| その他の廃線跡 |
| 全 国 編 |
| 静岡県 |
【国鉄飯田線】中部天竜〜大嵐
大嵐駅南に昔のトンネルがそのまま道路に転用されている。佐久間ダムが干上がると色々な遺構が顔を出すようだが、探訪日は雨で満水であり何も見えず。中部天竜側には特に遺構はない。
【光明電鉄】新中泉〜二俣町
探索したのは二俣町駅周辺。しかし、何も確認できず。
【静岡鉄道駿遠線】新藤枝〜新袋井
64.6qという長距離軽便鉄道。新藤枝駅前の建物の駐車場が変なカーブを描いている、これが廃線跡。藤枝市内は生活道路だが、大井川鉄橋には木橋の橋脚跡が川面に残り、吉田側には煉瓦の橋脚が1本残っている。吉田町に入ると、太平洋沿岸自転車道なるサイクリングロードになる。吉田インター近くの遠州神戸駅は当時の駅舎が現存している。だが、中は立入禁止になっており、撤去されてしまう日も近そうだ。廃線跡はやがて太平洋のすぐ側を走るが、相良町市街で再び山側へシフト、そして沿線唯一のトンネル、小堤山トンネルが今も立派に残っている。因みに探索時、ここに自転車で来ていた探索仲間がいた。彼らは新袋井方面から来ていたという。以後は地頭方まで路盤が続き、鉄橋なども健在である。ここからしばらくは、路盤が不明となるが、大須賀町で再び遺構を発見。バスターミナルがあるが、雰囲気から、ここが新横須賀駅であることはすぐに分かる。続いては民家の庭先にあった石津駅のホーム。五十岡駅にもがホームが残っているらしいが確認できず。浅羽町役場前辺りから再びサイクリングロードに。最後は新袋井駅に向かって廃線跡の道が延びていた。駅近くに駿遠運送という会社があり、駿遠鉄道の名を今に伝えている。
【静岡鉄道秋葉線】遠州森町〜新袋井
森の石松で有名な森町と東海道本線を結んでいた。遠州森町駅はバスターミナルとなっているが、駅跡と一発で分かる構造になっている。駅をでですぐの川には橋台も残る。しばらく細い路地となるが、やがて県道に吸収され、袋井までそのまま。
【国鉄三保線】清水〜三保
清水駅南の空き地から始まる。清水埠頭駅にはホームが残り、折戸駅跡は駅の沿革を記した看板がある。そして、終点三保駅も公園の中にホームが残り、貨車車両が保存されている。
【奥山鉄道】浜松〜奥山
ここも見所の多い路線だ。浜松駅跡にはアクトタワーが建ち、板屋町駅周辺は再開発で街の様子が一変してしまった。最初の遺構は亀山トンネル。人道トンネルで、中には奥山線の写真パネルが数多く展示してある。トンネルを出てすぐの広沢駅跡には鉄道のモニュメントがある。煉瓦づくりの立体交差を越えてしばらくすると、生活道路となり、三方原台地を一直線に突き抜けている。その後台地を降り、99年に郷ひろみ「Goldfinger'99」の大ヒットですっかり有名になった(?)金指駅に着く。そして、駅の西側に今も国鉄線越えの立体交差が残る。しばらくは路盤が不明になるが、ここらも結構遺構はあるらしい。終点奥山駅近くの鉄橋は朽ち果てながらも残っている。終点奥山駅はバス車庫になり、坂を上れば奥山半僧坊だ。
| 長野県 |
【国鉄中央本線】坂下〜南木曽
路線変更で廃線となった区間だ。まず坂下駅北の陸橋から北側を見ると、現トンネルと新トンネルが仲良く並んでいるのが面白い。田立駅付近にも路盤跡が見られる。あとは南木曾駅近くの木曽川橋梁の橋台だろう。そして、南木曾駅のすぐ南に旧・三留野駅ホームがある。
【丸子鉄道】丸子町〜上田東
丸子町駅跡はまるっきり現役時代の雰囲気。街灯の地名表示は「駅前通り」だわ、「丸子駅前郵便局」はあるわで、知らない人が来たらきっと駅を探してしまう。しかし、駅舎跡にはスーパーが建っている。さて、大屋方面に向かって、廃線跡は完全に生活道路になったが、千曲川鉄橋がそのまま道路橋になっているのが見所だ。ただし、幅が単線分しか無く、信号による片側交互通行になっており、車で行った私はこの信号で5分も待たされる羽目になった。大屋駅にはそれらしい空き地が残っていた。が、ここから上田東駅までの路盤が全く見当がつかなかった。上田市街に上田交通の広めの駐車場が整備の最中だったが、周辺の雰囲気からしてここが上田東駅跡であることは間違いなさそうだ。
【上田交通】上田〜真田・傍陽
探訪の日に宿泊したホテル、東急イン上田が実は上田駅跡。ここから高原を目指していた鉄道だが、最初の痕跡は何と言っても上田城のお堀を走っていた区間。ホームや階段も残り、説明版も立っている。丁度名古屋城外堀を走っていた名鉄瀬戸線を想起させる。以後も市街地を走るが、小川に橋台があったり、架線柱が残っていたりと、かなり克明に跡を辿ることが出来る。上田インター周辺で廃線跡は消えるが、標高が上がってきた辺りにトンネルが見える。ここが伊勢山トンネル跡だが、中ではシメジの栽培が行われている。トンネルを出るとすぐに神川があり、背丈の高い橋台が残る。間もなく線路跡は国道に吸収されるが、本原バス停(旧・本原駅)で線路は二手に分かれる。まずは真田方面。全く国道そのものだが、終点の真田駅にホームが残っている。数年前まで駅舎が残っていたようだが、朽ち果てて壊されてしまったようだ。一方、傍陽方面には、神川橋梁の橋台が残る。そして傍陽駅はレール以外は全て現役時代のままで、ホームも駅名標もそのままだった。現在はバスターミナルとなっているが、公衆電話もあり、3組ほどの家族連れが駅舎跡で歓談していた。残念ながらこの駅舎はのちに壊されたらしい。
【布引電鉄】小諸〜島川原
小諸市内は全く痕跡無し。千曲川を渡る橋梁がハイライト。煉瓦積みの橋脚が、完全な形で1本、途中で折れたのが1本、土台の鉄骨のみが1本、それぞれ残っている。布引駅跡にもホーム跡が残っているが、ホーム上で何か工事をしていた。
| 石川県 |
【能登鉄道】羽咋〜三明
実はこの区間は探訪に行ったわけではなく、職場の親睦旅行の道中で偶然見つけたものである。見つけたのは終点三明駅跡。いかにも、の雰囲気で駅前広場や繁華街跡が残っており、すぐにピンときた。そして、そこから県道と並行して自転車専用道が走っており、もはや決定的。帰宅後調べたらやっぱり!の廃線跡であった。
| 滋賀県 |
【国鉄東海道本線】関ヶ原〜長浜
100年以上前のこの路線はほぼ全線道路に転用されている。関ヶ原駅周辺に僅かに細い路地が残るが、すぐに国道365号になる。ここでのハイライトは龍ヶ鼻トンネル跡。トンネルの西側半分だけが残っており、道路側に煉瓦の破片が飛びだしている。途中から県道となるが、終点の長浜駅には駅舎が完全に残っており、博物館として多くの観光客で賑わっている。
| 京都府 |
【愛宕山鉄道】嵐山〜清滝川
この路線のメインは何と行っても鋼索線の清滝川〜愛宕山の区間だが、今回は平坦線のみ。まず、丸太町通りと桂川を結ぶ陸橋、この北半分はかつての鉄道の跨線橋を道路に転用したもの。以降も道路が続き、観光地嵯峨野を横に見ながら高度を上げると、清滝トンネルがある。例によって閉塞信号による交互通行。出るとほどなく清滝川駅跡だ。
【国鉄東海道本線】京都〜大津
この区間は100年以上前に路線変更がなされた区間。京都駅を出てすぐに南下し、稲荷駅南の公園からが廃線跡。大津市内まで廃線跡は名神高速になったが、山科には旧山科駅跡の記念碑が建っている。初めて見たときは正直、何のことだか分からなかった。逢坂山付近には煉瓦作りの橋台跡や築堤、更には確認していないがトンネル跡もあるという。
【国鉄舞鶴線】東舞鶴〜中舞鶴
私が見てきたのは中舞鶴駅周辺の倉庫群。元々は国鉄舞鶴線の貨物線があった場所だが、アクション映画向きの赤煉瓦の建物が今もズラリと並ぶ。日本海をバックに不思議な異国情緒が感じられる場所である。
【加悦鉄道】丹後山田〜加悦
14年前までは存在した、比較的新しい廃線跡。現在も砂利道又は自転車用道路になっており、国道からも用意に確認できる。終点の加悦駅跡には今も当時活躍したSLの車両が残る。しかしあちこちで工事が進んでおり、痕跡は亡くなりつつあるのが実状だ。
| 奈良県 |
【関西鉄道】加茂〜奈良
京都府の加茂と奈良県の奈良駅を結んでいた、と言っても実は100年以上前の話。この区間を路線変更したのが現在のJR関西本線である。奈良駅周辺には痕跡はない。が、駅北方2qぐらいのところにある佐保川に橋台らしきものが残っている。埋め込まれてはいるが、明らかに周りの石とは積み方が違うのだ。そして、橋のすぐ北側には汽車の車輪を型どった大仏駅跡のモニュメントがある。更に北上するとかつてトンネルだった切り通しがある。尚、梅谷口交差点付近にあった橋台跡は工事で消滅していた。京都との府境を超えると、昔のままの築堤が伸びている。立体交差部分は煉瓦造りであり、100年以上の年月に耐えている。終点の加茂駅に近づくと、関西本線に沿って橋台跡がいくつか見られる。加茂駅の広い敷地は、当時の面影を今に残す。
| 大阪府 |
【近鉄奈良線】石切〜生駒
石切駅の北方、新生駒トンネル手前から真っ直ぐに築堤が伸びているが、ここが廃線跡である。そして廃止された孔舎衛坂駅跡がそのまま残っている。ホームはハイキングコースの一部になっており、ハイカーがホームの上を歩き、階段を下りるという不思議な風景が見られた。すぐ東側に生駒トンネルが口を開けているが、現在は業務用に使われているようだ。
| 兵庫県 |
【出石鉄道】 江原〜出石
山陰本線江原駅と出石町を結ぶ路線だったが、既に戦前に廃止されている。江原駅の近くの水路には小さな橋台が残っていた。ハイライトは円山川の橋台、煉瓦づくりで今もしっかり残っている。そして、川底には橋脚の支柱がエメラルド色に透き通る川の中にしっかりと確認できた。出石町に入ると、暫くは砂利道となっている。
【赤穂鉄道】播州赤穂〜有年
赤穂市郊外の東海道本線有年駅から赤穂市街まで伸びていた鉄道。千種川の鉄橋は川原の橋脚跡が確認できる。根木駅跡のあった場所には「赤穂鉄道根木駅跡」の看板が立っている。比較的新しいものだ。赤穂線坂越駅周辺には、小さな用水路にかかっていた橋台が僅かだが残り、赤穂線播州赤穂駅近くには路盤跡がそのまま草むしている区間もある。市街地に入ると、路盤跡は裏道になるが、終点の播州赤穂駅跡は現在、神姫バスの営業所となっている。因みにこの駅跡から車で10分くらいのところに赤穂御崎温泉があるが、そこに私の友人が管理していた旅館があり、探訪日にはそこに泊まった。因みにその友人は赤穂線のことは全く知らなかった(おいおい)。
| 鳥取県 |
【国鉄倉吉線】 倉吉〜山守
国鉄倉吉駅と倉吉市街を結んでいた国鉄路線。倉吉駅前はすっかり再開発され痕跡はあまりないが、少し駅から離れると路盤跡が草むし、踏切跡などもある。川を渡ると倉吉市街。打吹駅までは一部整備されてはいるものの、ほとんど往年の姿を留めている。そして、打吹駅には広いホームのあった空き地に市民公園が建設中であった。すぐ側には大型ショッピングセンターがあり、かつての栄華を辿るには十分だった。
| 島根県 |
【国鉄大社線】出雲市〜大社
大社駅には今でも立派な駅舎がそのまま残り、駅名板、機関室なども健在、ないのはレールだけという状態だった。ただ、肝腎の出雲大社からはかなり遠く、もう少し近くに作れなかったのかと思う。大社駅を出ると暫くは路盤が残っているが、着々と整備、舗装が進んでおり、何れ路盤跡は全て消えゆく運命だろう。出雲駅は既に高架化工事が終わり、痕跡はほとんどなかった。
| 岡山県 |
【下津井電鉄】茶屋町〜下津井
現役時代に「落書き列車」に乗ったことがある。松山へ出張の際に瀬戸大橋道路の上から現在の状況が見られたが、未だ砂利や河川が撤去されていない区間もあり、痛々しさが先に立つ廃線跡だった。
【片上鉄道】片上〜柵原
吉井川沿いに延々と伸びる鉱山運搬目的の鉄道。勿論旅客営業もやっており、廃止後まだ11年しか経過しておらず、かなりの痕跡が残っている、とは言うものの片上駅近くの路盤は着々と遊歩道の工事が進んでいた。片上港の岸壁にある鉱石積み出し施設の建物はアクション映画の舞台のようだ。近くの踏切跡も残っていたが、片上駅舎は壊され郵便局になっていた。北上し、和気駅周辺には路盤跡が当時のまま、特に吉井川にかかる鉄橋はハイライトと言える。駅にはホームが往年のまま残っている。以後も吉井川沿いにほぼ当時のままの路盤、そして駅舎の残っているところも結構あり、非常に楽しめる。しかし、鉄橋は歩行者専用橋に転用されているところもあった。尚、いくつかの残っていた幾つかの駅舎は何れも三角のとんがり屋根で統一されており、設計者のこだわりを感じた。終点の柵原駅は鉱山の中。駅舎はそのまま残っていたが、完全に会社の敷地内であった。尚、近くにある食堂で焼きそばを食べたが、これが絶品だった。いずれ紹介したい。