きれいないろ
「いちばんすき」よりずっと前のお話。
無遠慮に手を握り締める。
「あまり引っ張るな」
そう言うと、俺の手を只管引き前へ進んでいた奴はくるりと振り向いた。
「引かなきゃ来ないだろう、ゼオンは」
「…………」
「だったら、引っ張るしかないだろ」
話す間も俺の手を引くことをやめない。
道ではない茂みを歩いていた。俺には大して苦もない道のりだが、人間であるこいつには進むことは困難だろう。茂みを掻き分けながら進まなければならないのに、片手が俺の手に繋がれているため、残った手のみで通路を作らなければならない。
手の間に合わなかった小枝が、幾度もこいつの腕を、顔を傷付けた。深くはない代わりに、鋭く、綺麗な弧を描く。僅かに滲む血。それを見る度、複雑な思いが心中に湧く。胸の辺りが、気持ちが悪い。
「…っ!」
口の中だけで悲鳴を上げた。押し退けられしなった枝が跳ね返り、一際鋭くこいつの頬を切り裂いたのだ。つう、と頬を伝う、赤。
赤は、嫌いだった。
俺は引っ張られていた手を逆に引き返した。引き寄せることは簡単だった。いくら体格の差があろうと、人間の貧弱な力で魔物に対抗できるわけがない。
だとしたら、何故。不本意だと思いながら、こいつに手を引かれるままにしていたのか。
勢いが余りその場に転がった身体を、押さえ付ける。起き上がれないように。
「ゼオン、いきなり何すっ…」
頬に付いた傷に指を這わせば、痛みに息を呑む音が聞こえた。そのまま傷口を辿って指を走らす。
用は済んだので、押さえていた手を外した。身を起こそうとする気配が見えたので、手を引っ張り起こしてやる。
「突然傷えぐるなんて、乱暴が過ぎるんじゃないか?」
「えぐってなどいないだろう。触れただけだ」
「触れたなんて、可愛らしいものじゃ…」
こいつはそう言いながら、傷の程度の確認でもしようとしているのか、傷口に手を触れた。正確に言えば、傷口だった場所に。
「…れ?」
血のぬめった感触はあるだろうが、そこにあるはずの引っ掛かりや、痛みは一切ないはずだ。こいつはそれを疑問に思ったようで。、小首を傾げて見せた。
「…傷を塞ぐ程度なら、できる」
アレの傍に付いている女ほどではないが。
「あー…悪い」
「別に、」
指先がこいつの血で汚れていた。持ち主の体内を離れてからそう時間は経っていないが、赤はもう鮮やかさを失っている。そのことに、何故かほっとしていた。
「別に、赤が嫌いなだけだ」
言い捨てると、その場に座り込んでいるこいつをの横を通り過ぎ、前へと進む。数歩追い越したところで足を止め、振り向かずにさっさと行くぞ、と言葉だけで促した。
無秩序に伸びた草を踏みしめ、進路を塞ぐ枝葉を乱暴に掻き分ける。力任せにやっているために、掻き分けると言うよりは叩き折ると言うほうが相応しいだろう。
苦ではないが、面倒だ。鬱陶しい。舌打ちをしかけたところで、背後から笑いを噛み殺す気配がした。
「何だ」
「いや、ゼオンが自分から城に戻ってくれるなんて、珍しい…と言うか、初めてだよな」
「…俺が自分から向かってると思うか?」
俺はあそこが好きではない。正確には王城の主人である、アレが。
以前のような憎悪を抱いているわけではない。だが、アレに好意を持つことは今も、これからもあり得ないだろう。己とアレの関係は、そういうものなのだと考えている。それでいいと、諦めでなく思っている。
だから、王城には好き好んで向かうはずもない。行くとすれば、こいつに無理に連れて行かれるときだけだ。どこに行こうとも、どういう手段を使っているのか俺を探し出し、仕事を手伝えと城に連行する。
「俺はお前に付き合ってやっているだけだ。お前を先に行かせると、出血多量で死にそうだからな」
「…………」
てっきり言い返してくると思いきや、返事は返って来なかった。振り向いて確認すれば、奴の目とかち合わせになり、一瞬怯む。こいつは何を言うでもなく、じっと俺と視線を合わせ続けた。
「…何が言いたい」
「…いや…色んな意味でありがとう…」
目を見開いてしまったことは、視線を合わせていたために隠しようがなかった。自身に舌打ちをしたい気分になる。だがもう醜態を晒す気はなく、俺は何も返さず歩みを再開した。
こいつは俺をからかうような言動はしないだろう。だが、そんなことは問題ではなかった。
行動の源になる理由に、自分自身が気付いていなかったとは。俺はそれほど馬鹿だったのか。思い知ったその理由を、無意識の真意を、俺は信じることができなかった。
こいつを傷付けたくないから、などと。
「ゼオン、」
名を呼ばれても、それに応える余裕などなかった。前に伸びた太い枝に手を掛け、叩き折った。折る必要などないとわかっていたが、力を使わなければ代わりに思考が進んでしまう気がした。発散させなければ、そう思い次の枝に手を伸ばす。
その手を握り締められる。
「おい、お前」
「自分から向かってないんだったら、いつもみたいに引っ張って連れてかないと、ゼオンは来ないだろ」
口調に俺をからかうような色はない。いつもとは並びが逆で、いつものようにこいつの手が俺の手を強く引く。不本意だと、自分ではそう思っていた。
いくら体格の差があろうと、人間の貧弱な力で魔物に対抗できるわけがない。
だとしたら、何故。不本意だと思いながら、こいつに手を引かれるままにしていたのか。
つい、と視線を動かして、こいつの顔を見遣った。既に拭われた赤の残滓。鮮やかさは消え失せ、赤ではない違う色に変化している。それでも、赤だった、色。
赤は、嫌いだ。
アレの色だから。そう単純に考えていたが、もしかしたらその先に、奥にも理由があるとしたら。
その理由の延長線が、先刻思い知った理由の延長線と出会い、ぴたりと重なったら。
そこまで考えて頭を振る。今はそんなことに頭を巡らせる必要などないのだ。
赤は、嫌いだから。そう考えて、清麿の手を握り返した。
えんど
あとがき
ゼオ清。この頃はまだお互いが片思いな状態。しかも、ゼオンは自分の気持ちが信じられてないと。私はゼオンの純情が信じられません。(じぶんでかいておきながら)
清麿はどうでしょう。多分、自分はゼオンのお守りをしてるんだーって思ってます。ゼオンもそう思ってますが。
赤が嫌いだってフレーズが大好き。一杯書けてお腹一杯です。まだまだ書き続けたいです。ゼオンの一番嫌いな色は赤!赤アレルギーな勢い。
ガッシュが王様になってちょっと経った頃。まだ、2人とも幼児サイズですよ。いや、幼児よりは大きい。ここら辺の設定は一応なんとなくは決まってます。いつか書きたいと思います。