panic





act.4


  
 とりあえずは一次据え置きにした衣服の問題について、当座の解決を図ろうという運びになった。
 何を始めようにも、Tシャツ一枚では格好がつかない。格好以前に、身の危険をひしひしと感じているという差し迫った事情もあるのだが。
 清麿がそう提案したところ、ガッシュは一も二もなく賛同した。
「今の姿もよいが、いつ戻るとも知れぬ以上、今の内に色々な格好を見ておかねばならぬからの」
 さも幸福そうなほくほくとした面持ちでの言に、元に戻ったら何を差し置いても第一に殴ってやる、と清麿はぎりりと拳を握り締めた。
 徐にガッシュは己のマントの裾を持ち上げると、頭から抜いたそれを清麿に差し出した。
「清麿、これを着るといいのだ」
「いいのか?」
「ウヌ」
 季節はもう冬の気配を見せて、室内とは言え随分冷え込んでいる。
 ガッシュが着ている衣服と言えば、半袖のシャツに半ズボン。どちらもこの季節には相応しくない薄手の物だ。
 いくら魔物の子が寒さに強く丈夫だとは言え、唯一防寒に役立ちそうなマントまで取り上げるのは気が引ける。
 清麿が戸惑いがちな視線を向けると、ガッシュは清麿の手に強引にマントを押し付けた。
「早く着なくては、清麿が風邪を引いてしまうのだ」
「そんなこと言うなら、お前もそうだろ」
「私は寒いのは平気なのだ。もし、清麿が風邪でも引いてしまったら、それこそ大変ではないか」
 ガッシュは開かせた清麿の掌にマントを載せ、上から清麿の手を覆うことで、半ば無理矢理にマントを受け取らせる。
 つい先刻までは幼児の癖にエロ親父発言を繰り返しやがって、と頭の中で悪態の嵐だったのだが、やはりガッシュはガッシュだ。
「ああ、スマン」
 これ以上好意を無にするのもよくないだろうと、清麿は素直にマントを受け取った。
 引っ掛かるだけの状態のTシャツを肩から落とすと、頭からマントを被った。
 腕を通してから、胸辺りに溜まった布を下に引っ張り、形を整える。
 剥き出しになった腕や脚はさすがに寒いのだが、マントの保温効果は意外に高く、ほこほこと温かく感じる。
 試しに立ち上がり手足を軽く動かしてみるが、マントの布地は柔らかく動きに対応し、動作の上での差し障りは全くない。
 ガッシュの激しい戦闘に応えているマントなのだから、それは当然と言えるだろうが。
 ただ、慣れない形態の衣服のため、足から入ってくる冷気に妙に違和感を覚えるのが唯一の難点か。
 いや、借り受けている立場で、そのような贅沢も言えまい。
 清麿はもう一度謝意を述べようと、ガッシュを見遣った。
 ガッシュは何やら感慨深げな顔で、下から清麿を見上げている。熱い視線はひたと据えられ、清麿をがっちり捉えている。
 とてつもなく、嫌な予感と悪寒がした。
「な、何だ?」
 恐る恐る口を開くと、ガッシュは熱烈な視線を据え置いたまま、うっとりと恍惚に浸った顔で答えた。
「雨に降られて自分の家に恋人と避難し、シャワーを借したはいいが着替えがなく、『オレので悪いけど…』と自分の服を恋人に渡し、恋人はぶかぶかのYシャツ一枚素肌に羽織るだけ、という状況に至った者の心持ちとはこういうものかの…」
 清麿は無言だった。
 無言だったが一秒の猶予も与えず、ベッドの上から身を投げて、真上からガッシュにフライングボディアタックを喰らわせた。


つづく


あとがき
 ガッシュって何気にムッツリだよなあと思う瞬間が、アニメでは多々あります。
 そんな思いをぎゅうぎゅうに詰めたのがこの拍手文でございます。



act.5



 フライングボディアタックは、現在の体重の軽さからか思ったほどの威力は生まれなかった。
 それどころか、ちょっと嬉しそうな顔をされ、こちらに精神的ダメージが生まれた。
 するんじゃなかったと、ガッシュの身体を踏み台にベッドに登りながら後悔した。
「とりあえず、これからどうするか、考えるぞ」
「ウヌ」
 清麿が真剣な顔で切り出すと、ガッシュも表情を引き締める。
「まずは、何でこんなことになったかだ」
「やはり、魔物の仕業かの」
「そうだな。そう考えるのが妥当なところ…」
 清麿は同意に首を振りかけて、重要な問題を失念していたことに気付く。
 清麿の身体の変化の原因が魔物の力だというのなら、身体の変化が心に何らかの影響を与えていても不思議ではない。
 直接戦闘に参加するわけではない清麿の身体能力が多少変動したところで、それほど勝敗に影響は出ないだろう。心の力の減退を目的だと考えたほうが自然だ。
 心の力の容量が小さくなっていたり、最悪、術を発動できない状態になっている可能性も否定できない。
「ガッシュ、本持ってこい!」
「ウ、ウヌ」
 ざあっと血の気が引いていくのを感じながらも、清麿は震える身体を抑えながらガッシュに指示を出した。
 ガッシュは清麿の意図が読みかねながらも、その声音から差し迫った気配を察し、机の上に置いてある赤い魔本を取りに走る。
 清麿は手渡された魔本を捲り、一番弱い呪文の記されたページを開いた。
 とりあえず、部屋の隅に置かれたゴミ箱でも目標にすればいいだろう。心の力をコントロールして、なるべく電撃の威力を抑えれば多少焦げる程度で済むはずだ。
「いいか、あれから目を離すな」
「わかったのだ」
 ガッシュは指示に従い、清麿が指で示した対象へと視線を強く置く。
 清麿はひとつ深呼吸をしてから、覚悟を決めて口を開いた。
「ザケ…」
「ハハハハハ!やあ、久し振りだな、清麿!」
「ル!!」
 開け放たれた扉から現れた人物の姿を目にした瞬間、咄嗟に指先がそちらを向き、呪文を唱えきってしまった。
 ガッシュは清麿の指示に忠実に従い、指の向く方向へと首を動かした。
 ガッシュの口から放出された電撃はそちらへ直進し、突然の訪問者を直撃する。
 盛大な衝撃音が弾けた後、訪問者はぷすぷすと黒い煙を燻した。
 無意識に心の力が高まったために、予定以上の威力を生んでしまったようだ。
「ハハハ…いきなり大歓迎だな…」
「フォルゴレ…」
「ヌ?何をしているのかの」
 意識を取り戻したガッシュが、ほどよい焼き加減のフォルゴレを前にして小首を傾げた。


つづく
 フォルゴレの笑い声が「はっはっは」なのか「ハッハッハッ」なのか思い出せなくて単行本を見直したところ、「ハハハハハ」でした。
別に拍手五打分なんとか埋めようと、意識が飛びそうになるのを抑えながらの作成でした。



あとがき
段々テンションが低くなっている気も…。
この話のメインは、「清麿をちっちゃくして、色んなコスプレをさせて楽しもうv」のはずが(何せハロウィン用に考えた話なのもので)、まだ一個(ガッシュの服)しか着てません。
おかしいなあ…。



イロモノ部屋