happy life







 風が強く、吹き付ける。少し湿り気を帯びた六月の風は、ケロン人のタママにとって心地よいものだ。
 ばたばたとはためく帽子を片手で押さえ付けながら、目的の人物を捜す。今は、風が心地よいとは、感じなかった。
 膝を抱え遥か遠くへと視線を馳せている背中を見付けると、タママは喉が震えるのを何とか堪え、声を掛けた。
 ケロロの頭が力なく持ち上がり、タママのほうへと振り向く。
「どうしたでありますか、タママ二等」
「軍曹さん……」
 向けられた笑みはあまりにも弱々しく、作り笑顔であることは一目瞭然で。それほど参っているのにもかかわらず笑顔を見せようとするケロロの気持ちを思うと、胸が痛くなる。
 タママはケロロの元へ近付くと、その背中に己の背中を合わせるようにして腰を下ろした。ケロロと同じように、膝を抱えて小さくなる。
 ケロロの顔は、見られなかった。
「軍曹さん、ごめんなさいですぅ」
 消え入るような声で、謝罪の言葉を口にする。
 ケロロのペット・ロボットであるニョボが宇宙の彼方へ去って行ってしまった原因は、己が作ってしまったのだと自覚があった。
 ケロロの心を独り占めしたいというタママのワガママが、ケロロをここまで落ち込ませているのだ。
「何で、タママが謝るんでありますか?タママは何も悪いことしてないでしょ」
 ケロロの宥めるような優しい声が、耳から身体に取り込まれ、タママの胸をじんと熱くする。
 悪いこと、したんですぅ。
 そう告白できる勇気もなくて、声にならない言葉を喉の奥で押し殺す。それはタママの頭の中で毒へと変質して、ぐるぐると心を巡り、苦しめる。
「きっと、ニョボもさあ、我輩とのテニス、楽しんでくれたと思うんだよね。これって、タママがナイスな提案してくれたおかげじゃん?」
 だから、アリガトね。そう言って、ケロロの手がタママの頭を優しく撫で付ける。
 ケロロは、タママが責任を感じていることに気付いている。そんなタママを、自分のほうが余程傷が深いのに、慰めようとしてくれているのだ。
 優しく、しないで。
 泣きたいような思いで、タママは再び言葉を呑み込んだ。
 ケロロの優しさは、一層強い毒となり、タママの胸を苦しめる。
 情けなくて、悔しくて、悲しくて。どうしようもない思いを抑え込み、タママは膝を抱える腕に力を込めた。 
 ケロロが、ずっとずっと、変わらず好きでいてくれるという保証があればいいのに。
 ケロロの心が自分以外に向かう度に、不安になって堪らない。もしも、ケロロの心が自分の元に帰って来なかったらと考えただけで、背筋が凍るような恐怖がタママの身を襲うのだ。
 勝手に焦って、勝手に傷付いて。これからも、そういうの、ずっと繰り返していくのかな。 
「いつか……」
 ケロロの言葉に、タママは膝に押し付けていた顔を持ち上げた。ケロロの纏う空気が、ほんの少しだけ形を変えた、そんな気がした。
 こちらを向いたケロロと目が合い少し気後れするが、恐る恐るケロロの様子を覗う。ケロロはいつもと変わらない穏やかな笑顔を、タママに向ける。
「ニョボが帰って来たら、タママも一緒に遊ぶでありますよ。赤い屋根のおうちに、ニョボが百人乗ってもダイジョーブ!な広ーい庭を用意して待ってるであります」
 おどけたようにそう言った。返事を返すことができないでいるタママに、ケロロは声色と表情を真剣なものに改め、言葉を継いだ。
「だから、そのときまで、我輩と一緒にいてね」
 タママの瞳が、大きく瞠られる。
 衝撃で息が詰まり、和らげようと開いた口からは喉の震える音が洩れるだけだ。顔中が熱を持ち、瞼がじんと痛む。
 言い終えたケロロはいつものケロロに戻っていて、いつものケロロの口調で話し始める。
「そんで、庭にはニョボ小屋を立ててやって、ニョボにはお嫁さんとニョボジュニアを作ってやるであります」
「そんな広いお庭だったら、すごーく広い土地を買わなきゃいけないですよぉ。軍曹さん、今から貯金しなくちゃ」
「ゲロ……現実的なこと言ってくれるね」
「ガンプラも今月から少し控えないとですねぇ」
「タ、タママも協力してね」
「ハイですぅ」
 ケロロは、タママの様子に気付いていて、気付かないふりをしてくれた。
 だから、タママもバレバレなのは承知で涙を乱暴に拭い取り、瞼を腫らしたまま笑ってみせた。
 いつか……。
 ケロロをまねて、タママは小さく言葉を口にした。
 いつか、そう、ニョボが帰ってくるそのときまでには。
 ケロロの大好きなものを、自分も大好きだと笑って言えるような、そんな自分になりたい。
 ううん、なってみせるですぅ!
 ケロロはそのときまでタママを傍に置いてくれると言ったのだから。その言葉を貰った以上、宇宙でいちばんケロロを愛している自分に、不可能などあるはずがないのだ。
「……だから、そんときには、ちゃあんと帰ってくるですぅ」
「え、何か言ったでありますか?」
「ハイ。ガンプラは二ヶ月に一個にしましょうって」
「ゲロ――?!」
 ケロロの叫び声に、タママの笑い声が重なり、風に乗って遠くへと運ばれて行く。
 いつか、七月の風が優しくそれを伝えてくれる日を待つのも悪くない。
 宇宙の果て、『親友』の耳に、その声が届くのは……。




 END




 
 あとがき
 アニケロ、「ニョボとともに去りぬ」自己フォロー作。
 フォローしなきゃ!て思いに勝手に駆られてみました。




 こっそり続いてみたり……。
 激甘仕様でもよろしい方は、以下スクロールをお願いします。
 未来予想図の、軍曹さん視線で。












happy holiday





 まだはっきりと意識の覚醒しないまどろみの中、柔らかい声がケロロの耳をくすぐる。
 心地のよいBGMに、もう少し夢の世界に浸りたくなり、ケロロは開きかけた瞼を再び重ねた。
「もぉ〜、軍曹さん!いくらお休みだからって、もう十時ですよぉ。そろそろ起きて下さいですぅ〜」
 ああ、BGMじゃなくて、タママの声だったんでありますか……。
 ゆすゆすと身体を揺らされ、覚醒へと引き戻された意識で、そう認識する。
 しかし、意識が覚醒したところで、ぼんやりと霞がかった思考では咄嗟に言葉を発することはできない。焦れたタママが、ケロロを揺さぶる手に力を加え、更に言い募る。
「軍曹さんがお休みだから遊んでもらえると思って、ニョボ達がお庭でがっちゃんこーがっちゃんこーって、もう大変なんですぅ!」
「……はー……そーでありますかー……」
「そーでありますか、じゃないですぅ〜!」
 そう言えば、確かに遠くからがちゃがちゃと金属音が喧しく響いているような気もする。この騒音の原因は、我が家のペットということか。
 うっすらと瞼を持ち上げてみると、ぼんやりとした視界の中でタママが可愛い顔に拗ねたような表情を乗せている。怒っていると主張したいのだろうが、イマイチ迫力不足だ。
 視界の端に、白いレースがふわふわと揺れ、ケロロを誘う。
「ほら、起きたならご飯を食べて、お庭へ……」
「タママ、」
「え?!」
 白いレースを掴み、己の元へと強く引き寄せる。
 タママの足が床を離れ、ケロロのお腹辺りへぼすっとダイブする。両腕でタママを受け止めると、ぎゅうっと力一杯抱き締めた。
「そのエプロン、可愛いねえ」
「軍曹さんがっ、どうしても付けてくれって言ったんじゃないですかぁ」
「白レースのエプロンは男のロマンでありますからなあ」
「軍曹さん、そゆ変なとこ、ポコペンの影響受けてるですぅ。そんなことより、ご飯……」
「うーん……」
 タママの身体を胸に抱き締めたまま、暫し考え込む。
 確かに久々のお休みだし、ニョボファミリーもたまには構ってあげなくては、益々がっちゃんこーがっちゃんこー、とご近所迷惑な音を出し続けるのだろう。
 でも、ねえ。
 普段の朝は忙しなく過ぎ、折角自分の趣味全開で買い与えた白いレースのエプロンを堪能する暇もないのだ。それが、今日は休日。
 今日ぐらいは、ワガママ言っても許されるのではないだろうか。
「ねー、タママ」
「ハイ?」
「ちゅーしよう」
「ハイ……え?!」
 話の流れで頷きかけたタママの頬が、覿面に赤く染まる。
「だ、だって、ニョボ達構ってあげないとダメですぅ」
「お昼から、ちゃんと遊んであげるでありますよ。だから、お昼まではタママを構わせて」
 ん、と唇を寄せると、タママが身を退こうとする。だが、タママの腰はケロロががっちりホールドしていて、退路は塞がれていた。
「それなら、昨日の夜いっぱい……」
 思わずといった観で発しかけた言葉を、タママは自分の口を覆い抑え込んだ。そうして、自分の言葉でかあああっと頬の熱を高めていく。
「うん。昨日の夜にいっぱいしたけどね」
 タママの言葉をわざとなぞるように言うと、羞恥が限界までのぼりつめたタママはただ口をぱくぱくと開閉する。
「でも、エプロンのオプションはなかったし」
「オプッ……」
「だから、ちゅー」
 ケロロが再び唇を近付けると、タママは諦めたように瞳を伏せた。先程の赤面状態からは熱は引いているが、まだ目元がほんのりと上気している。
 可愛い。
 やっぱり、宇宙一可愛いのはタママだなあと思う。
 嫌がるような素振りを見せても、タママが本気で抵抗する気などないことを、ケロロは知っている。タママの馬鹿力で抵抗などされては、「あの頃」ならば兎も角、今のケロロではあっさり弾き飛ばされてしまうだろう。
 そして、タママはそんな自分に気付いていない。無意識で本心を示すタママが、最高に可愛いのだ。
 ケロロはタママの唇に己の唇を重ね、暫く触れるだけのキスを繰り返した。
 暖かくて、柔らかくて、これだけでも気持ちいのだけれど。
 そっと出した舌でタママの唇をなぞるように舐めると、タママがうっすらと目を開く。
 至近距離で目と目が合い、その距離で見詰め合うことに妙に気分が高揚して、頬が熱くなる。タママの頬も、熱を取り戻している。
「ぐんそーさん……」
 甘く蕩けるような声音で名前を呼ばれ、やっぱり午前中はタママを構うことにしようと決意を新たにした、丁度そのとき。
『ニョロロー!』 
 がっちゃんこーという金属音と共に、電子的な鳴き声が部屋中に響く。咄嗟に二人同時に身を離し振り返ると、部屋の扉の向こうにニョボジュニアががっちゃんこーと仁王立ちになっていた。
「ニョボジュニア?」
「あああ!おうち入るときは、ちゃんと足拭かなきゃダメって言ったですぅ!」
 タママはベッドから飛び降り、ドアからはさすがに身体が通らずその場にとどまっているニョボジュニアに駆け寄る。
 動いちゃだめですぅ!と言い残し、タママはけたたましい音を立て階段を駆け下りて行った。雑巾でも取りに向かったのだろう。
 ベッドの上に一人取り残されたケロロは、ごろんと身体を反転させ、肘を付いた。
「まあ、こーゆーのも、幸せな休日でありますな」
『ニョロロー!』
「……ニョボジュニアも、あんまタママを怒らせちゃダメでありますよ」
『ニョロロー!』
 わかったのかわかっていないのか。
 とりあえず元気のいいニョボジュニアの返事に、ケロロの溜息が重なり、休日の風に乗って遠くへ運ばれて行った。
 宇宙の果て、誰かの耳にその声が届くのは……。




 END




 あとがき
 二回書くのも変な話ですが、今度こそ本当のあとがきでございます。
 ホリディ書いているとき、正直すっげ楽しかったです。
 やっぱ、ウザいほどにラヴラヴなのが好きなんです。



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