春日井市の廃線跡

 春日井市と言えば、戦後、軍需産業によって発展してきた町。そんな歴史に乏しい町は、廃線跡なんて無縁だ、と思うでしょう。しかし、それは違います・・・・。しかも前述の「軍需産業」がキーワードだったりします。

@名鉄勝川線
 名鉄は幾多の路線を造っては廃止し、を全国の鉄道の例に漏れず繰り返してきました。この路線もそのひとつ。現・名鉄小牧線味鋺駅(この周辺も地下化により今年中に廃線跡となる・・・)から勝川口を経て、新勝川駅に至る短い路線で、昭和6年に開通したものの、わずか6年後の昭和12年に廃止されてしまいました。因みに私の父の実家は、この新勝川駅から徒歩で1,2分の場所です。住宅開発、区画整理が進んだこの路線で、痕跡はと言うと、やはり八田川橋梁の橋台でしょう。よくぞ廃止後63年もの間残ってっていたと感心します。また、三幸毛織工場の南側の塀は、線路との境界であり、当時のまま残っています。ここからは区画整理で全く痕跡はありませんが、国道19号と302号の交点の南西側に、昔、空き地があり、ここにはあの、名鉄独特の青い鉄柵がありました。幼い頃、「何で名鉄が走ってるわけでもないのに、名鉄の柵があるんだろう」と思っていました。実は、こここそが勝川口駅跡だったのです。そして現在、この場所にはまさに歴史の生き証人(?)の名鉄AUTOが建っています。これより先は国道19号となり、鉄道の痕跡はありません。大和通2丁目交差点付近が新勝川駅跡です。
 因みに、この鉄道は延伸計画があったそうですが、その路線は、ほぼ現在の国道19号線そのものだそうです。

A軍需鉄道(春日井駅〜西山工廠)
 かつての軍需産業都市・春日井には、いくつかの軍需工場があり、その工場からの物資を駅に集積し、全国に運んでいました。その輸送手段として使われたのが西山工廠から鷹来工廠、篠木工廠を経て春日井駅に至る軍需鉄道でした。春日井自転車保管所、春日井駅北第1駐輪場を経て春日井駅から東へ500メートルほどの地点に、両端の橋台が残っています。あとはずっと道路になっていますが、旧19号を渡る地点に、昔は大きな築堤があり、架道橋で19号を越えていました。私は幼い頃、この架道橋を渡ってそばにある篠木小学校へ通ったものでした。更に道路は春日井西武の横を通り、八田川手前で途切れます。ここから鷹来工廠までは土地改良ですっかり痕跡がなくなりました。工廠跡は現在、日本通運、松下精工、名城大学農学部などがありますが、日通の南の入り口に数年前まで「鷹来工廠」の看板のある昔そのままの門がありました。さて、ここから西山工廠に向かう道がハイライトです。旧19号では消えてしまった築堤と架道橋がここでは健在。特に架道橋は昔の鉄橋がそのまま残っていて、マニアの方にもお奨めのスポットです。そして終点西山工廠には、鷹来工廠で消えてしまった看板付きの門が、今でも健在です。中には入れません。なぜならそこは現在、陸上自衛隊春日井駐屯地なのですから。

B軍需鉄道(高蔵寺駅〜高蔵寺工廠)
 これは宮脇俊三著「鉄道廃線跡を歩くY」でも少し触れられていた区間です。田園地帯を流れる鰔川に架かる鉄橋が見物です。耕地整理で昔の路盤は残っていません。終点の高蔵寺工廠は現在、自衛隊高蔵寺弾薬庫であり、この敷地を高蔵寺ニュータウンがぐるりと囲んでいます。

C中央本線旧線(高蔵寺〜多治見)
 ここも前項と同じく宮脇俊三著「鉄道廃線跡を歩くY」で取り上げられています。昭和38年に現在線になりました。廃線の一部は舗装されJRの作業用道路にもなっています。見所は本当に多いのですが、旧トンネルなどはほとんどが立入禁止であり、玉野川を渡って瀬戸市側から見るのがよいでしょう。この周辺は廃線跡に関係なく景勝地です。

D小牧基地への専用線跡
 これは徳田耕一著「まるごと名鉄ぶらり沿線の旅」で紹介されています。名鉄小牧線からの分岐で、線路が残っている地点もあり、廃線跡ではなく、現役の鉄路かと錯覚してしまう区間です。滑走路を横切れば、県営名古屋空港のターミナルはすぐそこ。しかし、中部国際新空港完成後も、国内線の拠点として今も現役です。

E軍需鉄道?(春日井駅〜春日井市下条町付近)
 昭和初期の地図を見て発見した用途不明の謎の鉄道。終点付近に現在工場があるので、軍需関係では?と推測されるが、真相は不明。ほとんどが道路に転用されているが、春日井駅南約100メートルの地点の家屋が道路から見て不自然な向きで建っている。これこそが、ここに鉄道があった証です。

F名鉄鷹来線(春日井市町屋町〜小牧市境)
 鉄道から全く離れたこの区間に、名鉄所有の細長い土地が、延々と小牧市へ向かって伸びています。これはかつて計画のあった名鉄の路線、鷹来線の名残です。但し鉄道が走っていたという記録はありません。未成線です。町屋や上田楽の集落の外側を囲むようにのびていますし、町屋配水場のある場所は、鉄道駅の雰囲気です。ここに町屋駅を建設する計画があったのかも知れません。元々は鷹来工廠へ物資を運ぶ、軍需用として計画された路線のようです。尚、この土地は着々と市への買収が進んでおり、多くの区間が道路になるようです。

名鉄勝川線。八田川に残る橋台。名古屋市側から撮影。
(平成9年撮影、現在は撤去されてしまった)
中央本線脇に残る橋台。現在はここは道路になっているが、かつては用水路であった。
国道155号上に架かる鉄橋。レールがないだけでほぼ完璧に残っている。 西山工廠通用門。左側の門柱看板に「西山工廠」の文字がある。

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