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皆さんお元気にお過ごしでしょうか。今日は、以前一部の方にお約束してあった私の断煙経緯についてお話したいと思います。
余談になりますが、かの有名な国際列車オリエントエクスプレスが日本へ来た時一度だけ見ましたがこの列車の車体色がピースの箱と同じネービーブルーでした。鏡のようにぴかぴかに磨き上げられた列車の姿は格調高く、私の大好きなピースの香りを思い起こさせました。 以来昨年の断煙決意まで50数年間タバコが健康によくない事は十分承知してはいたものの自分からタバコを止めようと考えたことは一度もありませんでした。 勤めていた頃、会社の診療所の医師も、 「ピースを一日40本以上40年か。まあ、止めよと言う方が無理かな。その内に大きな病気をすると止まるよ。」 そして、追い討ちをかけるように 「もうそろそろ40本40年の成果が現れる頃だな。」 と言う。 でも、人は何事も自分に都合よく考えるものなのか、私は、医師が「タバコはいけません。止めなさい。」とはっきり言わなかったことは、まだ吸っていても然程の問題はないんだなと都合よく解釈し吸い続けていました。 それでも、10年ほど前のこと、3ヶ月間ほど吸わなかった期間がありました。これは、禁煙とか断煙とか言う一大決意を必要とするようなものではなく、突然吸いたい気持ちが無くなってしまったのです。 この時、私は、人の脳の働きの不思議を痛感しました。 平成6年秋、正確には10月5日夜10時頃のことでした。居間でテレビを見ていた時、突然心臓に不調が起こり救命救急センターへ搬送されるという出来事がありました。この当時、職場では、ストレスの溜まる仕事が多くタバコの本数も相当進んでいたように記憶しています。 ストレッチャーの上の私に直ちにモニター画面の付いた心電図が取り付けられました。画面に映し出された心臓波形を見て私はびっくり仰天。心電図の波形はまさにぐちゃぐちゃ。波の形を成していませんでした。 この瞬間、私の脳に異変が起きたのです。タバコを吸いたいと言う気持ちが私の脳から完全に消えてしまったのです。
タバコが健康によくない事は十分承知していましたし医師からも絶えず言われていましたから、今回の心臓の不調は、タバコに原因があるのではと私の大脳は判断し、タバコを吸いたい気持ちを完全にブロックしてしまったのだと思います。 「タバコって簡単に止める事が出来るんだ。」 その時は、私は、そう思いました。 しかし、3ヶ月ほど過ぎたある日、友人に勧められるままに吸った一本がいけませんでした。ニコチン濃度が限りなくゼロに近くなっていた私の身体は、吸い込んだニコチンを貪欲に吸収し、頭の天辺から足の先までじーんと痺れるほどの快感を味あわせてくれました。 こうなったらもういけません。坂を転げ落ちるように本数は増え結局元の木阿弥。これ「一本おばけ」と言うんだそうですが怖いですよ。一本位と思って手を出したらもう終り。逃げることが出来ないほどしつこく付きまとってきます。 そんなわけで、私は、再びタバコの虜になりぱかぱか吸うようになってしまいました。 しかし、近年タバコに対す世間の風当たりは次第に厳しくなり、タバコを吸う人は別扱いされることさえ起きるようになってきました。それに伴い、断煙支援ツールや薬、病院には禁煙外来までできる時代になって来ました。 私も、5年ほど前、通っている病院で禁煙パッチによる断煙を勧められたことがありました。 しかし、私は、禁煙パッチを貼ることで自然に断煙できるのであればいいが、本人自身が相当の努力を要するのであれば、先ず本人が「タバコは止める」と言う強い決意を持ち実行する覚悟が無ければ駄目なことであり「覚悟ができたらお願いに来ます。」と辞退しました。この当時、タバコの本数は大分減っていましたがまだ止めようと言う気持ちは全く有りませんでした。 ところが、昨年夏、再び心臓不調により救急車のお世話になる事態が発生してしまいました。いろいろ検査の結果、心臓に異常は見られず帰りの車の中では早くもタバコを吸っていた有様でした。 入退院を繰り返してはいるもののいまだ元気な96歳になる父の面倒を任されている私も既に70歳近い年齢。「父より先に逝くようなことは絶対にしないで」と病弱な家内から何時も言われていますし、この救急車騒動で家内の不安感は一層高まった様子。自分の健康についてもう少し真面目に考えなければ思い始めました。しかし、まだタバコを止める決断にまではいたらず軽いタバコに切り替え一日20本前後に抑えるよう努力していました。 最初は物足らない感じでしたが軽いタバコに慣れてきたある日、半日ほど吸わなくても然程気にならないことが時々あることに気付きました。ひょっとするとタバコを止めることができるかも知れない。希望的な予感が私の脳裏を過ぎりました。 「タバコ止めようかな。」 台所で夕食の支度をしていた家内に話すと、 「何時から止めるの。」 「今あるのを吸い終わったら止める。」 「そりゃ駄目だ。止めるならきっぱり止めなきゃ。止めるの。止めないの。」 家内は、隙を与えずソフトにたたみ掛けてきました。 「止める。」 私の言葉が終わるか終わらない内に家内は、昨日1カートン買ってきて一箱出しただけのタバコを私の引き出しから出してくると惜しげもなく全て生塵の塵袋の中へぽいと放り込んでしまいました。台所の生塵の中でべとべとになったタバコを見ながら清清とした家内の顔とは対照的に私は実に複雑な心境でした。 それでも吸いかけのタバコが一箱私のポケットの中に残っていました。そっと数えてみると6本残っていました。 「よし、これだけ吸ったら断煙しよう。」と私は決心しました。 残った6本は、私が吸う最後のタバコ。大切に吸わなければ。そう私は真面目に考えました。その日の夜に3本、次の日に2本。そして、最初に書いた10月16日に最後の1本を吸いきっぱりとタバコとの縁を切った次第です。 私は、タバコを止める事を家内以外の誰にも宣言しませんでしたし、タバコを止めたことも、誰にも話しませんでした。 ただ一人例外として、インターネットで知り合い親しくしていただいているAさんにだけは、何故か話したく、禁煙数ヶ月後にメールでお知らせしました。このことを彼がBBSで公表されたのでこれを読んで知られた方以外にはほんのごく一部の限られた方以外にはご存知の方は無かったはずです。 断煙の方法にはいろいろあり、簡単に止めることが出来る方、大変な苦痛を味わい止める事が出来た方、いろいろあると思います。 しかし、最も大切なことは、長年の悪癖を断ち切るのですから 「タバコを絶対に止めるんだ。」 と言う確固たる覚悟が必要なことは間違いありません。 私の場合は、ごく自然体にすんなり止める事が出来てしまったのも断煙のための環境が整っていたからかも知れません。 私の周りにヘビースモーカーがごろごろいて、手の届くところに何時もタバコが置いてあるような環境であったら、いくら決心しても止める事が出来たかどうか分かりませんし、止めるにしても相当の精神的苦痛を伴ったと思います。 喫煙を止めて半年、時々ふっとタバコが吸いたい気持ちが湧いてくることがあります。 パソコンに向かっている時、食事の後、仕事の手を休め一息入れた時等、昔タバコを吸っていた当時の生活のリズムの節々で吸いたくなるのです。大脳が昔の生活習慣を記憶していて「さあ、タバコの時間ですよ。」と誘いかけてくるのでしょう。この吸いたい気持ちは、ほんの瞬間的なもので直ぐ消えてしまいます。こうした気持ちは何年過ぎても出てくるようです。病気で10年以上前に酒タバコを断った父でも、いまだに酒やタバコを欲しくなる時があると言います。
今になって考えるに、喫煙も生活習慣の問題でニコチン中毒だけが問題ではないような気がします。結局「口が寂しい」と言うのでしょうか。赤ちゃんのおしゃぶりと同じで、タバコが吸いたくなった時に、タバコに代わる何かを口に入れると治まる場合が多く見られます。 断煙するんだとあまり大上段に振りかぶると返っていけないかもしれません。考えてみれば「吸わなきゃいい」わけですから然程難しく考えるほどのことでもないかも知れません 断煙成功の鍵は、 ・断煙の覚悟を決めたら絶対守ること。 ・タバコには絶対近づかない身近に置かないこと。手の届く所にタバコが有ったら絶対駄目です。 この2点に尽きると思います。 一番の問題は「タバコが有るからいけない」のです。これだけ世の中で問題にされているタバコを国家利益(税収)のために製造販売を許可している政府に一番問題があるのでしょうね。自分の国ではいけないけれど外国ならばどうなっても構わないとせっせと輸出に精を出している国も沢山有ります。 タバコ以外の商品がこのような状態であったら、まず販売許可にならないでしょうね。ほんとうに、世の中のこと、特に政治絡みのことは分かりません。 10年ほど前にオーストラリアの空港で見かけた禁煙メッセージの精神が本当は必要なことなのでしょう。吸う人は、自分の意思で吸っているのだから自分がどうなろうと自分の責任、つまり最近新聞を賑わした「自己責任」の問題ですが、「他人に迷惑をかけないで欲しい」という事なのでしょうね。 まだ断煙半年の私。これから先は神のみぞ知るです。どうなるか分かりません。
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