99〜クリスマス編〜







 受験生には、クリスマスも正月もない。
 よく言ったものだ。
 クリスマス・イブ当日を迎えた、華やかな装飾を纏う街中を写していたのを、朝食時テレビで朝のニュース番組で見た。
 ガッシュのクリスマス・イブの実感は、悲しいかなそれで最後だ。
 受験生がクリスマス・イブだと浮かれて遊び回っていい道理などない。学校も先日終業式を済ませたため、朝から問題集とだけ顔を突き合せている。
 母親は、今夜はパパとふたりっきりで過ごすの、と浮かれ着飾って、仕事帰りの父親を拾いに出てしまった。
 受験生の息子には、レトルトカレーと炊飯器のご飯だけ残して。
 いつまでたっても仲睦まじい両親は、日頃はガッシュにとって誇りでもあるのだが、今だけはちょっと恨めしい気分だ。
 どうしても同じ箇所に引っ掛かってしまう数式を眺めながら、ガッシュは嘆息した。
 問題集の端にぐりぐり、と丸を書く。
「きよまろー…」
 愛しい者の姿を、脳裏に思い描く。
 清麿の勤めているコンビニでも、先日行ったときにはクリスマスの装飾が施されていた。
 今夜も清麿はシフトに入っているのだろうか。彼の出勤日は大抵把握しているのだが、ここ最近は多忙で聞き忘れていた。
 息抜きにクリスマスケーキを買いに出掛けてみようか。
 清麿は、またお前かと言って嫌な顔を見せながらも、ガッシュを拒絶しようとはしないだろうから。
「よし!」
 そうと決めたら、行動に移るのは早いほうがいい。
 ここでうだうだと考え悩んでいては、欲求が集中の妨げとなり、勉強に身が入らない。
 清麿の顔を一目でも見れば、気分も新たに勉強に取り組めるだろう。
 壁に掛けてあるコートを纏い、ポケットに財布を突っ込んで、外出の準備を終えた丁度そのとき。
 ピンポンとインターホンが家中に響いた。
「ウヌ?」
 もう夜も更けたこんな時刻に客とは珍しい。
 不思議に思いながらも、ガッシュは階下まで降り、インターホンの受話器を手に取った。
「どちら様かの」
「ガッシュか?オレだけど」
 雑音の混じる声を聞いた瞬間、受話器を取り落としそうになる。だが、寸でのところで逆に力強く持ち直し、受話器に強く呼び掛けた。
「き、きよまろっ?何故うちになど」
「お前、声裏返ってるぞ」
 清麿の呆れた声音に、ガッシュは矢も盾も堪らず、受話器を放り投げ玄関のドアを開ける。
 冬の冷たい空気にいつもより少しだけ頬を赤くした清麿が、そこに立っていた。
「きよまろっ」
 思わずその身体を腕に包み込むと、清麿は瞬時にガッシュの身体を押し退けた。一瞬だけ触れた頬は、室内にいたガッシュの体温にはひんやりと冷たかった。
 押し退けられながらも再び警戒されない程度に近付き、興奮に息が上がりそうになるのを必死で堪えながら言葉を続ける。
「今日は何故、私のうちに来たのだ?」
「昼のシフトの子がデートとかで、夜は店長が出られるから、今日は昼シフトに入ったんだよ」
 それで、と一呼吸を置いて、左手に下げていた袋を持ち上げる。清麿が勤めているコンビニ店のロゴが入ったものだ。
 ふんわりと、甘い香りが鼻をくすぐる。
「折角のクリスマスだし、ケーキで受験生を励ましてやろうと思ってな。賞味期限ぎりぎりの貰い物で悪いけど」
 にい、と口の端を上げ笑い、コンビニ袋をガッシュに手渡した。
 袋の中を覗き込むと、ヒイラギの葉っぱで簡単に飾り付けられたクリスマスケーキが二つ見える。
 見比べて、何だか堪らなくなった。
「おい、ガッシュ」
 無言で立ち尽くすガッシュを不審に思ったのだろう。清麿は怪訝な顔をしてガッシュの肩を軽く叩き、呼び掛けた。
 ガッシュはその手首を掴み、己の元へと引き寄せると、清麿の身体をぎゅうと抱き締める。
 間を置かずに再度抱き竦められた清麿だが、先刻とは違う雰囲気に困惑した様子で、同じように押し退けることもできず何事かと目を瞬かせた。
「何なんだ、一体…」
「クリスマスなど関係ないと思っていたのだ」
 受験生がクリスマス・イブだと浮かれて遊び回っていい道理などない。
 雰囲気に呑まれないように必死で、世間から置いてけぼりを喰らわされたような孤独感を耐え忍ぶので精一杯だ。
 清麿の背中に回した両腕に、力を込める。
「でも、クリスマスがあってよかったと思った」
 結局、何が幸運を呼ぶかはわからない。人それぞれ何を幸福と感じるかは微妙に異なるのだから、余計にだ。
 清麿が小くて華奢な女の子でなくてよかったと思う。それほどに自分は全力で清麿を抱き潰していた。
 加減ができるほど、まだ感情の制御ができていない。
 ガッシュの腕の中で居心地が悪そうにもぞもぞと動いていた清麿は、やがて諦めたように身を落ち着かせる。
 ふんわりと香る甘い匂いに、ガッシュは幸福な笑みを零した。







「…ケーキ潰れたぞ」
「ヌオォォー!!」







END

 





あとがき
 清麿誕生日お祝い文の代わりと言っては何ですが。よりによってクリスマス…。
 


イロモノ部屋