも属さず、誰にも属さない

周りは森と山で覆われ、その森には数多の魔獣が住み着いている


ちっぽけな診療所には男が一人



山の中の診療所

誰もこないであろうそんな山中の診療所を訪れる人は、意外と少なくないらしい


どんな人物が、何のために、なぜその場所を訪れるのか

それはだれもしらない


本当にそんな診療所があるのか、そんな場所に行く奴がいるのか


そんなことは誰も知らない


ただそれは風の噂、人々の間で伝えられる伝承歌





知っているのは当人のみ





ただ最近その噂に尾ひれがついた


その診療所は男一人だけではなく、可愛らしい娘がいるらしい


だけどそれも風の噂

当人達しか知らない、風が運んだちっぽけな幻想歌














それは麓の町や、少し離れた地域でも聞かれる御伽歌の一種

それが本当のことなのか、ただの作り話なのか

そんなことはこの歌を知っている人はしらない


だってそれは当人達しか知りえないこと











だけど…


「ちょ、師匠!魔獣連れていてどうするのだ!」

「だって、ついてきたし…」

「だってじゃないいいい!!
 ちょ、うわっ!それ私の下着だ!返せ魔獣ぅうううーーーーっ!!」








そんな彼らがいる事は、幻想でも御伽歌でもなく、



森の中にひっそりと、でもしっかりと息づく




ちっぽけな現実





























―――――
森の中にある念の治療師のお話です
ふと思いついて、1話だけ書いていたのですが、
別のサイト様で同じ感じのコンセプトで素敵な連載を発見してしまって
1話以降書いていなかったりします(ぉぃ

ネタバレ反転

1話ではカイトさんでしたが、この診療所にいろんな人が訪れて、やがて旅に出る?(予定)だったり


念もやっぱり使いすぎたりすると、疲れてきたりすると思うんですよねー
身体だって酷使し続けすぎると、なにかしら不調を訴えてきたりしますし(肩こり腰痛とか

生命エネルギーを使うわけですから、やっぱり何かしら使いすぎると不具合が生じてきて
能力自体の精度が落ちるみたいな気がします(捏造
(酷使しなければそうでもないかも)

そういうのを生業にしてるハンターもいるんじゃないかなぁとか考えながら書いたDreamです。


にぼし
―――――