京阪電鉄京津線

 京都は私の第2の故郷。大学時代、京阪電車に乗って東へ西へ、色々と行ったものです。中でも、京津線に乗って見に行った大学野球、皇子山球場。あのとき、相手チームにいた眼鏡をかけたキャッチャー。今やヤクルト、いや、球界を代表する選手です。その京津線、市電区間の下に、地下鉄東西線が完成し、あの趣あふれる三条〜山科間が廃止されてから早5年、あの懐かしの京津線三条駅は今?というわけで、平成12年2月の寒空の下、行って来ました。

北西側から見た三条駅。まだプラットホームは完全に残っている。右奥の「KEIHAN」の建物は京阪本線地下化完成の際に建てられたもの。早くも17年の歳月が流れた。
西側、川端通りから覗き込む。なお、撮影地点は私の学生時代は京阪本線三条駅だった。完全に道路となってしまい、京阪本線の痕跡は全くない。
東側から撮影。ここはかつてバスターミナルからの改札口であった。なお、バスターミナル自体は健在であったが、客が疎らで信じられないくらい寂しくなっていた。
北東側、三条通りへの出口から撮影。西側のプラットホームも残っていたが、流石に線路は完全に取り払われていた。奥はかつての本線との連絡通路。
三条駅から三条通りへの出口。手前の柵は学生時代のまま。流石に出口には柵扉が設けられ、中へは入れなかった。
京津線が走っていた三条通りを見る。この道の真ん中を浜大津に向かって電車は走っていた。なお、手前には線路跡を舗装した痕跡がくっきりと残っている。

 なお、最近の京阪の思い出と言えば、京都競馬場1年最後の重賞、京阪杯!「競馬の部屋」のコーナーの「年間重賞完全予想」で私と一緒に”無謀企画”をしてくれたSHINO氏が3年前のこのレースで「京都最後のレースだから今年の京都を回顧しよう。今年、京都出身のバンド、ブリリアントグリーンが大活躍したから、馬券はブリリアントロードとブラボーグリーンだ!」などという大馬鹿なことを言ってたら、本当にその馬連が来てしまい、彼が得た巨額の富で共に豪遊(単に”回転でない”寿司屋へ行っただけだが)したことでしょうか。

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