男の夢






 テレビを観たいなら下に行けと部屋から追い出したガッシュが、静かな音を立てて扉を開いた。
 その音が、『ばんっ』やら『どがっ』やら、ドアの開閉時には相応しくない破壊音でないことに、清麿は驚きを隠せなかった。
 どたどたと階段を駆け上がる騒音も、今回はなかった。
 ぎぎいと金属の引きつるような音が立ったため、ガッシュが入って来る際にはまずしない、振り向いて入室者を確認するという行為まで行ってしまったのだ。
 ガッシュは緩慢な動きで足を運び、机に向かう清麿の前に立つ。のそのそと歩く様は、いつものガッシュとは思えない。亀の移動でも見ているようだ。
 さすがに心配になり、清麿は椅子を回転させガッシュに向き直った。
「どうした?」
「ウヌウ…」
 返す声音も沈み調子で、呻くような声しか出さない。本格的に不安が募り、清麿は首を幾らか下に向けガッシュに目線を合わせると、その伏しがちになった顔を覗き込んだ。
 清麿が目線を下げたことで、ガッシュも目を上向け、清麿と合わせた。
 暫く視線を、無言で重ねる。
「…ちょっとよいかの?」
 そう確認の言葉を投げ掛けるやいなや、ガッシュは清麿の脚に手を置き、膝上によじ登った。
「はあ!?」
 突然の行動に清麿が咄嗟に反応しかねている間に、ガッシュは向かい合わせに清麿の膝に腰を落ち着ける。
 行為はそれでとどまらず、ガッシュは清麿のセーターの裾を両手で掴むと、豪快に持ち上げる。
 毛糸という伸縮性にかけては定評のある素材のため、セーターは面白いほどに伸びて、清麿の腹部分に空間を作った。
 その空間に、ガッシュは頭から進入した。
「…………おい?」
 セーターの中に頭を突っ込んで動かなくなったガッシュに、清麿はどうにも対処法が浮かばず、とりあえず声を掛けてみる。
「何やってんだ?」
「男の夢」
「……何だ?」
「男の夢なのだ」
 セーター内から声を出しているために、ガッシュの声は少々くぐもって聞こえる。
 どうも手の遣り場が思い付かず、清麿はセーターの上からガッシュの頭に両手を置いた。
「ぶかぶかのセーターの中に顔を入れるのが男の夢だと、ナカイ君が言っておったのだ」
 一瞬何のことやらと首を傾げたのだが、芸能人にそんな名前の人物がいたのを思い出し、合点がいく。何かのバラエティ番組の影響でも受けたのだろう。
 それにしても、こんな子どもの起きている時刻に、そんな不埒な夢を語らないでもらいたいものだ。
 この行為の意味もわからずに実行しているガッシュの頭を、清麿はそっと撫ぜてやる。
「で、どうだ?」
「…暖かいのだ」
「そうか」
「さすが…男の夢だのう」
 清麿の腹辺りに頬をすり寄せて、ガッシュは今にも眠りに落ちそうな声で、呟いた。


 実際の番組が何時に放映されていたのかは覚えておりません。
 ぶかぶかのセーターを希望する某方に女性陣は「キモイ」と嫌悪を示しておりましたが、ぶかぶか衣服のどこが悪いと言うのか。


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