はじめに「詭弁」と「強弁」の違いがどこにあるのか説明します。強弁の意味を広辞苑(岩波書店)で調べると「無理に理屈をつけて言い張ること。また言いわけすること」と書いてあります。一方、詭弁は「1、道理に合わぬ弁論。理を非に言いまげる弁論。こじつけの議論。」と書いてあります。詭弁の意味にあるように詭弁には一応「論」があります。つまり詭弁では考え方が間違っているなりに物事の道理を述べているのです。それに対して強弁は「無理に理屈をつける」「言い張る」という部分から、明確な「論」と呼べるほどのものはないことが分かります。要するに考え方を支える部分が弱く、力まかせに強引に正当性を主張することが強弁なのです。
強弁が高い効果を持っていたのは昔のように強い権力者がいた時代です。立場の弱い人は生命や財産の危険から権力者に逆らうことができず、強弁を受け入れるしかなかったのです。しかし、現代の日本では昔のように絶対的権力を持つ人はおらず、権力による強弁が通る場面は少なくなっています。
これは野崎昭弘氏が著書『詭弁論理学』の中で使っている言葉です。子供は自分の主張に確信を持ち、相手の主張が間違っていると感じたら、相手の言うことを一切聞かず、ひたすら言いたいことをしゃべりまくり、時に相手を脅したり泣いたりして自分の主張を通そうとします。こうした行動は大人になるにつれて知識も増え、考え方がしっかりしてくると自然に消えていくものです。ところが、こうした性質を大人になっても引継ぎ、子供と変わらない強弁を振るう人がいます。このような大人のことを同氏は「小児病」と呼んでいるのです。強弁の中にはこうした子供の主張となんら変わらないものがあるので、うっかり使わないように気をつけたほうがよさそうです。