学園天国









 春の柔らかで心地よい風が、制服の襟やスカートを軽やかに掬い上げていく。ぎごちなく結われた赤いリボンも、胸元で揺れている。
 片手で足りる回数、袖を通しただけのセーラー服は、まだ着慣れずにしっくりこない。周囲の生徒達も同様で、少し大きめの制服を慣れない様子で身に纏っている。
 初々しい面々の一人である、タママの隣を歩いていた生徒が、不意に声を掛けた。
「ねえ、タマちゃんは何の部活に入るか決めたの?」
「部活ですぅ?」
「ほら、ここに一覧があるでしょう」
 そう言って、厚みのある冊子の見開きをタママに示す。先程まで黙り込んでいたのは、教室で配布された新入生のしおりを熟読していたためらしい。
 友人の言葉に従い冊子を覗き込むと、そこには部活動の説明に添えて生徒の部活動への全員参加を命ずる一文が記されている。
「どうする?タマちゃんは運動神経いいし、やっぱりバレーとかバスケとかの運動部?」
「う〜ん……。スポーツとかって、嫌いじゃあないけど、格闘系じゃないとイマイチ燃えないんですよねぇ」
「それなら、柔道や空手もあるわよ」
「それも、なあ……。やっぱ、ルール無用の異種格闘技ってくらいじゃないと、やる気になれないですぅ」
「タマちゃんたら……」
 学校の部活動でそこまでフォローしてくれるのはないわよ、と呆れ調子で言う友人に、そりゃそうですぅ、と頷く。
 タママのグラップラーとしての魂を満足させてくれるような刺激的な機会を、学校の部活動にまで求めてはいない。
「じゃあ、適当に文化部で活動の少なそうなのを」
「そんなあなたに!」
「わあ?!」
「きゃっ?!」
 タママの台詞をは、至近距離からの絶叫で遮られた。タママと友人は驚いて声を上げる。
 声の発生方向である背後を振り返ると、すぐうしろに一人の生徒が仁王立ちをしていた。
 身に付けたガクランが妙に様になっている様子から上級生であると思われるが、何故一年生の教室のみのこの階に上級生がいるのだろうか。
「あ、あの〜……?」
 友人は果敢にも謎の上級生に声を掛けた。謎の上級生は友人の呼び掛けには答えず、タママに鋭く指を突き付けた。
「君っ!今、堅っ苦しいルールはナシの戦いに挑みたいと言ったでありますな!」
「は、はいですぅ」
 迫力に押され、タママは思わず首を縦に振った。そんな台詞は吐いていないが、似たような趣旨のことなら口にした。
 謎の上級生はタママの返事に満足したようで、うんうんと感慨深げに頷く。
「そんなあなたに……」
 謎の上級生の目がきらんと怪しい光を帯びる。勢いよく己の懐に手を突っ込むと、勢いを殺さずその手をタママに向けた。
 攻撃かとタママは身構えるが、その手はタママに届く前に止められた。
 折り目一つ付かずぴんと張った、白いコピー用紙。悪筆なのか表現方法なのか判断のつきかねるダイナミックな文字が躍っている。
 『部員募集中v(はぁと)』。
 『新入生入部歓迎』。
 『君も己の信念に従い、愛と勇気と正義の戦いに身を投じてみないか』
 謎の上級生を模して描いたのであろうイラスト。
「我が『ポコペン侵略クラブ』は君のような者を歓迎するであります」
 そして、『ポコペン侵略クラブ』との見出し。
「毎日、刺激的でありますよ。強大な敵との戦いも日々繰り広げているであります」
 タママは受け取ったチラシと謎の上級生の顔を交互に見る。
 『戦い』。格闘家を名乗るタママには、非常に魅力的なキーワードだ。
 それに、目の前の謎の上級生。黒く丸い目は表情が豊かとも逆に無表情とも取れ、底知れぬ迫力を秘めている。
 かなり、刺激的だ。
「入部するですぅ!」
 鋭く敬礼の姿勢を取り、一片の迷いもなく即答するタママに、謎の上級生は少なからず驚いたらしい。先程までの迫力は失われ、気の抜けた声を出した。
「エ。マジ?」
「勿論ですぅ!」
「タ、タマちゃん……?」
 蚊帳の外に置かれた友人が、戻って来てとでも言わんばかりの縋るような視線をタママに向ける。その視線をはねのけ、タママはきっぱりと宣言した。
「ボクが『ポコペン侵略クラブ』に入部することは、もはや決定事項ですぅ!」
「ど、どうしても……?」
「どうしてもですぅ」
 タママの返答に、友人は床に膝を付きがっくりと肩を落とした。その姿に多少の罪悪感を感じないでもないが、この刺激的な状況を手放すわけにはいかないのだ。
「んじゃ、新入生。この入部希望の用紙に記入して」
「ハイですぅ」
 呼び掛けを受け謎の上級生に向き直ると、差し出された入部希望用紙を引き千切るほど力強く受け取る。
「で。我輩は、ポコペン侵略部部長の、ケロロ軍曹であります」
「ボクは、タママ二等兵っていうですぅ〜」
 謎の上級生が向けた右手を、タママは己の右手で掴み握り返した。



 END



 あとがき
 急に思い付いた学園もの。タママは私の趣味でセーラー服、ケロロはガクランとなっております。
 タママの友人はタルルにしようと思ったのですが、そうなるとタママの同級生設定になっちゃうし、タルルを女子生徒にするのはどうかなと思い断念。



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