−
Solch jeder Tag−
「清麿」
名を呼ばれ、後ろを向いていた清麿は声の方を振り向く。
「なん…っんぅ」
腕を掴まれ引き寄せられる。
そして口を塞がれた。
バリン
グラスが嫌な音を立てて割れる。
清麿はグラスを持っていなかったので、多分横に立っていたガッシュが
落としたのだろう。
横目で見れば蒼白になっているガッシュがいる。
ゼオンはそれを認め、清麿の腕を離した。
「………はっ、ぁ」
解放され清麿はゼオンを睨む。
だがゼオンはそれを口端を引き上げて受け流す。
「ゼオンー!」
やっと我に返ったのだろう。
ガッシュはカウンター越しでゼオンにつめよる。
「くっつくな。俺はお前とキスする趣味などない」
「私にだって、そんなものは無いわ!」
ぎゃーぎゃーと騒ぐガッシュ。
「うるさい!」
カン
清麿の手にした銀のトレーがガッシュの頭を投打する。
「ぐっ」
ガッシュが沈んでいく姿をゼオンは面白そうに見ていた。
「またやってるわね」
「まぁ、あいつらだからな」
「もう少しガッシュに落ち着きがあれば良いんだけど」
「それは無理だろう」
「そうよね」
その様子を見ていたレイラとアルベールは同時に溜息をついた。
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『Solch jeder Tag』はドイツ語で「こんな日常」
−
Eine andere Zukunft−
「社長が呼んでましたよ」
通り過ぎさま、社員二名に呼び止められた。
「解った、ありがとう」
彼は一つだけ頷いてそのまま歩きさっていく。
その後ろ姿を見ながら二人は話した。
「やっぱ格好良いよなー。ここ来る前は何してたんだろうな」
「バーテンダーだったらしいぜ」
「え、マジかよ」
「ああ、そこに客として行った社長が引き抜いたって話だ」
「へー…俺も行ってみたかった」
慣れないスーツを身につつみ清麿は社内を歩く。
目的地はただ一つ。
エレベータに乗り最上階のボタンを押す。
ドアが閉まる。
ふぅ、背を壁に預け息を大きく吐いた。
軽い振動と浮遊感。
窓に頭をあてて景色を見る。
ドアが開く。
エレベーターから出て、一つの部屋にたどりつく。
「失礼します」
声をかけ扉に手をかける。
中に入ると、そこには一人の青年が椅子に腰掛けていた。
「来たか」
白のスーツを着て、手を組んでいる彼はこの会社の社長、ゼオン。
「何か御用ですか?」
「今日の予定は何だったかと思ってな」
「…さきほど、申し上げたはずですが?」
「もう一度頼む」
笑うゼオンに清麿は深い溜息を吐いた。
「まさかとは思いますが、…これだけのために呼んだのですか?」
「いや?」
違う、首を横に振りゼオンは立ち上がって清麿へと近づく。
清麿の後ろの壁に手をつき、もう片方の手は頬を触れる。
頬のあたりを彷徨っていた手はやがて上にあがり縁の薄い眼鏡を外す。
眼鏡はゼオンの手を離れ、重力に従い床に落ちた。
カシャン
「お前の顔を見たくてな」
紫電の瞳の中にある肉食獣のごとき輝き。
「……馬鹿じゃねぇの」
吐き捨てられるその台詞は、秘書ではなく「高嶺清麿」としての言葉。
「今更」
唇が触れ合う距離まで顔を近づける。
「仕事中」
「プライベートがあったって良いだろう」
顎をつかみ、ぐいと上に上げる。
合わさる視線。
二人の影が重なる――
「入るぞ」
ガチャ
閉まっていた扉が開いた。
そこには、もう一人の秘書デュフォーが立っていた。
「デュフォー…」
ゼオンの睨みにも我関せずを貫き、清麿に声をかける。
「清麿、下のやつが探してた」
「解った」
清麿も返事をしゼオンからすりぬける。
落ちた眼鏡を拾って壊れてないことを確かめ、それをかけた。
「それじゃあ失礼します」
一礼して、社長室を出る清麿。
ゼオンはデュフォーを睨む。
「いい性格をしているな、デュフォー…」
「何のことだ?」
デュフォーは何を考えているか解らない表情で首を傾げた。
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『Eine andere Zukunft』はドイツ語で「もう一つの未来」
すみません、思わず書いてしまいました。
ただやはりひよ家さまの文を読んで書きたいという衝動に耐えられずに…
こんな未来もあり…なのか?(笑)
同設定の小話も二つも頂いちゃいました。
お前とキスする趣味などない、と言ってのけるゼオン様が素敵です……っ(悶)。
下の小話、私の爛れた脳内妄想(プライベートタイムIN社長室)をここまで素敵に仕上げてくれるとは、ひょっとしたら琥時さんは世界でいちばんいい人なのかもしれません……っ。
敬語、眼鏡、「馬鹿じゃねえの」な清麿が……っ(悶)。
そして、やっぱり最後にいいところを持って行ってしまうデュフォー(笑)
素敵なお話をありがとうございました!