ね〜え





「それでね、それでね、軍曹さん!」
 タママの言動は一々アクションがオーバーで、しかし本人は演技の類でなく無自覚らしく、本気で一挙手一投足に全力を挙げている。
 こんなに近距離で話しているんだから、そんな声を張り上げなくたって聞こえるでありますよ。
 そんなに手を振りかざして説明しなくたって、言いたいことは通じてるでありますよ。
 そう告げたくなった回数は一度や二度では収まらず、正直数え切れないほどあるのだけれど、実行に移すのは憚られた。
 タママに悪意はなく、純粋に一所懸命にケロロに語り掛けているのだ。そんなタママを邪険に扱うほど、ケロロも鬼にはなりきれない。
「軍曹さん、聞いてますぅ〜?」
「あ〜、うん」
 その声音に不満の色を滲ませたタママの問い掛けに、ケロロは適当な返事を返す。
 タママが部屋に飛び込んで来たとき、ケロロは宣言したはずだ。

 我輩、今からすっげ大事な作業に入るから、くれぐれも邪魔しないでね
 ハイですぅ。ボク、大人しくここで見学してるですぅ

 二つ返事のよいこのお返事をして見せたのは、誰だったでありますかなあ〜。
 傍にいられるだけで幸せと無邪気に微笑むくせに、傍にいるだけでは決して満足しようとしない、悪気のない子どものワガママさを力一杯発揮する。
 構ってくれないと頬を膨らませて拗ねる姿を、誰もが可愛いと評するなどと思ったら大間違いであります。
「ね〜え、軍曹さぁん」
「あ〜、うん」
 だから、聞いてるってば。
 ガンプラ制作で手一杯なのを押して、タママの話にも耳を傾けているのだ。手の抜けない作業に取り組んでいる最中、話を聞いているだけでも有り難いと思って貰いたい。
 ケロロの思惑に対し、タママの不満ゲージはどんどん上昇を続けているらしく、言葉にしない無言のオーラがケロロに不満を訴える。
 元々気の長くない(むしろキレやすい)タママのこと、ほどなく忍耐の限界を迎える。タママが立ち上がる気配を、ケロロは背中に感じた。

 さあ、どう出るでありますか?

 ケロロの予想に反し、タママが癇癪を起こし騒ぎ出すことはなかった。多少身構えていたケロロは拍子抜けし、振り返ってタママの様子を伺った。
 あれ?あれれ?
 タママはケロロに寂しげな視線を向けながら、ドアノブに手を掛けていた。
 視線ががちりっと鈍く不自然な音を立てぶつかり、タママはばつの悪そうな顔を見せた。
 音も立てず気付かれないようにドアノブを握り締める姿。どこから見ても、部屋を辞そうとしているに他ならない。
 …………帰るんだあ?
 タママが帰ってくれたらタママのマシンガン・トークに耳を傾ける必要はなくなるし、ガンプラ制作もさぞやはかどることだろう。またね、と笑顔で告げれば、万事丸く収まるのだ。タママが帰ったら……。
「あれ?タママ、どったの?」
 言い訳を探して泳ぐタママの視線。その瞳が答を見つけ出さない内に、ケロロは畳み掛けるように続けた。
「帰っちゃうんでありますか?」
 タママに視線を合わせ、首を傾げてみせる。
 タママはケロロの言葉にてき面に反応を見せ、弾むボールの勢いで元の位置に飛び込んだ。
「帰んないですぅ!」
 満面の笑みを浮かべ、少し焦ったように早口で明言する。
 その回答に湧き出た内心の感情を打ち消すように、ケロロは「あ、そ」とおざなりな返事を返し、再びタママに背を向けた。
 手元を忙しく働かせながら、独り言のような小さな声でそっと呟く。タママに向けた言葉だけれど、聞こえなかったのならそれでいい。
 だって、そんなの、すげえカッコ悪いじゃん。
「よかった」





 洗濯したり掃除機掛けたりお風呂掃除したり。日向家での家事当番以外の活動といえば、ガンプラ作ったりガンプラ作ったりガンプラ作ったりガンプラ作ったりガンプラ作ったりガンプラ作ったり。あと、時々侵略活動、カッコ進展なしカッコ閉じる。
 それで、やっぱりガンプラ作ったり。
 家事手伝いの最中にケロロと遊ぼうなんて夏美の目が恐ろしく不可能だし、侵略活動、カッコ進展なしカッコ閉じる、時に遊ぶなどはもっての他だ。ただでさえ、侵略活動自体が遊んでいると目されがちだというのに。
 だから、タママがケロロに構って貰おうと思うなら、ガンプラ制作を狙う他ないのだ。
 ないというのに。
「軍曹さん、聞いてますぅ〜?」
「あ〜、うん」
 ケロロの「ハイ、聞いてませんよ」も同義の適当なあしらいに、タママの不満は募るばかりだ。
 どれほどタママが必死に語り掛けても、ケロロは手元のガンプラ制作に夢中で顔さえ上げてくれない。
 ケロロのガンプラ好きはタママとて承知しているが、それじゃあ自分のことは好きじゃないんですかと問い詰めたくなる。
「ね〜え、軍曹さぁん」
「あ〜、うん」
 懇願するように再び呼びかけるが、ケロロの返答は全く変化がない。どこかに録音されてるんスかと疑うほどだ。
 ガンプラに没頭して小さいことにこだわる器の小さなケロロも、タママの大好きな軍曹さんなのだから、ガンプラには大いに執着してくれて構わない。
 だけど、たまにはじぶんだって大事にされたいと切望するのは、そんなにワガママだろうか。気分は沈む一方で、どんどん暗い考えへと引き摺られてしまう。
 ケロロに聞こえないよう小さく嘆息し、タママは腰を上げた。
 いてもいなくても同じなら、ボクもう帰るですぅ。
 声には出さず、ケロロの背中に目線で訴える。
 本当は、何の用がなくたって、邪魔をしてしまう結果になったって、ケロロといついかなるときでも一緒にいたいのだけれど、こんな沈鬱な気分ではケロロの傍にいたくない。
 足音を立てないよう注意深く足を運び、ドアにまで辿り着く。
 また明日、ですぅ。
 また明日になればこんならしくない感情とはおサラバの、いつものキュートでラブリーなキャラを取り戻したタママになっているはずだから。
 振り返ることのないケロロの背中に無言で告げ、ドアノブに手を掛けた。
「あれ?」
 不意に、振り返るはずのなかったケロロがくるりとタママに向き直った。絶妙なタイミングに目を逸らすことも叶わず、二人の視線はがっちりと重なり合う。
 ドアノブを握り締めているという、言い訳のできない己の状況に、タママの背中に冷たい汗が流れる。
「タママ、どったの?」
 どうしたのって。
 ケロロが構ってくれないものだから、拗ねて帰ろうとしていました。
 そう正直に告白してしまえば、ケロロも少しは行動を改めてくれるのだろうか。
 けれどもそんなことはとてもできそうになく、タママは言い訳を探して視線を空中に彷徨わせた。
 小首を傾げて、ケロロがタママを真っ直ぐに見詰める。
「帰っちゃうんでありますか?」
 その瞬間、タママは思考回路が弾け飛んだように、胸を突き上げた衝動のまま行動していた。
 握ったドアノブを放り出し、力の限り床を蹴って元の位置に飛び込んだ。
「帰んないですぅ!」
 勢いを殺さずに、真正面のケロロに宣言する。タママの頬には自然と笑みが浮かんでいた。
 ケロロは暫くタママの顔を眺めた後、ふっと目を逸らし再び背を向けた。
「あ、そ」
 タママは縋るような視線でケロロの背を追う。勢い込んだだけ、羞恥のためか頬が熱を帯びる。
 全てのことが思った通りに運ばれないなんて、最初から知っているのだけれど。
「よかった」
「え?」
 消え入りそうな声量で呟かれた一言に、タママは弾かれたように顔を上げる。
 ケロロはガンプラを作る手元を先程よりほんの少し忙しく働かせている。独り言にしては大きな声で、「え〜と、次は」なんてぶつぶつと吐き出し続けている。
 タママは大きな瞳をぱちぱちっと瞬かせた。





 タママが背中に飛び付こうとする気配を察知して、ケロロは腕一本でその行為を制止した。突き付けられた右腕に、タママは一瞬動きを止める。
 見上げるタママに、ケロロはきっと強い視線を向ける。
「今、すっげ大事なとこだから!」
「はあ……」
 タママの顔に呆れとも怒りともつかない微妙な表情が浮かべられる。
 その顔を居心地が悪そうに受け止めながら、ケロロは焦ったようにタママに背を向けた。
「だ、だからあ!」
 二人の間に流れた微妙な空気を紛らわすように、誤魔化すように声を張り上げる。タママの視線がケロロの元へ引き戻される。
「そういうのは…………あとでヨロシク」
 歯切れ悪く呟かれた台詞に、タママは目を見開いた。





 本当はね、知ってるんですぅ。
 軍曹さんがいつもいつも、ドアの鍵を掛けないで、開け放しにしてくれてること。
 ボクが部屋に入ること、黙認してくれてるんだって。
 ボクは、軍曹さんの傍にいてお話ししてもいいだって。
 ボクのこと、ちゃあんと好きでいてくれてるんですよねぇ、軍曹さん。


 本当はね、気付いてるんであります。
 タママが構ってくれないって不満を、一所懸命我慢してくれてるってこと。
 寂しい思いさせちゃってるんだなって。
 だから、ゴメンねって何度でも謝るから。
 タママのことぜーんぶ、ぎゅって抱き締めてあげるから。
 我輩のワガママ、もうちょっとだけ勘弁してね?






 END






 あとがき
 ケロサイドとタマサイドで、同じ内容でも読んで下さる方のイメージが変わるように書きたかったのですが……何とも力不足で申し訳ないです。
 まあ、結局はこのバカップルが……ってお話なのです。
 あと、構ってくれないと頬を膨らませて拗ねる姿を、誰もが可愛いと評するなどと思ったら大間違いであります。てとこ、タママを可愛いと思ってるのは、つまるところ軍曹さんなのですが。



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