しばらく途絶えていた知多八十八ヶ所巡拝を、思い付いたように再開、去る10月31日の日曜日に、家内と
二人で第十五番札所洞雲院(下左写真)から第二十五番円観寺までを巡拝してきました。初秋の日差しは柔らかく、素晴らしい巡礼日和でした。最初に訪れた第十五番札所洞雲院は阿久井にあり、徳川家康の母於大の方の墓所(下右写真)が有ることで知られているお寺で、この日に訪れた寺の中で私が一番関心を持っていたお寺でした。 寺の裏山にある広大な墓地の一角に作られた囲いの中に、葵の紋のついた於大の方の墓と於大の方の嫁ぎ先である阿久比城主久松家の墓が並んでいました。しっとりと落ち着いた墓所のたたずまいは、政略結婚による結婚と離別、若い頃から悲しい人生を送ってきた於大の方を偲ぶのにこの上もない雰囲気でした。 家康の生母於大の方は、刈谷城主の娘として亀城で生れ、14歳のとき岡崎城主松平広忠と政略結婚。翌年竹
千代(後の家康)を出産そました。しかし、兄信元が織田方についたため離縁されてしまいました。その後、20歳のとき、阿久比城主久松俊勝と再婚し、岡崎城に入るまでの14年間を阿久井で過ごしました。古いお寺には、それぞれのお寺が辿ってきた歴史が塗り込められており、ガイドブック片手の巡礼は、不謹慎かも知れませんが、私の好奇心を十分満足させてくれます。 今回の巡拝で、もう一ヶ所印象に残ったお寺は、第二十一番常楽寺でした。御三家である初代尾張藩主徳川義直公から「浄土宗西山派知多一群の総本寺」とお墨付きを受けたお寺で、壮大な寺の境内は、京の大寺に見劣りしないものでした。「家康公お手植えの松」や寺宝も多く、数多くの見所が散らばっています。そう言えば、今回の巡拝で初めてカラー写真入りの「参拝のしおり」を貰いました。また、この寺は弘法大師の命日と同じ21番と言うことで、お遍路さんたちは特別な思いを持って訪れると言うことです。 今年中には終えようと思って始めた巡拝ですが、現在のところ、未だやっと3分の1です。このペースですと、来年1年は掛かりそうです。次の予定は、いよいよ南知多地域、船に乗って日間賀島と篠島の寺を回る予定です。
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