近鉄伊賀線

 近鉄伊賀線は伊賀上野〜伊賀神戸間が今も現役で走っていますが、実はかつて伊賀神戸より南の西名張まで伸びていました。しかし昭和39年に近鉄大阪線と並行する伊賀神戸〜西名張が廃止されました。今回行ったのはその区間です。平成16年5月、この年の年度代表曲になる地元名張出身の平井堅『瞳をとじて』を聴きながら・・・・・。

伊賀神戸駅西に残る線路跡の畦道。伊賀神戸駅方面を見る。 左の写真と同一地点から名張方面を見ると、現近鉄大阪線の路盤が見える。線路跡はアンダークロスしていた。 更にアンダークロス部分に近づく。大阪線の下を伊賀線が走っていたのがよく分かる。
アンダークロス部分を県道上野名張線から見た遠景。ご覧のように田園と小山が多い地域。 県道上野名張線から見た鉄橋跡。この鉄橋跡は近鉄大阪線の車内からもよく見える。 田圃に下りて鉄橋跡に近づいてみる。現在でも畦道の橋として使われている。
更に南に下ると鉄道跡の築堤が続き、道路橋が現れる。但しこの橋は作りかえられている。 鉄道跡の築堤の下を昔からの畦道がアンダーパスしている。築堤の上がどうなっているかはよく分からない。 美旗駅近くの中村川にかかる鉄橋が当時の姿そのままで残っていた。両端の築堤は耕地整理で消えている。
堤防の上に登って鉄橋を眺めてみると、鉄骨だけでなくなんと枕木までが残っていた。 再び近鉄大阪線の下をアンダーパスしていた地点。東側には2車線道路が完成していた。 かつて蔵持駅だったJA伊賀南部蔵持店。このあたりは線路跡が生活道路に転用されている。
国道165号線の手前で線路跡の道路と昔からの生活道路がくっつく。向こうの白い建物の場所に八丁駅があった。 国道を越えたあたりの線路跡。駐車場、畦道、砂利道と続いて手前方の終点西名張へと続く。 国道の西側に並行して続く線路跡の砂利道。手前が終点の西名張駅。終点の場所は判然としなかった。

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