手を伸ばしたら







 「一緒に散歩に行こうぞ!」
 今日は特に予定もなく、漸く鬱陶しい惜しい雨も上がって気分も良かった。
 だから、その誘いに乗ることにした。




 どこを歩くかと尋ねれば、いつもの道を歩きたいと元気のよい返事が返った。雨が上がったすぐ後の道を、見たことがないのだ、と瞳を輝かせながら言う。子どもの観点とは面白いものだな、と清麿は思った。

「ウヌウ、キラキラのピカピカなのだっ」
 ガッシュは幾らか興奮気味に、雨粒を纏った葉を己の元に引き寄せ、濡れた地面にしゃがみこんだりを繰り返していた。改めて見てみれば、雨粒が太陽の光を反射して輝く様は、清麿にも綺麗だと感じさせるものだった。
 いろいろな物に捕まってなかなか進まない散歩だったが、ガッシュが立ち止まる度、清麿も同じように足を止め、待ってやった。焦らず、じっくりと。たまにはこんな日もいいかもしれない。

「ウヌ?」
 壁を這うカタツムリを見つけ、ガッシュはそれを目で追い掛けた。カタツムリはガッシュの目線よりかなり高い所にいたので、自然と視線は上へと向く。
 視線の先に広がった空、そこに掛かるものに、ガッシュの目は一瞬で奪われた。
「虹なのだ―――っ!!」
 突然発せられた大声に、清麿は耳を塞ぐ。それでも防ぎきれなかった声が脳に響き、キンキンと嫌な反響音を鳴らした。
「虹、虹、虹だぞ、清麿っ!」
「わかったから、大声を上げるな!」
 ガッシュの耳を抓り上げながら、清麿も空を仰ぎ見る。抓られたガッシュは悲鳴と抗議の入り混じった声を上げたが、黙殺した。
 散々降り続いた雨が止み、反対にカラっと晴れ上がった所為だろうか。七色がそれぞれ鮮麗に色を見せ、素直に美しいと思える。一面の青の片隅を借りて主張することが、それを助長していた。
 虹なんて暫く見ていない。いや、目にしても気付かなかっただけかもしれないが。清麿は本当に久々に虹に見入った。

 ふと横を見れば、清麿の指から耳を解放されたガッシュが、爪先立ちをして両手を目一杯上へと伸ばしている。暫く見ていたが、同じ体勢を取ったまま動かずにいるので、清麿は気になって声を掛けてみた。
「…何してるんだ、ガッシュ」
「ウヌウ…届かぬのだ」
 口惜しそうにそう言うと、ガッシュは両手を下ろした。だが、その瞳は上空の虹に固定されている。
「届かないって…虹か?」
「ウヌ。清麿にも届かぬか?」
「…届くわけねえだろ」
 何を、馬鹿なことを。空はガッシュや清麿の頭上遥か高くに広がっているのだ。どんな長身の者でも、どんなに手を伸ばしても届くはずがない。それに、何らかの方策を立てて上空へ上れたとしても、虹に触れることはできない。あれは、存在するものではないのだから。
「あのな、ガッシュ」
「ウヌウ…ならば、今は諦めるのだ」
 不可能だと伝えようとした清麿の言葉を、ガッシュが遮った。名残惜しそうににぎにぎと指を開いたり閉じたりを繰り返していたが、やがてはそれも収める。
「虹を捕まえるのは、もっと大きくなってからにするのだ」
 そうして、吹っ切れたような瞳で真っ直ぐと虹に向けられていた視線を、そのまま清麿の元へと流した。

「いつか、虹のカケラを清麿にプレゼントするからの!」

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに両手を一杯に広げて言うものだから、清麿は言うはずの言葉を呑み込んだ。『いつか』を思い描き、期待に輝く瞳を曇らせるような現実など、必要ないのだから。
 いつか―――子どもだったガッシュは成長して、虹に手を伸ばすのだ。手に入れた虹のカケラを清麿に手渡す、その日まで。
「楽しみにしてるぜ」
 一緒に夢を見てやるのも、いいかもしれない。
 ガッシュの頭に手を置いて、先へ進むよう促す。ガッシュは歩みを再開したが、虹から目を離さず、仰け反るように顔を上げたままだった。
 足元を全く見ないその行為が招く、当然の結果。ガッシュが石ころに蹴つまづいて派手に転ぶのは、それから間もなくのこと。
 ガッシュが清麿に耳を抓り上げられている間に、今日の虹は姿を消していった。





END





あとがき
 ガッ清ショート・ストーリー第一弾。ナチュラルに子どもの夢を壊そうとするピヨに拍手。
 書いていて、うちのピヨはガッシュを抓るのが好きだと気付く。ガンっと殴るより、頬とか耳とかぐにーっと引っ張るのが可愛いですね。頬が赤く腫れて泣くガッシュに萌え(※攻め)これからも抓らせていこうと思います。主に耳が対象です。
 でも、ガッ清はカカア天下に見せ掛けた亭主関白なので、ガッシュ優位の話も書いていきたいです。頑張れガッシュ!関白宣言を歌う勢いで!

 俺より先に寝てはいけない。(まあ、幼児だしガッシュが先でしょう)
 俺より後に起きてもいけない。(ガッシュのが確実に早いと思われる)
 飯は美味く作れ。(無理)
 いつも綺麗でいろ(超・可能)

 とりあえず、私的には最後の項目だけ実行して頂ければ満足です。言わなくても、天然ヒロイン清麿さんは、無意識で常に実行でしょうが。
 話を戻しますと。それにしても、ガッシュの古風な話し方が少し難しいですね。「〜なのだ」が可愛くてどうしても多くしちゃうんですが、なるべくそうしないよう努力します。なんとなく、おじゃる語使いかけちゃったりするんですよね…(「〜よのう」とか)
 


おはなし