それは、まるで







 ぎしっとベッドが軋む音に、眠気が緩やかに引いていく。次第にクリアーになる視界に、キラキラと輝く金色が入り込む。
「…………」
 とりあえず、清麿は手を伸ばした。金色を指で絡め取れば、滑らかな感触が指をくすぐる。
 それを、力一杯引き寄せた。
「ウヌウ!いだだっ!!」
「…こんな夜中に何の用だ」
 力の限り髪を引かれて、清麿の上に覆い被さっていた人物が声を上げる。必死の悲鳴にも力を緩めることなく、清麿は寝惚け眼のまま、その者を見遣った。
「ウ、ウヌ。月があまりにも綺麗だったものでな。お主に会いたくなった」
「アホ。寒いわ」
 痛みを堪えながらも、貴婦人に対する騎士のように、胸に手を当て頭を垂れる。だが、清麿の反応は至って冷ややかなもので、一言で切り捨てた。
 引っ張っていた金髪を解放し、それと同時にその者の肩を押す。その者はあっさりと清麿の上から身を引いた。前方のスペースが空いたので、清麿はベッドから起き上がる。
 サイドテーブルに手を伸ばし、上に置かれた掌大のカードを引き寄せた。金色の縁取りが為されたそれには、『予告状』の文字が記されている。ぴんっとカードを指先で弾いた。
「これによれば、お前が来るのは明日の12時じゃないのか?」
「少し、不都合があっての」
 その者はばつが悪そうに笑って見せた。
「実は、大きな仕事が入って、明朝にも出発せねばならぬのだ」
 侵入口であろう開け放たれた窓から、強い風が吹き込んだ。不意を突かれ、風に指先にあるカードを奪われる。
 しまったと目で追えば、その者の白い手袋がそれを捉まえていた。その者はカードを口元まで持ち上げる。
「約束を反故にしてしまうこと、心よりお詫び申し上げる」
 その者の手の中で、カードはぱんっと弾け、紙吹雪へと姿を変えた。舞う紙の雪は、床に付く寸前で消え失せる。
「俺は別に待っちゃいないから、どうでもいいんだけどな」 
 新たな風が、その者の身を包む黒いマントを舞い上げる。闇に溶けるようなタキシード、同色のシルクハットの下で、金色の光を持つ髪が、ふわふわと風に弄ばれている。
「怪盗、なんて」
「清麿は冷たいのだ」
 嘆くように言葉を吐き出しながら、シルクハットを脱ぐ。ワン、ツー、スリー、と唱えると、マジックのように一羽の黒い鳩がぴょこりと頭を出した。呆気に取られる清麿に向かい、鳩はシルクハットから飛び立つ。
 胸に飛び込んできた鳩を、清麿は思わず受け止めてしまう。闇色の鳩は一声鳴き声を上げる。声を合図に、鳩はぽんと音を立てて、1枚のカードとなった。
「今度は1週間後、必ず来るのだ。…待っていてくれ」
 雲に隠れていた月が、僅かにその姿を覗かせる。窓から差し込んだ光は、その者の姿を朧げに照らし出す。
 光を受けた端麗な面立ちが、柔らかく微笑む。
 その者は窓枠に手を掛け、室外へと乗り出す。野生動物を思わせるしなやかな動きで飛び降りると、着地まで見事にこなした。
 窓際に寄った清麿に片手を上げ、街頭の光が照らす薄暗い道へと走った。
 全身を闇色に包むその者は、ほどなくして闇に溶けていった。



 その者を見送ると、金色の縁取りがあるカードを唇へ当てた。
 『予告状』の文字が記されているそれの、続く文句は見るまでもない。何十回と目にしているのだ。それこそ、暗唱ができるほどに。
「やっぱ、サムイ奴ー…」
 奴が出て行った窓枠に肘を乗せ、闇ばかりが広がる、遥か遠くへ視線を遣った。
「誰が貰われるか。アホ」
 きんと凍った風が室内へ吹き込んだ。外気と合一して下降して行く室温に、だが清麿は窓を閉めようとはしなかった。
 必要以上に火照る頬と思考を冷やすのに、丁度いい。そう、認めることはなかったけれど。



 『1週間後、午前0時。

 高嶺清麿を頂きに参ります』







 えんど







 あとがき
 どうせなら思いっきりイロモノ。怪盗Gさんは、大人設定です。
 怪盗さんは正義の怪盗(義賊)で、とある仕事で清麿と出会い、恋に落ちちゃったのです。それ以来、清麿を頂くため追い回しています。清麿もまんざらじゃない様子で。
 怪盗さんは某少女な怪盗セ★ント・テ★ルなイメージで。若い人にはわからぬやも…。


イロモノ部屋