ふわふあ





 先程まで寝転がって漫画を読んでいたはずのタママが、定位置のクッションの上から消えていた。
 あれ、と小首を傾げ、必要以上に壁が遠くにある(つまり、だだっ広い)部屋中に視線を巡らせるが、やはりタママの姿はどこにも見当たらない。
 自分がトイレに席を立った間に、部屋を出る事情でもできたのだろうか。
「タママ〜?」
 名前を呼びながら、部屋中にある無駄に体積のある家具の裏や隙間を覗き込んで回る。
 一際狭いローチェストの隙間に、壁に身体を押し付けるようにして入り込もうとするが、どうも入りそうにない。
「いや、さすがにこんなところにはいないでありますな。つか、こんな狭いところに入れる奴いねーよ」
「軍曹さぁ〜ん!」
「ゲロッ?!」
 突然すぐ近くから上がった声に、まさかこんな狭いところに入れたのかと、ケロロは慄き身を引いた。
 一体全体、どのようなミラクルな手段を用いたらこんな狭い隙間にとローチェストを凝視していると、背後から何者かにより強烈な一撃を喰らった。
「ぐふぅっ!!」
 息が詰まるような衝撃に、ケロロの口から盛大な呻き声が上がった。
 直後、脳内に星を飛ばすケロロを慰めるように、何やら柔らかくふわふあと心地よいものが頬を撫ぜる。
 遠くへ旅立ちかけたケロロの意識に、朗らかな声が楽しげに話し掛けた。
「エヘヘ。軍曹さん、ビックリしたですぅ?」
「タ、タママあ?」
「ハイですぅ」
 聞き覚えのある声に我に返り振り向けば、タママ二等兵が邪気のない笑顔でケロロの背中に張り付いている。
 タママはご機嫌な様子で真っ白なカーテンを身体に巻き付け、マントのように纏っている。カーテンの中に身を潜め、姿を隠していたのだと知り、ケロロは安堵の息を吐いた。
「何だ、そういうことでありますか」
「そういうことですぅ〜」
 タママはイタズラが成功した子どもそのものの顔で、右手を口に当てて、うぷぷ、と殺しきれない声を洩らし笑っている。
 怒気を殺がれるというのはこういうことで、ケロロは微苦笑を浮かべタママに視線を向ける。
「ビックリさせないでよね〜もうっ」
「ビックリさせたかったんですぅ〜。軍曹さんの驚いた顔ってば……」
「うるさいであります!」
 なおも笑い続けようとするタママを、ケロロはカーテンの端を掴みきゅっと締め付けた。
 勿論、力加減をしているので苦しむほどではなく、カーテンに埋もれたタママはくすぐったそうに悲鳴を上げる。
 真っ白なカーテンの中から、くぐもった笑い声が洩れる。
「参ったでありますか?」
「参りましたぁ、アハハッ」
「参ってないでしょ〜、全然。お仕置きであります!」
 カーテンの布を掻き集め、タママの姿が隠れるほどに包み込んでやる。小さな白いお化けのようになったタママを、布の上から押さえ付ける。
 楽しそうに声を上げじたばたと抵抗するのを、仕上げにぎゅうっと抱き締めてやる。
 ケロロの肌の上を柔らかく滑る、手触りのいい布が心地よく、頬を擦り付けた。先程、頬を撫ぜたふわふあのものはこれだったのだなあ、と今更ながら気付く。
「もお、降参ですぅ〜!」
「本当にい?」
「本当ですぅ〜!ボクの負けですぅ」
「そんじゃ、タママ罰ゲームッ!」
 え、とタママの声が上がるより先に、ケロロは真っ白なカーテンの裾から中に身を潜らせた。するん、と肌の上を滑る布が気持ちいい。
 カーテンの中、少し視界の悪い世界で、タママが大きく目を見開いている様子がはっきりと見える。してやったり、とケロロを妙に胸のすく思いにさせる。
 勝負に勝った、そんな感覚だ。
 タママの後にあるカーテンの布ごと、タママを強引に引き寄せる。
 困惑に揺れるタママの視線、うっすらと赤く染まった頬。至近距離で目にしたそんなものに、もう一度勝利を確信しながら、タママの唇を塞いだ。
 硬直したように見開かれぱなしにされていたタママの瞳が、徐々に瞼を下ろしていく。何やらタママを溶かしているようで、ケロロは可笑しくなった。自分とて、タママに相当とろけているのだが。
 角度を変えようと顔を動かしたとき、唇から洩れた息がくすぐったくて何だか気持ちいい。
 もっとタママを引き寄せようとカーテンを引っ張る。思った以上に布の感触が肌に馴染み、カーテンって何かいいなあとケロロはぼんやりと考える。
「――ん、……」
「…………」
 柔らかな唇の感触を惜しみながら解放すると、タママは頬を上気させ焦点の合わない瞳をケロロに向けている。
 互いにカーテンの布を握り締めたままなので距離を取ることもできず、至近距離で互いから視線を外せない。
 嬉しいような、恥ずかしいような……。
 いや、互いにカーテンから手を離そうとはしないので、この間合いが嬉しいのだ。少なくとも、ケロロはそうだ。
「……タママあ、」
「…………」
「暫くこうしてて、いい?」
 タママは無言で、ケロロの胸に頭を寄り掛からせた。
 ふわふあの真っ白なカーテンで改めてタママを包み込み、やっぱカーテンていいかも、何てケロロは考えていた。





END





あとがき
 カーテンでちゅーっていいよね。あれ?でも、何でカーテンの中でやるんだろ。人に見られないため?でも、カーテン中で二人でごそごそやってたら、その姿こそ人目について怪しいよな。
 とか色々考え、自己解決するためにケロタマカップルに頑張って貰いました。
 結論としましては、『カーテンて何かいい』からカーテンちゅーを行うということになりました。
 ご覧の方にも、『カーテンちゅーて何かいいよね』って思っていただければ幸いです。
 ちなみに、カーテンちゅーの元ネタは某乙女ゲーム(PC)からです。



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