みるみる





 ほわほわに湯気を立てるカップを、ケロロに手渡しながら、タママは言った。
「はい、軍曹さん。熱いから気を付けて下さいねぇ」
「あー、うん」
 ケロロは手にある漫画に意識のほとんどを集中させていたために、タママへの返事は多少おざなりに返していた。タママの台詞も、右耳から入った後、脳を僅かに掠めていっただけで、ほぼ手付かずのままで左耳から出て行った。
 何の注意も払わずに、熱々のミルクティーがなみなみと注がれたカップを傾けたその結果は、当然……。
「ぅあぢっ。あぢぢぢぢっ」
 慌てて口からカップを遠ざけたものだから、カップの中身が溢れ出し、ケロロの身体や床にまで飛び散る二次被害を生じさせる。
「あぢゃぢぢぢぢっ。あづっ、マジっ」
「あぁ、も〜。だから、気を付けてって言ったんですぅ。ボクの話、ちゃんと聞いてたですぅ?」
 タママは心底呆れた風な視線を送りながら、熱さに身悶えるケロロの手から原因であるカップを取り上げる。さっさと床にでも下ろせばいいものを、動転して手放せずにいたのだ。
 危険物体が手を離れたことで更なる被害は生まれなくなり、安堵に息を吐いた。
 しかし、そちらに意識を回す必要がなくなると、火傷を負った箇所が疼き始める。激痛とは言えないまでの、徐々に息の根を止めようとでもするような痛苦に、ケロロは再び身悶えた。
「く、口の中がひりひりふるでありまふっ」
「そりゃあそうですぅ。痛いならしゃべらないほうがいいですよぉ」
 顎を動かすと舌や口内が引きつり、余計に火傷を刺激するのだ。ケロロもその予想はできていたのだが、痛みを誰かに訴えずにはいられなかったのだ。……予想以上の痛みの来襲に、ちょっぴり後悔はしたけれど。
 もうケロロにできることと言えば、患部を押さえ――直接押さえることは無理なので、両手で頬を包むようにして――、只管痛みが沈静するのを待つばかりだ。
 沈黙して痛みを耐えているケロロを、タママは同じように押し黙って見詰めていたが、徐に手の中に収めたままのカップを己の口元に引き寄せた。
 唇を僅かに尖らせると、未だ立ち上る白い湯気を、ふうふうと何度も吹く。
 目の前のカップを見詰める真剣な瞳が、尖らせて普段よりふっくらと持ち上がった唇が。タママが、普段以上に可愛くて、ケロロは頬に手を当てたそのままの姿勢で固まり、タママを凝視してしまった。
「これからは火傷しないように、ボクがちゃんとふーふーしてからじゃないと、軍曹さんは飲んじゃダメですぅ」
「……これから?」
「はいですぅ」
「毎回?」
 タママが我輩の飲み物を、ふうふうしてくれるんでありますか?
 ケロロの心の声など読めないタママは、しつこく質問を繰り返されたのに勘違いをし、不満そうな声を上げた。
「嫌なんですかぁ?」
「いやいやいやいやいやいや!そんなことあろうはずもないであります!」
 ケロロは即座に声を張り上げ、千切れんばかりに首を横に振り、否定する。
「我輩の飲み物のふうふうに関しては、タママ二等兵に一任するであります!!」
 宣言の迫力と勢いに押されたタママは、思わず尻尾を床に擦るようにして後退りをした。思わず、の行動であるために手の中のカップの存在は考慮に入らず、急激な移動にミルクティーの表面張力耐え切れなかった。
 先刻の悲劇が、今度はタママを襲う。
「うあちちちちちぃですぅ!!」
「え?!て、わーっ!!タママ、超ゴメン!!」
「あっち、あつ、あちぃ!何しやがるんですぅ!!」
 ミルクティーの雫がポタポタと滴り落ちる左手を、タママは痛みを紛らわせるように思い切り振り回す。
 火傷はしていないか見てやろうとタママの両手を覗き込んだケロロは、その左手で張り倒された。
「ぐはあっ!」
 油断していたこともあり、手加減なしの強烈な一撃にケロロの身体は見事に宙を舞う。
 質量を殴り飛ばした左手の感覚と、質量の叩き付けられるいう音に、タママの思考混乱に一旦停止が掛けられる。
 動きを止めたタママの、ぱちくりと瞬いた瞳に、床に沈黙しているケロロの姿が映る。
「ぐ、軍曹さん?」
 タママはケロロの元へ駆け寄ろうと慌てて立ち上がったが、踏み出した右足が床に散乱していた紙切れを思い切り踏み締め、ずるりと床を滑る。
 軸足を取られ見事にバランスを崩したタママは、進行方向はそのままにスライディングをする。
 ミルクティーをこぼした際にも何とか死守していた右手のカップも、このときばかりは指からすっぽ抜けていった。
 やはり、タママの進行方向へと。

「え」
 ばしゃっと。
 その被害の甚大さには不相応な控え目な効果音で、カップのミルクティーはケロロに降り注いだ。
「〜〜〜〜〜〜っ!!」
 ケロロは悲鳴にすらならない絶叫を上げ、珍妙な踊りを舞うがごとくに身悶える。
 身を起こした直後に目に入った光景に、タママはその可愛らしい顔に引きつった笑みを浮かべる。
「もうちょっと、ふーふーしたほうがよかったですぅ?」
 タママとしては場を和ませようとして口にした発言だが、和むような役割を果たしてくれる人員が、残念ながら存在しなかった。
 そんなことはタママも承知のはずであったが、それを判断できるほどの余裕すらなかったのだ。つまり、混乱していた。
 
 その後、『フォローしてくれる人』という必須アイテムの登場が叶わなかったため、ケロロの限界が訪れるまでまで地獄絵図は展開されたという。





END





 あとがき
 初ケロタマ文です。本当は 

「はい、軍曹さん熱いから気を付けて下さいねぇ」
「あ〜、うん……て、あぢいっ!」 
「ああ、も〜!だから気を付けてって言ったんですぅ。ボクがふうふうしてあげるから待ってて下さいですぅ」
「いや〜、それはちょっと悪いような気がするでありますなあ……」
「あ、じゃあ、軍曹さんはボクのふうふうしてくれますぅ?」
「おお、それならおあいこでありますな」
「ハイですぅ!」
 自分のふうふうしろよ。

 みたいな会話文だったんですが、うっかり地の文を付けてしまったためにこんなことに。てか、おちてないという結果に。



ケロロtop