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皆さん元気ですか。
去る8月29日、知多(新四国)八十八ヶ所巡拝の締めくくり日間賀島と篠島のお寺を回ってきました。これで、平成11年3月から始めた新四国八十八ヶ所巡拝も2年半がかりで無事満願となりました。
日間賀島は、20年程前会社の慰安会の折に1泊したことがあるのみ。篠島にいたっては、小学校の頃、臨海学校か何かで海水浴に来た事が一度あるのみ。私の生まれ育った愛知県内にある島とは言え、やはり離島。知多半島先端にある師崎港まで来る機会はしばしばありますが、船で島に渡るとなると足が遠のいてしまいます。 現在、島を結ぶ船便はたいへん便利になり、名鉄海上観光の高速船が30分間隔で各島の間を往復していて、街中のバスを待つのと然程の違いもありませんでした。 船便の都合で日間賀島から回る事にしました。 10年一昔と言う言葉がありますが、島の様子は、二昔前に私が訪れた時の日間賀島とは全く様変わりしており、その変わり様には目を見張るものがありました。以前私がこの島を訪れた当時、漁業を主な生業としている人たちの住むこの島には、訪れる人の殆どが釣り客で、島の中央にこじんまりしたホテルと
日間賀島の札所は、第37番大光院一ヶ所のみ。漁民の島であったこの島の寺大光院の本尊は「金毘羅大権現」で、漁民を守護する守護仏になっています。古代から海上交通の要衝にあったこの島の歴史は古く、この小さな島に30以上の古墳が発見されています。また、この大光院の歴史も古く、神亀2年(725)行基菩薩によって開創、元禄4年(1961)再興と伝えられています。 札所ではありませんが、大光院のすぐ手前にある呑海院の境内に弘法堂があり、鯖を持った修行中の弘法大師をあらわした「鯖大師像」があります。殆どのお遍路さんは、ここにも立ち寄りお参りをして行くそうです。 注意しなければいけないのは、日間賀島には、西港と東港の二つの港があり、札所は東港の直ぐ近くで、歩いて5分程の所にあります。
大光院を下った所には、美しい砂浜の海水浴場が広がっていました。夏の間はさぞ多くの海水浴客で賑わったであろうと思われますが、シーズンも終の今では数えるほどの人が泳いでいるだけでした。 昼にはまだ少し早い時間でしたが、海水浴場の砂浜にあったベンチでお弁当を食べる事にしました。 お寺参りの時には、家内が早朝から起きて作ったおにぎり弁当が定食で、いつもおにぎり持参で出かけます。考えてみれば、殆どのお寺は、人里離れた風光明媚な場所にあり、回りの景色を楽しみながらお寺の境内や参道の木陰にビニールシートを敷いて食べるおにぎりの味はまた格別です。 目の前に広がる海水浴場の周りは沖の方に防波堤が築かれ、所々に外洋とつながる切り目が入れてありました。
そんなことを考えている時、私の目にとんでもない情景が入って来ました。 「あっ、鮫がいる。」 海で泳いでいる子供達に向かって、鮫の鰭が水を切って近付いて来るではありませんか。 それにしても、海岸に居る人たちはいやに落ち着いている。私は急いでその人たちの所へ行き聞いて見ました。
昼食も終り、いよいよ次の島篠島への船出です。高速艇の威力はすごく、船の両脇に大きな波と水しぶきを上げて高速で走る様は、初めて船に乗った孫達には大人気で「すごい、すごい」の連発で、船窓に顔をくっ付けるようにして飽くことなく眺めていました。 篠島には3つの札所があり、先ず最初に第38番正法禅寺に向かいました。篠島は日間賀島の倍ほどの広さ。港は一箇所、札所まではけっこう離れていて、きつい坂道を30分ほど歩かなければいけません。夏の盛りを過ぎた時期とは言え、午後1時、灼熱の太陽が照りつける舗装道路を滝のように流れる汗を拭き拭きの強行軍。 港から10分ほど歩いた所で、3歳の下の孫がついに歩行拒否。なだめようがすかせようが動こうとはしない。結局私が抱っこして歩く事になってしまいました。 正法禅寺は篠島港を一望できる絶景の場所にあって、海から吹き上げる清風は、汗にまみれた全身に心地よく染み渡り山頂を征服した登山家の気分でした。
この正法禅寺には、開山の鳳山仙麟禅師が駿府で修行中、今川義元の人質だった徳川家康を救出し、70日間世話をしたと言う逸話が残されています。 機嫌を取り直した孫を激励して次の、番外西方寺に向かいました。西方寺は、正法禅寺から更に坂を登った裏側にありました。この寺は、「月山・篠山」と呼ばれ、土佐国幡多郡月灘村の元月山大勢至菩薩と、伊予国南和郡一本松字正木の元篠山大権現十一面観世音菩薩を奉安しています。この2体の菩薩は、本四国巡礼の際には必ず参拝するものだそうです。 さぁ、いよいよ知多四国八十八ヶ所巡拝最後の寺になった医徳院です。墓の中の道を港側に少し下った所に医徳院がありました。この寺は、保育園を経営しており、門は、寺と言うよりどこかの病院の入口と言った感じのモダンな印象を与える佇まいでした。 ツツジ、アジサイ、ジンチョウゲ、ボケと、季節の花がいつも咲いていて四季のよく分かる境内には、
ご本尊の薬師如来は、1メートル30センチの木造坐像で、家内安全・病気平癒・身体健康を祈願すれば、米寿まで生きることができると伝えられ、別名「八十八(やそはち)長寿薬師」と呼ばれています。また仏閣にしては珍しく狛犬があるのもこの寺の特徴です。 ご記帳所で、200円を払って朱印帳にご朱印を頂き、これで、2年半かかった新(知多)四国八十八ヶ所、番外十ヶ所を入れ108寺の巡拝も満願となりました。 この篠島には、「篠島八十八ヶ所島弘法」と言って、島を一周する「弘法道」と呼ばれる道路を歩きながら弘法大師の石造八十八を巡るコースがあります。明治末から大正初期にかけて造られたものとのことですが、この道を辿って見るのも一興かも知れません。 帰りは港まで下り一本の道、孫達は汗を流しながらも足取りは快調。途中で一休みのために寄った土産物屋では、日頃アイスクリームやチョコレートの大好きな孫たちも、一斉に声を揃えて「かきごーり」と日本伝統の味を所望。やっぱり一汗かいた後は、カキ氷に限ります。 定年になって、西国三十三ヶ所、新四国八十八ヶ所を回り終え、さて、次はいよいよ本四国八十八ヶ所巡拝ということに意を決し始めているところです。何時からのスタートになるか分かりませんが、今度は距離的に遠い場所でもあり四国一周という長距離の巡礼にもなりますので、じっくり構えてスタートしたいと思っています。
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