panic
act.1
…なんか起きたら子どもになってた。
「いや、なんかなってたじゃねえよ!!!」
「世の中、どんなことが起こっても不思議なことではないのだな」
「嘘でもいいから、魔物の仕業とか術の力とか言っとけよ!!」
「ウヌウ。清麿の突っ込みもいつも通り絶好調であるから、頭は元のままのようだの」
清麿のすぐ横に座っていたガッシュは納得したように頷くと、足を踏ん張って立ち上がろうとしたが、ベッドのスプリングが利いて足元がふらつき中々真っ直ぐ立つことができない。
清麿にベッドから蹴落とされ、足元の安定した床に仁王立ちになった。
「ならば、何も問題ないのではないか?」
清麿は無言で振り被ると、枕をガッシュの顔面にぶち当てた。
己の身体に異常事態が起き、神経が過敏になっているのだ。無神経な発言に無意識に攻撃態勢が整ってしまった。
ガッシュは鼻と口を圧迫され一瞬呼吸を止まらせたものの、すぐに顔にめり込んだ枕を振り払う。
「清麿が多少小さくなったところで、私は全く気にせぬから、安心するのだ。そのようなことで私の愛が一ミリも揺らがぬ…」
「っだ――!!」
枕元にあった目覚まし時計を掴むと、ガッシュの顎元にヒットするよう狙って投げ付けた。
自分の発言に半ば酔っていたガッシュに見事に命中し、鈍い音が響く。
世の中、人を傷付けようという意志さえあればどんなものでも凶器になる得る。清麿がその恵まれた頭脳ゆえ愛して止まない本などは、いい例だ。
丁度枕元に置いてあった分厚いハードカバーを手当たり次第に掴み上げると、八つ当たりの的(ガッシュ)に向けて投げ付ける。主に、頭を狙って。
ガッシュの運動能力は普通の子どもとは比べものにならないもので、最近戦闘のセンスにも磨きが掛かっている。
そんなガッシュに清麿の攻撃を避けられぬはずもなく、頭目掛けて飛来するハードカバーを次々とかわした。
そうして、ついに一つも命中することなくハードカバーは尽きた。
清麿は急激な運動で動悸が激しくなり、肩で息をする。剣呑な目付きでガッシュを射抜いたまま。
さすがにガッシュも不用意な発言を控え、野生の獣のように凶暴化した清麿を宥めようと、そっと手を伸ばす。
「清麿…」
「……ガッシュ……」
清麿は整わぬ息のまま、消え入るような声でガッシュの名を呼び返した。
「むきになるところも、とっても可愛いのだ!」
ガッシュは頭に置いた手に力を込めて清麿を己の元へ引き寄せると、その滑々で柔らかい頬に唇を押し付けた。
清麿は暫く瞠目し停止した後。
唯一残った凶器、己の拳でガッシュの頭を殴り飛ばした。
つづく
act.2
魔物の子の身体の頑健さには定評がある。
幼く縮んだ清麿に全力で殴られたところで、ダメージは大きくない。
大して時間を要せず回復したガッシュは、改めて真剣な口調で言った。
「とりあえず、その格好を何とかせねばならぬの」
目を覚ましたときに縮んでいた清麿の身体には、寝巻き代わりのTシャツが辛うじて引っ掛かっているという状態だ。
襟刳りはずり落ち肩を剥き出しにしているし、袖は布が腕に余り、特に手首の辺りに大量に皺を作っている。
下肢には何も身に着けていないが、丈の長いTシャツがワンピースのように足首まで隠している。
ガッシュはベッドの下から清麿を見上げている内、己の重大な過失に思い当たり、勢いよく立ち上がった。
「肝心なことを忘れていたのだ!」
「な、何だ?!」
切迫した様子でベッドに乗り上げて来るガッシュに、清麿は思わず背筋を伸ばして問い返した。
ガッシュはスプリングをも押さえ付け、ベッドの上に危なげなく立ち上がって見せる。ただならぬ気迫に、清麿も口を噤む。
ガッシュは上から厳しい眼差しを清麿に落とし、そのまま視線を据える。
指先一本を動かすことも憚られ、清麿は身動きのできないままガッシュの行動を見守った。
暫くして漸くガッシュの厳しい視線が緩められ、清麿はふうと安堵の息を吐く。
ガッシュは感慨深げに何度か頷くと、重々しく口を開いた。
「やはり、上下、共に確認しておかなければならぬからの」
「は?」
「ウヌ。下からのアングルもよいのだが、上からのアングルのほうが幼さを強調できてよいのではと思…」
全てを言い終える前に、ガッシュは頭から床に落下した。
清麿がガッシュの足を掬い上げたのだ。
このままでは、不必要に攻撃の条件反射が形成されてしまうのでは、と清麿は天井を振り仰いだ。
つづく
ガッシュのエロ親父具合と、清麿の凶暴化に堪えられなくなった場合は、この辺りで引き返すのが無難かと。
act.3
動転してすっかり忘れていたが、今日は平日で学校に行かなければならない。
清麿はガッシュにベッドへの乗り上げ禁止令を敷いておき、ベッドの上で膝を抱えながら嘆息した。
「どうするか、学校」
いや、学校の前に母親と言う関門が立ち塞がっている。
学校は休むにしても、時間になっても階下に下りなければ母親が様子を見に来るだろう。
ガッシュは右手を天高く上げ、己を主張した。
「私が母上殿に上手く言うのだ!」
「…何て」
「ウヌウ…。き、清麿は再びひきこもったようだから、暫くそっとして…」
「どうするかな」
ガッシュの発言が終わるのを待たず、清麿は遠くを見詰めて思案を再開した。
ガッシュは当てにならないしな、と聞こえるように呟くのを忘れずに。
つづく(多分)
あとがき
ハロウィンに結局間に合わずに、更に睡眠欲が激しく我が身を襲ってきたために、act.3を急遽作りました。
別に拍手五打分なんとか埋めようと、意識が飛びそうになるのを抑えながらの作成でした。
panicの小話はなるべくテンションを上げて作ろうとしているのですが、act.3だけ控えめなのは気力が乏しかったためなのです。