Sun Trap
act.2
ガッシュが押入れから引っ張り出した布団を、清香は丁寧に部屋に広げて行く。
さすがにその小さな身体で持ち運ぶことはできないが、その端を引き多少ずるずると引き摺って、人数分きっちり横に並べて見せた。
布団の端の皺を丹念に伸ばす仕事を手伝いながら、ガッシュは幾らか照れながら言葉を洩らした。
「私は昔から、親子仲良く川の字で寝るのが夢での」
清香は端に寄った皺を見詰める厳しい視線を和らげ、ガッシュのほうへと向ける。
「だからベッドじゃないの?」
「ウヌ。清香はベッドのほうがいいか?」
ぷるぷると首を横に振る。
ガッシュは口角を緩めると、清香の黒髪を優しく撫で付けた。掌をくすぐる髪はしっかりとしていて、だが意外に柔らかい。
この子どもの中に、清麿と同じ血が流れているのだと、実感する。
とてもとても大切な存在が、今自分の手の中にいるのだ。
清香はガッシュの手に頭を預けながら、躊躇いがちに口を開き、閉じを何回か繰り返す。
だが、一度強く口を結ぶと、意を決したように口を開き、言葉を発した。
「あのね、お父さん」
「どうした?」
「川の字は線が三本で、四本じゃないんだよ」
ぎちり。
ガッシュは清香の髪に指を絡めた手をそのままに、硬直した。
清香の目は真剣そのもので、冗談の類を口にしている様子など微塵も見られない。
清香は布団に小さな指を押し付け、線を引いて見せた。綺麗に伸ばされたシーツに、縦に三本の皺が刻まれる。
俯いた拍子に、清香の髪はガッシュの手をあっさりと擦り抜けて行った。
「これが、川なの。うちは四人家族だから、川じゃないの」
「ウ、ウヌ。そうだの」
清香は大真面目に「川」という日本語をガッシュに教授しているつもりなのだ。
ガッシュはどう説明したものかと途方に暮れた結果、問題の解決に何ら役立たないただの相槌を返してしまった。
「でもね、お父さんは魔界で王様とかやってて凄いんだから、人間界の日本語がわからなくたって、しょうがないと思うよ」
精一杯気を遣われている。
別に事実ではないのだから傷付く必要もないのだが、愛すべき我が子にフォローの言葉を掛けられたと思うと、我が子への愛しさと同時に己への情けなさが底なしに湧いて来る。
「川なんて知らなくても、王様業はできるし!」
「ウヌウ。全くだの!」
清香はガッシュを元気付けるようにぐっと両手を握って見せる。
ガッシュはそれ以上何も弁解せず、結局肯定する形で決着した。
結局、夕飯の後片付けを終えた清麿とウズが訪れるまで、親子二人の乾いた笑い声は寝室を越え、家中に響き渡ったのだった。
END
あとがき
清麿譲りの頭脳を持つ清香。親への気遣いもできる幼児です。