やさしいきもち


「いちばんすき」と同系。ガッシュ・ゼオン大人化。







 扉を開いた途端、目に飛び込んできた光景に、ガッシュは目を瞠った。幻覚かと幾度か目を瞬かせる。だが、それは一向に消えてなくなろうとしない。
 光景側であったゼオンは、部屋主の断りもなく突然押し入ってきた訪問者に冷たい視線を向ける。硬直しきっているガッシュに、平素より低い声で呼び掛けた。
「…何か用か」
「ウヌ、いや、ほんっと―――に久々に休暇を貰ったので、清麿と遊ぼうと思って…」
「お前が暇でも、こっちは仕事が詰まってるんだよ」
 冷淡極まりない対応に、いつもならば抗議の1つでもしたであろうが、今のガッシュはそれどころではなかった。目の前の「あり得ない」光景に目どころか心の余裕も奪われきっている。動揺からぷるぷると小刻みに震える指先を、ゼオンに突き付けた。
「なっなっなっなっ…」
「ちゃんとした言語を使え」
 興奮で舌が回らない。ガッシュは唾を飲み込んで、一旦心を落ち着かせようとする。成功したとは言い難いのだが、どうにか口は言語を使った声を発してくれた。
「お、お主。清麿が、」
 ごくん、とガッシュの喉がもう1度鳴る。
「何故清麿がお主の膝枕で寝ておるのだっ!?」
 そう。ガッシュの指した先にある光景とは、床に座ったゼオンと、その膝に頭を乗せ目を閉じている清麿の姿だったのだ。
 己が密かに(※全く密かではない)想いを寄せている相手が、他人とらぶらぶしている姿など、誰が見て楽しいものか。
「し、神聖な執務室で淫行に耽ろうとは、何と破廉恥な!」
 たかが膝枕に、えらい言い様である。惑乱し、自分で何を言っているか本人にもわかっていなかった。
 ゼオンは、混乱を極めわけのわからなくなっているガッシュに、ちらりと1度だけ目を向けると、それで興味は失せきったのか、視線を己の手元に戻した。
「ウヌウ。お主、聞いておるのかっ!?」
 アウトオブ眼中扱いを受けたこの国の頂点に立っているはずの王は、大人気なく足をダンダンと踏み鳴らした。
 ゼオンは「騒音」に目を遣ることなく、利き手ではない手のひらを無言でガッシュに向ける。
「…ザケル」
 低く呟かれた呪文に呼応して、ゼオンの手が青白い光を帯びる。瞬後、同色の電撃がガッシュへと走った。
「ウヌアッ!?」
 ばちいっ。
 ガッシュが反射的に身をかわしたため、標的を失った電撃は背後の扉に直撃する。扉には防魔加工が施されている。ザケルガと違い収束されていない電撃は、耳障りな音を立て弾き返されるに終わった。
「…静かにしろ」
 危険は回避されたものの、突然の攻撃に呆然と立ち尽くすガッシュに、ゼオンは冷淡に言ってのける。
「お主、そのようなことは口で言えばよかろ…」
 ガッシュの台詞が最後まで綴られることはなかった。気付いたものに、愕然とした。
 ゼオンの手に覆われているのでよくは見えないが、清麿の顔色から血の気が失われている。手足からぐったりと力が抜けきっているようだ。
 そもそも、あの清麿がこれだけの喧騒を前に一言も反応しないのはおかしい。単に目を閉じているのではなく、意識がないのかもしれない。
 清麿の異変に気付かなかったのは、状況に目を奪われ頭に血が昇っていたためか。ガッシュは自身に舌打ちをしながら、彼の名を叫ぼうとした。
「きっ…」
「大丈夫だ」
 ゼオンがそれを一言で制止する。病人の前で騒ぐなということか。もしかしたら、先刻の電撃も同じ意味で…。
「そうなら言ってくれればよいではないかぁ…」
 いきなり電撃とは乱暴が過ぎる。清麿の調子がよくないと聞けば、ガッシュとて騒いだりしない。世界でいちばんの人を、大切に思わないわけがないのだから。
「魔力が身体に溜まっただけだ」
 そう言えば、ここ最近魔界の大気における魔力濃度が濃くなっている、と天気予報で言うのを聞いたような気がする。体質上魔力を受け容れにくい人間にはきつかったのかもしれない。
 清麿の口から微弱な魔力が洩れているのを感じる。ゼオンが清麿の頭にかざした手から力を加え、溜まった魔力を追い出してやっているのだ。清麿の顔も徐々に色を取り戻してきている。この調子なら直に回復するだろう。
「清麿…」
「騒ぐしか能がないなら、邪魔だ。帰れ」
 ほっと一安心し息を吐いたところで、ゼオンの辛辣な一言がガッシュを急襲した。
 何を、と。清麿に向けていた視線を、反論のためゼオンに遣る。
 と、
「うあ」
 思わず洩れたガッシュの間抜けな声に、ゼオンが顔を上げ視線で何かと問うた。思わぬものを目撃してしまったガッシュは、いや、と口を手で覆う。
「ウヌ。清麿の調子が悪いのならば仕方ない。今日は出直そう」
 もし容態が悪化したらすぐに医師を呼ばせるように、と一応言い含めておくが、返事はない。必要ないと言いたいのだろう。
「では。邪魔したな」
 去り際、ガッシュは机の上に溜まった書類の束を掴んだ。
「おい、」
「どうせ今日は休日だ。することもないからの」
 見咎めたゼオンの呼びかけをさらりと背中でかわすと、書類を腕に抱えなおした。清麿とゼオンが1日にこなす仕事だけあって、結構な量になる。休日はこれで潰れてしまうだろう。
「……悪い」
「清麿をゆっくり休ませてやってくれ」
 ゼオンの礼を告げる言葉に、ガッシュは微笑んで応える。
 ぱたん、と扉の閉まる音が響く。ゼオンは清麿の頭にあてがった手で、くしゃりと彼の髪を掻き混ぜた。






 書類の束を片手に、ガッシュは空いている方の手で己の口を押さえた。あまりにも意外で、口元が緩んでしまう。
「あの、ゼオンがのう…」
 頭に浮かべるのは、あのときのゼオンの表情。
 感情を言葉や表情に示さないゼオンは、いつも同じような顔で同じような言葉を口にしていた気がする。そのゼオンが、あんな顔を。
 膝に乗せた清麿の顔を見下ろす瞳は、穏やかな色を湛えて。感情の対象者だけを柔らかく包んでいた。口元は、無意識にだろう、緩くカーブを描いていた。
 あんな、慈しむような顔を。
 あんな、やさしい感情を含めて。
「清麿のおかげと言うか…清麿のため、か」
 かつて己のかけがえのないパートナーであった存在。半身。その人が自分ではない人の手を取ったときのことを、不意にガッシュは思い出した。
 自分の中であれほどまでに制御の効かない感情が起こったのは、初めてだった。今でも、思い知る度に苦い思いが胸を走る。
 だけれども。
 あんな顔を見せられては、認めざるを得ないではないか。
 ゼオンの表情に滲み出るやさしい感情は、清麿に向かっている。それが、嬉しいと思えてしまうのだから。
「ん…さて、」
 ガッシュは軽く伸びをして、気分を入れ替えようとする。あの2人にゆっくりと休んで貰うために、仕事の山をきっちりこなさなければならない。
「気合を入れてやらねばの」
 ガッシュが清麿のためにできることは、これくらいしかないのだ。休日の1つや2つ、惜しくはない。
 王の執務室に歩を向けながら、ガッシュは思った。

 ゼオンでよかった。
 清麿が選んだのが、ゼオンでよかった。
 好きな人に、あんなにもやさしいきもちを抱くことのできる、ゼオンで。
 あんなにもやさしいきもちを向けられた清麿は、きっと幸せだから。
 清麿が幸せになること、それ以上に嬉しいことはないから。

 嬉しくて、自分の中のやさしいきもちがくすぐったくて、ガッシュは笑ってしまった。







 えんど







 あとがき
 ゼオンは清麿にはやさしいきもちを向けるから、その気持ちを向けられた清麿は幸せで、清麿が幸せならガッシュも嬉しくて、やさしいきもちになれちゃうよーってお話です。
 この寒さはなんとかなりませんか、と言われても。この寒さが私のウリです、としか返せません。いや、すみません。好きなんです。
 1番書きたかったのは、ゼオンが清麿を膝枕してるところです。
 …たった今気付いたんですが、清麿一言も話してないですね。気付くのが我ながら遅すぎるという話です。 


イロモノ部屋