スロー・ジン、レモン・ジュース、粉砂糖、卵をシェークして、8オンス・タンブラーに注ぐ。氷を加え、ソーダ水で満たす。
このカクテルにはスロー・ジンが使われています。このお酒は相当甘いので、好みに応じて粉砂糖を抜くとよいでしょう。また、卵が嫌いな方も卵を抜いても問題ありません。このカクテルの名前の由来となっているのは、現在のドイツにあったプロイセン王国の首相で、後にドイツ帝国の初代宰相となった人物の名前です。ビスマルクは「ビスマルク体制」といわれたヨーロッパの秩序を構築した人でもあります。また、彼の発言から「鉄血宰相」とも呼ばれた人です。プロイセン王国があった当時のドイツは、各地の諸侯が勢力をもち中央集権国家としては成り立っていませんでした。プロイセン王国は有力な諸侯でしたが、一諸侯に過ぎませんでした。ビスマルクは巧みにフランスを挑発し、普仏戦争(1870年7月19日-1871年5月10日)が始まりました。普仏戦争のセダンの戦い(1870年9月1日)において皇帝ナポレオン3世率いる第二帝政フランス軍を破り、ナポレオン3世を捕虜としました。普仏戦争はプロイセンの勝利となり、念願だったドイツ帝国が1871年に建国されましたが、ドイツ側も相当な痛手を負って疲弊していました。敗戦したフランスは第三共和政に移行しましたが、ドイツ帝国への復讐の機会を狙っていました。ビスマルク体制とは、ドイツ帝国を守るためにビスマルクが行った一連の外交政策のことです。ビスマルク体制の構築の方法は同盟関係に尽きます。1873年にドイツ、オーストリア、ロシアが同盟(三帝同盟)を結び、1882年にドイツ、オーストリア、イタリアが同盟(三国同盟)を結びました。1887年にはロシアとの間に独露再保障条約を締結しました。これらの政策によってフランスは常に孤立し、ドイツに手を出せない状態が続きました。このビスマルク体制下では、小競り合い程度の争いしか起きず、ヨーロッパ列強同士の全面戦争は起こりませんでした。戦争が続いていたヨーロッパに短い期間ではありましたが平和をもたらしたのです。