四代目編2






 大きく枠取られた窓から吹き込む風が、ふんわりと前髪を舞い上げる。
 柔らかい風を顔に感じながら、ガッシュは窓の外へと視線を遣っていた。
 いや、実際には眼下の風景などに目を向けてはいなかった。遥か遠く、手の届かない場所へ、意識を遣っていたのだ。
 執務の合間に与えられた、ほんの僅かな休憩時間。朝からの目まぐるしい激務に疲弊した身体と思考を、ひとり自室で休ませていた。
 いや、正確にはひとりではない。
 窓枠にちょこんと座る親友の姿。開け放たれた窓からの風を受け、緩やかに全身を揺らせている。
「気持ちのよい風だの、四代目」
「キモチ、イイ」
 声を掛けると、機械で合成された『声』が返される。
 ガッシュは窓枠に肘を付き、少々行儀の悪い姿勢で窓辺に座っている。
 そう言えば、彼の自室で話をするとき、彼はいつもこんな姿勢でガッシュの話に相槌を打っていたような気がする。こういうことも、影響を受けるものなのか。
 それならば、隣で行儀よく座っている四代目は、かつての自分の姿だろうか。
 至った思考に自分でおかしくなって、ガッシュは声を立てて笑った。四代目も、笑ったような気がした。
 空は青く、澄み渡る。風は優しく、吹き抜ける。日は明るく、照り輝く。
 全ては順調に移行して見えるこの景色も、きっと何度も予想外に突き当たって、永遠に決められたはずの計画を変更させられている。
 同じように、自分も。
 いや、壮大な自然に比しては、自分は何ともちっぽけな存在であるのだが。
「中々、上手く行かぬものだの、四代目」
「イカナイ」
「ウヌ」
 四代目は一部音声を認識し、復唱する機能を持つ。
 一部音声。その取捨選択がどのように行われているのか、清麿に尋ねるための時間はなかった。
 四代目はただ風にゆらゆらと揺れ、ガッシュの隣でガッシュの話を聞いている。ガッシュはまた笑った。
 笑って、本当は泣きたいのだと、自覚する。
「優しい王様、とは難しいものだな」
 こんな弱音は、四代目以外の者には明かすわけにはいかないから。
 ただ風を受けガッシュの言葉を受ける四代目だからこそ。
 不意に、強い風が吹き付け、ガッシュは思わず両目をきつく閉じた。
 派手に舞い上がった髪の糸が、ぱらぱらと元の位置に戻る頃、ゆっくりと瞳を開く。
 親友の無事を確認しようと視線を隣に動かすと、四代目はバランスを崩し今にも後方へ倒れ込みそうになっている。
 ガッシュはそれを押さえようと慌てて両手を伸ばすが、四代目が窓枠から離れるほうが早かった。
 ガッシュの手を擦り抜け落下した四代目は、硬い床と衝突し、がつんと鈍い音を立てる。
「よ、四代目!」
 ガッシュは大いに慌てて四代目を両手で掬い上げた。何しろ、故障した際、修理できる者は魔界にはいないのだ。
 四代目はエラー音であろう、高い音を何度も繰り返す。
 機械の知識などさっぱり持っていないガッシュは、四代目を抱え途方に暮れる他ない。
 ガッシュの不安とは反比例して、頻繁だったエラー音はじきに収まり、時折思い出したように鳴る程度になる。それも暫く経てば一切発せられなくなった。
「だ、大丈夫、かの」
 問い掛けたところで返事を返す者などいないのだが、ガッシュは恐る恐る確認した。当然、返事などない。
 掌に載せていた四代目を慎重な手つきで窓枠に座らせ、目に見える異常はないか全身を眺め見る。
 すると、突如、四代目は先刻のエラー音とは段違いのけたたましい音を鳴らした。
「どうしたのだ、四代目…!」
 張り上げた声は、四代目が再生した音声を耳にした瞬間、それ以上続けられることはなかった。

 懐かしい声。
 話すときの独特の調子。
 彼の、言葉。

 どうしてこんな大切なことを、彼は一言も話さずにいたのだろう。それも彼らしいと、納得してしまうのだけれど。
 笑顔を浮かべたとき本当はしたかった行為を、ガッシュは頬に熱く感じた。
 大丈夫まだ頑張れるからと、四代目をきつく抱き締めて。
 


END


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