第10話  薪取物語



 北軽井沢での初めての冬が終りました。冬が終ったと言っても昼と夜の気温差が大きい北軽井沢では、昼間はぽかぽか陽気でも夜はぐっと冷え込み、全く暖房無しで過ごせるのは夏の数ヶ月間のみです。以前にもお話しましたように我が家の暖房はリビングの正面に置かれた薪ストーブが中心になっていて私達を魅了するその揺らめく炎の輝きは今や私達にとって欠くことのできない存在になっています。

リビングに置いた薪ストーブEFEL Harmony3 と補助の石油ヒーター。

 ところが、この薪ストーブ君は、大変な大食漢。一日焚き続けると10束近くの薪をぺろりと平らげてしまいます。
 幸いなことに、前に住んで居られた方が残してゆかれた薪が沢山(私の目にはそう見えました)ありましたので、今年の冬はこれで十分だろうと思い特に今冬用の薪を調達することもしませんでした。しかし、この沢山に思えた薪も年を越す前に無くなってしまいました。
 薪は、1束500円前後でホームセンターやストーブ屋さん等で売っては居ますが、一日10束の薪を消費する我が家のストーブ君に1束500円の薪を使っていたのでは、如何に魅惑的な炎が恋しくても懐が持ちません。
 薪ストーブを楽しむためには、薪の入手は欠かすことの出来ない作業であることは分かっていましたので、別荘を購入した時点からいろいろな人の話を聞いたり、書物やインターネットのウエブサイトを通じて薪のことや薪の入手方法についての知識や情報を収集してきました。
 先ずは薪を貯蔵する場所です。前住んでおられた方は、薪を直接地面に積んでおられましたので、下の方は湿気って蟻の巣になっていたり栗鼠が餌の貯蔵所を作りどんぐりがいっぱい詰まっていたりあまりいい保存状態ではありませんでした。そこで、私の得た情報を元に作ってもらったのが最初の薪小屋です。写真では小さく見えますが、幅が2間あり結構沢山の薪が入ります。雪が積もった時でも取りに行きやすいよう玄関の前に作りました。私の予定では、この薪小屋に2年分くらいの薪を積むことができるはずでした。

玄関の前に作った最初の薪小屋。高さ150cm、幅2間(360cm)、2列積。

 ところが、いざ薪ストーブを使い始めると小屋の薪はみるみる減って行き、この小屋では一年分の薪も収まらない事が分かり急遽もうひと回り大きい薪小屋を別の場所に作りました。これだけあればもう大丈夫でしょう。全部びっしり詰めると積んだ薪で高さ1メートル50センチ長さ18メートルの塀が出来る量になります。
 薪小屋が完成しましたのでいよいよ薪取爺さんの活動開始です。
 薪材の調達は、原木を入手して自分で薪をつくるのが一番コストが安くあがり自分の好みの薪を作ることができることから私は、この方法を選ぶことにしました。
 薪材を探すに当たってもう一つ留意することは、薪に適した木と適さない木があると言うことです。書物やウエブサイトの話から判断すると、薪に適した木は広葉樹、それも楢の木が一番。針葉樹は、火持ちが悪く、ヤニが多く、燃やすとクレオソートが出てストーブを傷めたり煙突火災の原因になるなど悪いことばかり書かれていて正に悪者扱い。
 薪を意識して走っているといろいろ薪に関する情報が目に入るし、またこちらから尋ねることもあってかいろいろな情報が耳に入ってきます。その中でも、国道18号線沿いにあるストーブ関連商品の老舗Nさんから得た情報で訪れた森林組合が楢の原木を1トン1万3千円で販売していて、ここでの購入が一番適切な気がし春になったらここで買おうと決めていました。1トンと言ってもどれくらいの量になるのか見当もつかずNさんで訊ねたところ約100束とのこと。普通の家なら一冬に3トンあれば略足りますよとのことでした。大量の薪を自分で割るために油圧式の電動薪割り機も買いました。

近くの建築屋さんが運んでくれた長さ4メートルの薪材、樅の木約3トン。

 原木を買っても生木では直ぐ薪として使えませんので一先ず今年の冬使う分として薪も扱っている知合いのBさんに乾燥した雑木の玉木(軽トラックに1台分1万円)を買いました。玉木を買ったのには訳があります。玉木で買った方が、割った薪よりも安く手に入るであろうと言うことと、買って未だ一度も使っていない薪割り機の性能を試してみたかったことです。
 冬も盛りの2月中頃、別荘近くの道路を車で走っていた時のことでした。突然家内が
「今、薪1束300円って書いてあったよ。」
と言う。
 急いで戻ってみるとT建築の看板が掛けられた工場の前に薪が積んであり1束300円の立て札が立っていた。これは何かいい話が聞けるかも知れないと思い立寄ってみました。
 薪割りの最中だったのか山と積まれた玉木の脇に割りかけの木と斧が置いてありました。玉木か原木で薪材を分けてもらえないかと切り出した私に、ご主人のTさんは、私が想像もしてもいなかった話をし始めたのでした。
 私が手に入れようとしているのは薪であって、それはお金を出して買わなければならない薪と言う名の商品でした。しかし、この薪の原材料である木材も場合によっては、処分料を支払らって処分しなければならない産業廃棄物だったのです。
「棄てるにゃ金を払って棄てなきゃなんねぇし、それかと言って埋めるわけにゆかねぇし。」
そして、
「運び賃の1万円もくれりゃ出た時に運んでやるよ。」
とTさんは言う。
Tさんのユニックは、3トン積みなので3トンの薪材を1万円で買うことになる。こんなありがたい話は無い。早速お願いすることにしました。

家の西側に新しく追加した薪小屋。高さ180cm、幅3間(540cm)、2列積。
樅の木約3トンを玉切りにしたらこれだけになりました。思ったより少なかった。

 それから1ヶ月ほど経ったある日Tさんから樅と唐松の薪材があるがどうすると言う連絡が有りました。有ると言う薪材が共に悪者扱いの針葉樹。私は迷った。
 「贅沢言ってちゃいけねぇよ。薪が無けりゃ話になんねぇ。」
 「いろいろ言うけど木なんてどんな木だって同じだよ。」
 「俺んちなんか松だって何だってばんばん燃やしてる。」
 「薪を惜しんで焚いてるようじゃいけねぇよ。」
 ぽつぽつと一言ずつTさんの口から出て来る言葉のひとつ一つがいやに説得力があった。
私の得た知識でも、針葉樹が薪には不向きであっても結構使っている人は多いようで薪には使えないと言うことではありませんでした。何事も経験、兎に角使ってみなければ分からないことですから一先ず今回は樅の木を運んでもらうことにしTさんと一緒に現物を見に行きました。行った先は造園屋さんのヤードでした。そこには、廃材となった樅、赤松、唐松がいたるところに山と積んであり朽ちるに任せてありました。おそらく造園の折切り出した不要な木材なのでしょう。楢だけは、別格なのでしょう、割って薪として積んでありました。Tさんは、自分で取りに来ればタダだよと言っていましたが運搬機材が無ければとても運べる物ではありません。
 今回運んでもらった3トンの薪材を玉にして薪棚に積んでみました。丁度2間分詰りましたので、両方の巻き小屋を満杯にするのには6トンの薪材が必要になります。その内にはいい薪材が出ることもあるでしょうから今後もTさんのお世話になりながら、後顧の憂い無く薪ストーブライフを楽しむことが出来れば言うこと無しです。
 Tさんに薪を世話になっているある人が「薪さえあれば軽井沢は天国だ。」言っておられたそうですが、リクライニングシートにもたれ薪ストーブの心地よい温もりに包まれ、妖しげに揺らめく炎を見ながら過ごす一時は正に極楽かもしれません。



2007/04/27

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