国鉄宇品線廃線跡

 明治30年に開通し、昭和47年に廃線になるまで、戦時中には軍用鉄道として大活躍し、日本の"歴史"を見つめてきたのが、この宇品線です。
 先日、現地を歩いてきたので、写真と共に紹介します。なお、この路線は宮脇俊三著「鉄道廃線跡を歩くU」にも紹介されています。廃止後33年が経過したとは思えないくらい、色々と残っていました。しかし、本で紹介されていたあの遺物は残念ながら・・・・
 地元広島の方(「スポーツ現地丸」からのリンクで来られた方も)にもじっくり見ていただきたいです。

広島駅から東に延びる大州通り。廃止後四半世紀以上建った今でも道路は掘割式のままであり、上下線の橋台がしっかり残っている。遠方には新幹線の高架橋も見える。若い世代は何故この地点が半地下になっているのか、理解できないのでは?
大須口駅跡。数年前までは島式のホームが残っていたと言うが、現在は工事資材が積まれ、何かの建設予定地のようである。もちろんホームは跡形もないが、現場の雰囲気は廃線跡そのものである。
このHPの「工事中」のページに使われたいたのがこの写真。猿猴川に架かっていた鉄橋の橋脚であるが、工事で無くなってしまうようである。
同上、橋脚。ここも工事中だった。どうやら護岸工事が進められているようである。因みに、そばに橋脚を利用した歩行者用の橋が架かっているが、なぜか広島るるぶの地図にはこの橋が載っていない。
猿猴川鉄橋跡から南方を見た図である。廃線跡が空き地となって延々とのびている。
廃線跡に建っていた看板。「段原東部再開発事業用地」とあった。
廣い2車線道路の脇、1段下の地点にある測道。広大病院付近から廃線跡は舗装されたこのような生活道路となっている。
錦2丁目に何故か線路と踏切があった。ただ、実際の線路は撮影地点の足下であり、これはモニュメントであろう。
草が生え、時々畑になっている大河通南の廃線跡。木の柵は昔のまま、脇には古い市営住宅もあった。
本で紹介されていた宇品駅は、残念ながら広島南道路のインターチェンジ工事で(現在は既に完成)、跡形もなくなったていた。ただ、写真右側にある煉瓦積みの建造物はもしや駅の遺構か?

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