◎ 四天王寺起因
今を去ること千五百年
五三八年に仏教が遠く天竺より唐国を経て日本に伝来した
新宗教 仏教を指示する蘇我氏と日本古来の宗教を推す物部氏の
二大豪族の狭間で若干十六歳の聖徳太子は仏教を支援し
仏の尖兵である四天王に祈願して戦いに勝利した
その喜びに建てられたのが四天王寺である
この地は大阪湾の入口にあたり交易の要所として飛鳥京と密接な
関係を保ち
且つ外国に対して国威を示すのにも格好の地であった
四天王寺は四箇院制度の下広く一般民衆に手をさしのべ
太子信仰の拠点となると同時に庶民救済の中心ともなるのである
爾来四天王寺は日本仏教最初の大寺として復興を繰り返し
今日なお創建当時と同じ伽藍配置で多くの庶民に親しまれ
「大坂の仏壇」の名で親しまれている
◎ ごりやく (四天王寺の七不思議) ◎
其の壱 西門の 「石の鳥居」 は極楽浄土の東門の中心である
其の弐 石の鳥居下の 「ぽんぽん石」 に耳をあてるとあの世の
先祖の声が聞こえる
其の参 「五重宝塔」 一層目の北西角には、正面に大黒天、左に
毘沙門天、右に弁財天を彫った瓦がありどの方角からみてもその
顔がみえる
其の四 「金堂西の井戸」 は竜の浮かび出る底なしの井戸である
其の五 「北引導鏡」 の音はあの世まで響く
其の六 左甚五郎作 「『猫の門』の『眠り猫』」 は元朝に三聲鳴く
其の七 太子殿前の二股竹は根から二股になっておりいつまでも
離れない縁結びの竹としておみくじが良く結びつけられる
参考資料 「四天王寺 パンフレット」より