その他の廃線跡
東 海 3 県 編 (H15.6.10更新)

私が探訪した廃線跡で、写真のないものをここで紹介します。

愛知県

【名鉄本線】押切町〜西枇杷島
 その昔、名鉄の岐阜方面への玄関口が現在の名古屋市西区役所にあった押切町駅であることを知る人はもうかなり高齢であろう。正確には、押切町から柳橋までの市電区間にも乗り入れしていた。区役所南にショートカットの斜めの道路があるが、ここは本線から市電への乗り入れ口跡。押切町から東枇杷島(旧)迄の廃線跡は、完全に住宅地と化して、痕跡はほとんどない。ただ、東枇杷島駅の跡に不自然な三角形の空き地があり、詳しい方ならば気づくであろう。ただ、この空き地にも2,3年前に家が建ってしまった。あとは枇杷島小学校横に残る大築堤の跡だろう。岐阜、犬山方面から来ると急カーブになっている場所である。

【名鉄瀬戸線】清水〜堀川、矢田〜大曽根
 都心の蛍の名所、名古屋城外堀にかつて名鉄が走っていた。現在は清水から地下に入り、栄町まで走っているが、かつては地上線だった。終点堀川駅は駐車場になっており、大津町駅へ降りる階段が未だに残っている。ガントレットポイントの跡も見物だ。あと、矢田〜大曽根間は、高架化による路線変更で消えた区間である。15年前、住宅地図のバイトでこの周辺を調査したときには、区画整理の最中で、廃線跡が次々に消えていく様子が興味深かったが、今では痕跡はすっかり消えてしまった。

【専売公社専用線】※名古屋市東区
 かつて国鉄中央本線千種〜大曽根間から東へ分かれていく線路があったが、それがこの路線だ。廃止後19年ほど経過した今でも、大半は日本たばこ産業(旧専売公社)の土地で、駐車場や資材置き場、社宅などに利用されている。惜しいのは終点の場所だ、なんとナゴヤドーム正門の真ん前なのだ。19年前にはこの地(専売公社のすぐ東側の三菱飛行機工場)にドーム球場を作る計画など全くなかった(14年前の名古屋デザイン博のときは大駐車場になっていた。)のだが、もしこの専用線が現存していれば、千種〜ナゴヤドーム正門前までの旅客運行も可能だったわけで、本当にもったいない。最寄り駅からドームまでが異常に遠い現状では、なおさら感じずにはいられない。→「進め!スポーツ現地丸」参照

【サッポロビール専用線】※名古屋市千種区
 JR千種駅から、中央本線と並行して走っており、サッポロビール工場に駅があったが、廃止後全線レールは撤去、工場のホームは花壇となっている。全線中央本線車窓から観察が可能だったが、サッポロビール名古屋工場自体がなくなり、ホームも壊されてしまった。現在工場跡地は再開発中

【国鉄東海道本線】※名古屋市熱田区(貨物支線)
 上記専売公社専用線はナゴヤドームへの運行が叶わなかったが、この路線はナゴヤ球場への運行の使命を果たした後、廃止となった。熱田区内では、中央卸売市場前の日比野付近が最も雰囲気を残している。新幹線近くの廃線跡は民有地となり、マンションやオフィスビルが建ち並び、痕跡は無くなりつつあるが、明らかに周辺の家屋とは一線を画す向きで建っており、数十年後でも廃線跡を辿ることは容易だろう。

【名鉄小牧線】小牧口〜小牧原
 この区間は14年前に地下化され、地上区間の多くが、小牧駅周辺区画整理の地域となり、整地されたが、現在でも意外と痕跡が残る。多くは空き地となっているが、名鉄の独身寮なども建っている。尚、味美〜上飯田間の地下化も今年中に完成予定、この区間も新しい廃線跡となる。

【名鉄岩倉線】小牧〜岩倉
 小牧市と岩倉市を結んでいた路線。現在は大半が県道春日井一宮線となっている。小牧自動車学校の南部に残るカーブは、小牧線との分岐点だが、実はかつては別の場所に小牧駅が存在した。現在の小牧5丁目地内で、現在は接骨院の駐車場。また、岩倉駅近くの廃線跡は名鉄バスの専用道路となっている。

【名鉄一宮線】岩倉〜東一宮
 この路線も大半が県道になっている。但し、かつては本線だった路線であったため、下小山、浅野などの駅跡は必ず道幅が広くなっており、昔の名前でバス停が残っている。また、県道名古屋・江南線は立体交差になっており、今も欄干に「名鉄線」の文字が残る。大江川には橋台が両側に残っており、この周辺は道路化されていない。そして終点・東一宮駅近くの廃線跡は名鉄百貨店の細長い駐車場で、東一宮駅跡には名鉄百貨店が建っていたが閉店となり1階のバスターミナルもろとも壊され、現在はマンションを建築中。ただ、バス停の名が「一宮名鉄百貨店前」から昔の「東一宮」に戻ったことは注目である。

【名鉄挙母線】上挙母〜大樹寺
 ここは見所が多い。まず三河線からの分岐点、引き込みなのですぐ途切れてはいるが線路は残っている。しばらくは愛知環状鉄道となっているが、やがてサイクリングロードへ、そして、田園地帯を細長い空き地が延々と続く。渡刈駅跡には架線柱の土台が残る。そして矢作川橋梁、豊田側、岡崎側両方に立派な橋台が残っている。細川駅付近には現役そのままの鉄橋が道上に架かり、県道岡崎・足助線にも橋台が残る。三河岩脇駅には3,4年前まではホームが残っていた。そして終点近くにははっきりと路盤跡が残り、安全地蔵もある。終点大樹寺駅はバスターミナルとなっているが、建物といい、駅前広場といい、現役時代の雰囲気そのままという感じで、知らない人でもここが廃線跡だとわかるほど。なお、かつては岡崎市内の市電にも乗り入れていたが、乗り入れ地点には、名鉄のホテルが建っている。

【名鉄西尾線】岡崎新〜西尾
 岡崎新〜福岡町間は、名鉄バスの専用道路であり、現役時代の雰囲気そのまま。残りの区間でも路盤が残っているところなどはあるが、あまり痕跡らしきものはない。個人的には中島駅跡とその周辺が、バスターミナルなど最も当時の雰囲気を残していると思う。

【渥美電鉄】三河田原〜黒川原
 はっきり言って路盤が残っているだけで、特に見所はない。むしろ、未成線の三河福江駅や堀切駅の予定地の方が興味深い。個人的には、今でも絶対に必要な鉄道だと思うのだが。
岐阜県

【北恵那鉄道】中津町〜下付知
 私が見てきた廃線跡の中で最も魅力的な路線の一つ。廃止後24年なので橋梁、路盤、建造物など、かなりの遺物がある。まず中津町駅。構内に現役時代の車両があるほか、バス整備場構内の道が明らかに廃線跡と分かる。北方にのびる路盤を辿れば、橋脚も残っていた。そして何と言ってもハイライトは木曽川に架かる鉄橋!線路がないだけで、鉄橋そのものは現役時代そのまま!橋を渡ると恵那峡口駅、僅かにホームが残る。尚、この鉄道は他にも山之田川、苗木、美濃下野、田瀬、下付知の各駅にホームが残っている(私が確認したもののみ)。恵那峡口駅や山之田川駅、田瀬駅のの周辺には枕木が残り、橋脚や橋台、或いは前述の木曽川橋梁や稲荷橋駅周辺のように、橋そのものが完全に残っているところもある。終点下付知駅は駅舎もホームも完全に残り、駅前広場の雰囲気も昔のまま、無くなったのはレールと電車だけ、といった感じであったが、惜しくも駅舎は2,3年前に壊されてしまった。

【笠原鉄道】新多治見〜笠原
 新多治見駅周辺は痕跡が分かりづらいが、土岐川を渡った南側に橋台がひとつ残っている。以後は延々とサイクリングロードで、県道を立体交差で越えている。途中、車両が放置されていたが、朽ちており、中には烏の死骸もあった。滝呂駅を過ぎるとただの路盤となるが、途中、踏切の標識が今なお現存していた。終点笠原付近はバス専用線、笠原駅跡は東鉄バスの車庫となっている。

【駄知鉄道】新土岐津〜東駄知
 新土岐津駅周辺は路盤が残っているが、土岐川を渡るとほとんどがサイクリングロードに転用されているので痕跡が分かりやすい。下石ではサイクリングロードを県道多治見恵那線が架道橋で越えるという変な光景が見られる。山神駅付近は路盤は昔のままで、山神駅のホームも健在、駅西側に架道橋の橋台も残っている。ただ、この橋台の両側幅が非常に狭く、車一台やっと通れるほど、道自体はさほど狭くないだけに、地元交通の大きな妨げになっているようだ。以後、廃線跡は藪の中に消えるが、西駄知駅手前で再びサイクリングロードに。終点まで続き、終点・東駄知駅跡は東鉄バスターミナルとなっている。なお、現在でもこの地には「東駅」「西駅」という地名が残る。

【名鉄美濃町線】新関〜美濃町
 3年前に廃止されたばかりの新しい廃線跡である。市電区間を除くほとんどの区間で路盤、駅ホーム、橋台などが残っている。特に終点美濃町駅は廃駅とは思えない保存状態の良さ。市が産業遺構として残していく方針のようで、数十年後もこのままの姿で残っているだろう。

【名鉄高富線】徹明町〜高富
 まず、徹明町〜長良北町間は10年程前に廃止されたばかりだが、その後、長良北町駅近くに長良川球場や長良川競技場が出来た。以後、Jリーグやプロ野球の試合観戦の度に交通の不便を強いられ「何故廃止したんだ!」の思いが強い。実際、長良川温泉の旅館や、競技場前に新しく出来たホテルも大変な経営困難を強いられている。広島東洋カープ主催の広島・中日戦がなくなったのも、交通不便が一因ではなかろうか。カープ、ドラゴンズのファンは怒っている。さて、見所は長良北町〜高富の区間、終点の高富駅跡だ。名鉄バス車庫となっているが、駅舎は現役時代と変わらず、僅かだがホームも残る。
三重県

【近鉄名古屋線】弥富〜桑名
 知らない人には理解不能な、奇怪な遺構が色々と残る区間。まず、カタパルトのような建造物。天に向かって電車を離陸させる、そう、弥富駅は銀河鉄道999の発車駅である・・・訳がなく、かつて関西本線をまたいでいた橋梁の一部だ。長島駅近くにも同じようなものがある。また、それと並行して、途切れ途切れの築堤が現れては消える。そして意味不明な橋台や橋脚もいくつか存在する。木曽川橋梁の下には、川面に鉄杭がズラリと並んでいる。これは廃線のケーソンガ今も川底に残っており、航行する船にその一を知らせるためのものだ。因みにこの周辺は、昭和55年の女子大生誘拐殺人事件で遺体が遺棄された場所であり、当時かなり大規模の捜索がされ、よくテレビでも話題になった。時は流れ3年前、容疑者は死刑を執行された・・・。長良川橋梁にも同様の鉄杭が並ぶ。こちらはあの「長良川河口堰」のときに随分と話題になった地域だ。桑名市には近鉄と国鉄を結んでいた築堤が残る。

【近鉄大阪線】伊賀上津〜榊原温泉口
 まず、西青山駅跡。なんと乗馬クラブのハウスが建っている。そして、線路跡では馬が気持ちよさそうに草を喰らっている。また、付近には桁の高い橋脚も残る。一方、現・東青山駅前には四季の里があり、その公園内に線路跡が横切っているが、その東端に旧・総谷トンネルが口を開いている。実はこのトンネル内で起こった大事故がきっかけでこの区間の路線変更が行われ、廃線跡が誕生したというわけだ。榊原温泉口駅東の旧線跡は猪の倉温泉へ向かう橋の上から見るとよく見える。レールがないだけで雰囲気は当時のままだ。

【伊勢電鉄】江戸橋〜大神宮前
 かなり長い距離であり、見所は非常に多い。まず安濃川の橋台。ここからは道路になっているが、周囲の道路から見ても変な曲がり方をしているのですぐわかる。岩田川の橋は当時の鉄橋を舗装したものである。しばらく道路として続くが、実はこの辺りは実地調査には行っていないので飛ばす。松ヶ崎駅では近鉄を高架で越え、その高架上に駅があったが、現在もホーム跡にバス停がある。再び道路が続くが、花岡町に乗越え用の橋台が残る。しばらくすると道路は途切れ、櫛田川を渡ったところに橋台が確認できる。終点が近づくと、伊勢市街に現役時代の2つのトンネルが現れる。終点の大神宮前駅はNTTとなっている。

【三重交通神都線】本町〜二見
 伊勢市電の延長だが、ハイライトは五十鈴川橋梁の橋脚。川の中に煉瓦積みの橋脚が等間隔に並ぶ光景は、保存が望まれる産業遺産だ。

【安濃鉄道】林〜新町
 椋本と津新町を結ぶ路線だが、ほとんどが県道に転用されており、特に遺構は無し。

【中勢鉄道】伊勢川口〜岩田橋
 伊勢川口駅跡はJRそばのゲートボール場。雲出川橋梁の橋脚がハイライト。高くそびえて藪の中に消えている。川を渡った後も、小川の橋台、誕生寺駅のホーム跡など、廃止後半世紀以上経過したとは思えないほど、色々と残っている。