47都道府県完全制覇達成!!

沖縄・鹿児島・宮崎旅行記

 私は2月10日から18日まで、沖縄・鹿児島・宮崎へ行って来ました。ここではその旅行記を色々と綴ってみたいと思います。

2月10日(土)
 名古屋空港からJAL便にて沖縄・那覇空港へ。離陸は15分遅れた。機内にはドラゴンズのギャラード投手がいた、明日からキャンプ合流らしい。
 午後5時20分、那覇到着。やはり暖かい、でもあいにくの雨模様であった。バスに乗る、市街地に入ると凄い渋滞、30分近くかかって那覇バスターミナルへ。ここはかつての沖縄県営鉄道の終点、那覇駅だ。そばで平成15年の開通を目指してモノレールが着々と建設中であった。
 車窓を眺めるが、意外と家がびっしりと建ち、国道沿いのにぎわいもなかなかのもの。もっと田舎だと思っていたが、横浜クラスの都会だと思った。そんな矢先に大きな森と空き地が。米軍基地だ。広大な土地を占領しているものだ。
 7時過ぎに漸くホテルに到着。沖縄市のオリンピア観光ホテルというところだ。当日は修学旅行の中学生達が盛んにロビーではしゃいでいた。夕食は白身魚のホイル焼き、焼きそば、刺身、ほうれん草ゴマ和え・・・・どれもボリュームたっぷりで大満足だった。
 沖縄市と言えば米軍の町。そしてその米兵が集う場所が中央アベニュー。なるほど、カフェやレストランには多くの外国人が集っていた。ただ、空き店舗がやたらに目立った。やはり商店街不振という全国的な流れにここも呑まれてしまっているのか?ゲート通りも散策したが、こちらも人通りは多くない。但し、脇に一本入った歓楽街は結構賑やかだった。
 国道を西へ足を伸ばすと京都観光ホテルが。カープの宿舎となっているホテルだ。玄関にいたのは新井選手に見えたが・・・・。2つ隣にはホテルシティプラザが。ここには「歓迎・広島テレビご一行様」の看板が。おっ、るりちゃんやのぶえちゃんが泊まっているのか?明日が楽しみになってきた。

2月11日(日)
 朝5時半に目覚めてしまい、意味もなくマラソンに出掛けた。今日午後訪問予定の沖縄市野球場までランニング。ひえ〜、遠い!それと、沖縄は朝が遅い。夜になるのも遅かったが。でも、流石に暖かい。名古屋ではこうはいかない。
 朝食を済ませ、まずはバスでドラゴンズのキャンプ地、北谷球場へ。ここの訪問を午前中にしたのは、球場から『サンデードラゴンズ』の中継があるからだ。しかし北谷のこの地区は広々としている。球場の隣にジャスコがあって、更に向こうには有名になった観覧車がある。
 さて、球場へ着くなり意外な人物が現れた、達川前カープ監督だ。早速サインを貰った、今回の旅行のサイン第1号だ。するといきなり星野監督が登場!!まだ人は少なかったが、皆が監督に群がり写真を撮っていた。サインを求めるファン達に「早よ出せや!」と、いかにも星野監督らしい乱暴な(?)応対だった(笑)。続いて板東英二、そして選手達が続々と球場に到着した。その後に現れたのが何とNHKの青山祐子アナ!色白で凄く美人だった。早速サインを貰い私は浮かれてしまった。
 ただ、目当ての(?)CBC・加藤小百合アナが来ない。今週は彼女が名古屋で、星野監督と板東の対談になるのでは?との嫌な予感が見事的中!内野席の一番端のスペースで、番組の収録が始まった。ファンにとっては間近で見られる絶好の場所であった。でも、小百合ちゃんは来なかった・・・・
 さて、ドラ戦士の様子だが、守備連携の練習は全体的に動きがよく見えた。ただ、福留選手だけは相変わらずエラーしてたけど。ブルペンでは野口、川崎、紀藤、前田各投手が精力的な投げ込み。そうそう、今日合流したギャラード投手もいた。
 そんな投手陣に取材陣が殺到!前述の青山アナに加え、有働由美子アナまでやって来た。解説者陣がこれまた豪華。達川、板東に加え、鈴木啓示、古葉竹識、山下大輔、広岡達郎、吉村禎章、杉下茂、大野豊、デーブ大久保・・・・・。今年のドラ投手の注目度が窺える。そんな中、有働アナは今中投手に単独インタビュー。うーん、まだ皆期待してるのかな? 青山アナは遂に昼まで取材につきっきり。その間、私は写真を撮らせて貰ったりした。うーん、幸せ(??)。
 ファンも結構来ていたが、そのファン達の会話だが、「苫米地が今日紅白戦登板するそうよ」「新井は凄い長打力だな」「わしはなあ、そうじゃけん・・・」何だ何だ?私は北谷に来ているはず、ここはカープのキャンプ地なのか?どうやら沖縄市野球場からカープファンが大量に流れてきていた模様。カープの紅白戦の話をしていた女の子に直接話を聞いてみると、移籍した紀藤投手目当てで北谷に来たとのこと。改めて紀藤の人気を認識することになった。
 北谷の美浜地区で昼食を取り遊んだ後、沖縄市に向かうこととした。しかしこの地区はレジャー施設、ショッピング施設が充実している。若者の新しいプレイ・スポットとして地元には定着しているようだ。サンセットビーチもロマンチックだったし。
 さて、タクシーで沖縄市へ。途中にCoCo壱番屋があった、こんなところにもあるのか。実際、旅行先でこの店を見つけると一気に旅情が萎んじゃうんだよね。高知のはりまや橋のそばで見つけたときなんか、脱力してしまったし。
 到着すると既に紅白戦は始まっていた。1回の表裏を終わって4−2、ううっ、また投手陣がボコボコにされてるのか?どうやら朝山選手が満塁弾を放ったようだ。そして先発は河内、長谷川両投手・・・・こいつらか、打たれてるのは、全く!
 外野席の上の方で広島テレビが中継をやっていた。広島では紅白戦まで生中継をやるらしい。熱心だな、選手よ、その熱心さに応えてくれ!そして、実況担当は田坂るりアナと長島正実アナだった。おおっ、憧れのるりちゃんを遂に生で見るチャンスに巡り合えたんだ。出来ればもっと若い頃に・・・おっと、それは言わないことにしよう(笑)。
 試合は私が来た途端、膠着状態に。そんな中で出てきたのがドラゴンズから移籍の島崎、佐藤両投手。二人とも無失点に抑えたが、両者ともドラでは全く使い物にならなかった投手、それが無失点とは・・・・。そして最終回には幹英投手が2失点。この時点でドラ一軍投手陣>島崎・佐藤>長谷川・河内・幹英の図式が出来上がってしまった。う、鬱だ・・・・・。
 外野席では何故か中畑清がウロウロしていた。偵察か?そして試合終了後、球場の外で見覚えのある女性。うーん、思い出せない。ついつい本人に聞いてしまった。彼女の名は水原恵理、テレビ東京のアナだった。失礼なこと聞いてごめんなさい・・・・
 程なく現れたのが中継をやっていたるりちゃん。綺麗だ、そして知的だった。サインと写真撮影をお願いしたら、本当に気さくに応じてくれた。何か、昔からの友達のように自然と会話が出来た、やはり同世代だからだろうか?ただ「今日は馬場アナは来てるンですか?」との問いに、「ああ、彼女は今日は広島なの、ごめんねー」。私が馬場アナのファンだと知ってるかのような口調。何故知ってんだ?うーん、謎だ。
 現地ではネットで交流のあるカープファンの方とも遭遇。話によるとフジの三宅正治アナも来ていたらしい。そんな中、選手が次々と現れる。しかし、他のファンのサイン攻めが激しく、私が貰ったのは山本監督だけだった。因みにこのコーナーの壁紙は、その時に撮影したものだ。ところで、球場にはホテルへの送迎バスが来ており、選手を送っていった。ホテルは球場から遠くはない。自転車か徒歩で行けや!と思った。
 写真を現像した後、ホテルに帰り夕食。今夜は何と特大のステーキ!うーん、帰りに沖縄そばなんぞ食ってくるんじゃなかったなあ、といいながらも何とか全部平らげた(笑)。そう言えば夕食時、食堂のテレビで久しぶりに「こち亀」を見たが、主題歌が私の大好きな植木等の「だまって俺についてこい」になってるではないか!歌ってるのは?天童よしみか。なかなかいいね、CD化はされているのだろうか?
 フィルムがあと1本しかないので、昼間行った店に買いに行ったが、その時隣の京都観光ホテルで、るりちゃんが話していた通り元気丸の生放送をやっていた。屋外で半袖、この時期沖縄でしかできない格好だ。また、店の前をホテルの鍵を持ってランニング姿で散歩している山内投手にも出くわした。

2月12日(月)
 7時に起床、朝食後すぐにレンタカーの手配をした。おっとその前に「はなまるマーケット」で祝祭日恒例の「郷土料理特集」、今日は我が愛知県であった。赤味噌、えびせん、たこ・・・・、そんな中で名古屋コーチンが紹介され、我が春日井市の養鶏農家が出演していた。しかし、次の岩倉市の料亭を紹介するとき、「ここが岩倉市です」と言って春日井市の映像が流れていた、おいおい。
 地元のレンタカー会社にて軽を借り、いざ出発。まずは沖縄市球場へ。さっそくノックをやってた。観客に昨日北谷で見た顔がちらほらいた。彼らはあちこち巡回しているらしい。あ、私もか。
 まずはKiroroの故郷、読谷村を目指す。彼女たちのメロディーのルーツを探しに。しかし、嘉手納町あたりまでは一昨日見た、「ひたすら家と森と基地」という風景が続く。この島には農業というものがないのか?しかし、読谷村に入り、国道から一歩入ると、そこには一面に広大なサトウキビ畑が広がっていた。「そう、これだよ、抱いていた沖縄のイメージは」つぶやきながら畑の中を走り抜けた。
 役場前に読谷平和の森球場があり、そこでドラゴンズ二軍がキャンプをしており覗いてみた。流石に人は少ない。取材陣も東海テレビの森脇淳くらいしか知ってる人はいなかった。しかし選手の顔ぶれはなかなか。山本昌、武田、川上・・・・のんびりと練習するには絶好の場所であった。球場には一匹の野良犬がおり、あちこち駆け回っていた。後日談だが、この犬のことが中日新聞に紹介された。
 読谷村の観光名所と言えば残波岬。雄大な珊瑚礁の断崖と綺麗な青い海、そして打ち寄せる波の風景が実に素晴らしかった。ただ、天気が余り良くなかったが。真栄田岬にも寄った。ここでは実際に海に潜っている人もいた。やはり本州に比べて海の透明度が段違いであった。
 恩納村の「海ぶどう」と言うところで昼食を取った。海ぶどうとは、葡萄のような小さな粒が寄り添った沖縄の近海に繁殖する海草の一種だ。海ぶどう丼は磯の香り一杯の、沖縄の家庭料理の味だ。
 午後は与勝半島へ。海中道路が目当てだ。ここは浅瀬を埋め立てて出来た道路で、4.7qという長さは東洋一だそうだ。ただここも天気が悪く、景観は今一つだった。しかし、海の碧さだけは特筆ものだった。
 途中渋滞に遭い、3時近くになってやっと宜野湾球場へ到着。ベイスターズのキャンプだ。入口の門が仰々しくて笑えた。石井琢選手と谷繁捕手がノックを受けて泥だらけになってたのが印象的だった。もう十分一流選手なのにこんな時期から泥にまみれて・・・・。取材陣はほとんどいなかった。高木豊だけが視察か何かに来ていた。森新監督の姿は見つけられなかった。
 次のスワローズのキャンプ地を探すのに手間取った。浦添市だというので、ドラやベイと同じ海沿いだと思ったら全くの逆、山の手の、しかも住宅密集地に囲まれた場所だった。谷底で住宅用地には不向きなので、仕方なく公園用地にした、という感じの場所。時間が時間、しかも雨が降ってきており、練習は中止、取材陣も全くいなかった、かなり期待していた場所だったのだが。唯一、古田捕手だけが我々の前に現れ、サイン攻めに遭っていたが、数人にしただけで、その場をとっとと去ってしまった。
 北谷経由で帰ろうとしたが、物凄い大渋滞。うーん、鉄道敷設が待たれるな。と言ってもこのあたりは昔、沖縄県営鉄道嘉手納線が走っていた過去があり、もし健在ならばこの地区の住民の貴重な足でありつづけたことは間違いない。それと、美浜地区の大開発も当然関係あるだろう。10年前の地図では、このあたりは国道のすぐ側が海だったのだから。今では若者の集うレジャータウンだ。
 宿に戻って夕食を取ると、TVでは「東京フレンドパーク」をやっており、メッツの佐々木投手とベイの谷繁捕手がゲームに興じていた。「谷繁〜、さっきさんざん泥だらけでしごかれてたくせに、ププ」さっき見た特訓を思い出し、笑えてきた。

2月13日(火)
 今日は沖縄から鹿児島への移動の日、しかし、ちょいとまずいことに。咳が止まらない。風邪を引いてしまったようなのだ。それでも元気を持ち直して3日間お世話になったオリンピア観光ホテルを後にした。おばちゃん、3日間色々とお世話になりました。
 バスで那覇に向かう。行きとは一転して、内陸部を通るコースで、普天間飛行場の側を通っていくコースだった。しかし相変わらず「ひたすら家と森と基地」という風景が続いていた。どうやら那覇市の南方、糸満市方面へ行かないと昨日の読谷村のような風景はないらしい。
 那覇と言えば国際通り、と言うわけでここで土産を買うこととした。その前に以前掲示板で紹介して貰ったネットカフェに寄ったが、10時開店の筈なのに10時10分に行っても全く準備が出来ておらず、あまりネットによる作業が出来なかった。牧志バス停前で客寄せのあんちゃんに土産物屋に引っ張り込まれ、ここで土産一式を買うこととした。あまりの量の多さに、宅配にしてしまった。と言っても、自分ではそれ程滅茶苦茶買い込んだ、と言う印象はなかったのだが。
 空港に着くと、まだ買っていないものが有るのに気付いた。そして食べていないものも。取り敢えずソーキそばとオリオンビールはここで押さえておいた。うーん、島唐辛子をかけたそばにオリオンビールがよく合う。
 後ろ髪を引かれる思いで、鹿児島行きの便に乗り込んだ。眼下には沖縄の青い海が広がる・・・・筈だったが、生憎の天気であまり見えなかった。機内ではいつも音楽を聴いて過ごすのだが、この便でも流れていたのが矢井田瞳の「I'm here saying nothing」。どういう訳か年が明けてからこの曲を耳にする機会が異常に多い。今年の音楽界の注目株だ。ただ、世間一般では一番ヒットしていたのはミニモニなんだろうけど。
 鹿児島はまたも雨だった。自分にとって46番目の訪問都道府県。随分と僻地に空港があるものだ。地図で見ても鹿児島市街は遙か彼方だ。西鹿児島駅前行きのバスに乗った、すぐに高速に入った。窓からは早くも桜島が見えた。でも雨ではっきりとは見えない。やがて山間部を走り吉田I.C.で降りて鹿児島市街地を目指した。暫く走るといつの間にか後方に鹿児島駅が。うーん、鹿児島駅が市街地のはずれにあること走っていたが、通り過ぎても気がつかないとは。
 桜島桟橋のあたりから50万都市の中心街らしい雰囲気になってきた。私が降りたのは鹿児島随一の繁華街、天文館通。ここにある鹿児島ワシントンホテルプラザが今日の宿泊地。今回の旅行で唯一のシティホテルだ。ここのホテルでは使い捨ての歯ブラシとカミソリを廃止したとのこと。1,2回使っただけでゴミになってしまう物なので、私もこの方針には賛成だ。
 しかし相変わらず体調が良くなく、咳が止まらない。早速近くの薬局へ咳止めを買いに行き、ついでに天文館通を散策した。通りは学生服の中高生が沢山いた。そうか、今日は平日なんだ。長旅に出ていると曜日の感覚が希薄になってくる。楽市楽座には鹿児島の名物の紹介や県内最大の書店などがあり、楽しめた。
 ワシントンホテルと言えば必ず併設しているのが三十三間堂、郷土料理を出してくれる店だ。去年山形へ行ったときにも芋煮とか美味いものが沢山出てきたが、今回もきびなごの刺身、豚骨、地鶏、薩摩揚げなど選りすぐりの郷土料理に舌鼓を打った。
 夜は西鹿児島駅まで散策、明日と明後日の電車の時刻を確認に行った。しかし一部に着発時間の分かりづらい時刻表が貼ってあり、こちらの予定表も二転三転、混乱した。駅前は思ったより寂しかったが、まあ、昼向けの街なのだろう。
 三十三間堂の食事でなかったものが一つ、薩摩ラーメンだ。と言うわけで夜中、ホテルのフロントの紹介で近くのラーメン屋に出掛けたが・・・・ううっ、まずい!何だこの変なラーメンは?入った店が悪かったのだろう。フロントよ、変な店紹介するな!大体歓楽街に隣接した場所って、こういうラーメン屋多いんだよね。

2月14日(水)
 朝市で朝食を取り、早速市電で桜島桟橋に向かった。地方都市へ行くと市電に乗るのがひとつの私の楽しみなのだが、鹿児島の市電は綺麗で車両もゆったりして、なかなか良かった。桜島桟橋通で下車してフェリーで桜島へ。平日の朝だったせいか、乗客は殆どおらず、快適な船旅が楽しめた。桜島の眺めはやはり素晴らしい。
 ビジターセンターをまず訪れた。ううっ、誰もいない・・・・、やはり平日の朝だ。桜島の歴史を調べると、悲しい過去が色々と。溶岩に呑まれてしまった集落。そこからはい上がって現在の桜島を作り上げた人々の努力。なおも試練を与える自然の力、壮観だ。
 壮観なのは溶岩流の散策道を歩いて更に強く感じた。海岸線が美しい、いかにも魚がガンガンに釣れ捲りそうな海岸だ。海の向こうには鹿児島市街。背にはこの地形を作り上げた桜島。今日は噴煙は上げていなかった。
 次の予定もあるので1時間半くらいで散策をやめ、船で再び鹿児島市街へ。向かったのは鴨池電停、マリーンズキャンプ地の鴨池球場だ。ところが、何と今日は練習休み!何てこった!しかたなく周辺を散策するが何もない、ただの住宅地。球場そばに地上げ屋に騙されて100年以上守った土地を手放すことになった地主の恨み言が延々と書き綴られている看板があり、ちょっと引いた。
 再び市電に乗り、終点の谷山電停まで。ここいらは昔、谷山市という鹿児島とは別の市であった。現在は鹿児島市の南玄関になっている。雰囲気としては春日井市なら勝川、広島市なら己斐(西広島)といったところか。地元名物の谷山そばを昼食に食べた。
 今回の旅で初めてのJR、指宿枕崎線に谷山駅から乗る。うーん、ローカル線らしいのんびりとした雰囲気、いいねえ。程なく錦江湾が見え、桜島が姿を見せる。ゆっくりとだべりながらいつしかうとうと・・・・、気付いたら指宿の一つ手前の二月田駅、危ない危ない・・・。
 指宿駅に着くと、今日の宿泊先「たかしげ」に荷物だけ置いて「砂むし会館」へ。TVでしか見たことのない砂蒸し風呂に入った。浴衣に着替えて海岸へ降りて、冬なので屋根付きの砂場での砂蒸しだ。ううっ、気持ちいい!身体全体がほんわかとなって、夢見心地。だが、汗がなかなか出ない。15分経っても出てこなかったので諦めて砂から上がった。あとは普通の指宿温泉で砂を流して終わり。いやぁ、気持ちよかった。湯上がりのビワジュースも美味しかった。海岸にはポコポコとお湯が湧き出ていた。どれどれ、触ってみる。あちちっ!火傷しちゃった(笑)。
 宿に戻り、旅の前半で溜まった洗濯物を一斉に選択した。宿のおばちゃんは気よく色々と貸してくれた。なかなか居心地のいい宿だ。それにしても今日は寒い。鹿児島とは思えない寒さ。おばちゃんも「指宿では滅多にない寒さ」だと言ってた。夕方のTVで「ゆうやけワイド」と言う番組をやっていたが、そこの女性アナが可愛かった。調べておこうっと(笑)。
 夕食は大広間で他の宿泊者と一緒に。魚や野菜の煮物など、家庭料理が中心だった。寒い夜には薩摩焼酎がよく合う。他の宿泊客は工事関係の人が多く、国民休暇村の工事に来ている人がいた。地元のラジオ放送を聞きながらの食事で、地元の雰囲気に溶け込んだような気がする。やっぱりラジオはローカル番組が一番だ。
 夕食後、地元の公衆浴場へ。ううっ、滅茶苦茶寒い!聞けば明日の朝は氷点下になるかも、とのこと。この地方ではひと冬に1度あるかないか、と言う寒さだそうだ。それだけに公衆浴場の暖かかったこと!ぬるめの湯と熱い源泉そのままの湯とがあったが、ぬるい方で身体を慣らし、熱い方へ入った。心底から暖まり、帰りはもう寒くはなかった。宿に帰ってからは宿の内湯にも入り、温泉三昧の1日が終わった。

2月15日(木)
 この日は朝のスケジュールが少々きつめで、慌ただしく移動の準備をして朝食を取った・・・・にも関わらず、またも砂風呂へ行ってしまった(好きだね、私も)因みにこの日の客一番乗りであった。あーっ、朝一の砂風呂も気持ちいいなあ。そして民宿紹介の土産屋で土産を買ったら宿までは猛ダッシュ!時間がない。本当に色々と世話になったので、おばちゃんやその家族に深く礼をして、指宿駅まで再度猛ダッシュ!
 鹿児島行きの普通列車に乗りゆられること約一時間。ふと気付いたが、自分の顔面の肌がやけにツルツル、テカテカになっている。手や二の腕もツルツルだ。そうか、これが温泉の美肌効果か。とは言うものの、砂風呂、公衆浴場、内風呂と入り捲ったので、どの風呂が効いたのかが分からない(苦笑)。ま、とにかく「指宿温泉は美肌効果抜群」とだけは言っておこう。
 西鹿児島で特急「にちりん」に乗り換え、南宮崎を目指す。右手に錦江湾と桜島、そして遙か北東には南国にも関わらず、山頂が真っ白に雪化粧した霧島山が見えた。そして、霧島山の姿が段々と大きくなってきた。
 さて、今回の旅行の影の(?)目的は、47都道府県を完全制覇することであった。つまり、その歴史的(?)瞬間は、この車内で迎えることになる。財部駅が鹿児島県最後、そして、五十市駅が宮崎県最初の駅だ。そして電車は財部駅を通過した。流石にこのときは胸が高鳴った。県境は・・・・分からなかった。しかし、五十市駅が見えてきた、遂に、遂に47都道府県完全制覇を達成した!電車の中で感慨に耽っていると、まもなく都城に着いた。
 そして1時過ぎ、南宮崎駅に着いた。乗り換え時間が短いので、てきぱきと日南線に乗り換えた。しかし、私は未だ昼飯を取っていなかった。しかし、日南線では駅弁とかは期待できない。ううっ、腹減った・・・・
 指宿枕崎線と同じく、日南線ものどかなローカル線でのんびりと。しかし、海側にその列車とは似つかわしくない近代的なホテル、公園、そしてスタジアムが見えてきた。宮崎市総合運動公園、そう、ジャイアンツのキャンプ地だ。何か「こんな近代的な施設のそばを、そんなそんな前近代的なローカル鉄道がノロノロ走ってんじゃねえよ!」てな感じで見ているような気がした。嫌みだ、不愉快だ、まさにジャイアンツそのもの、と言った感じであった。
 谷之城トンネルを抜けると北郷町、そして城下町飫肥に到着した。ここは明日、車で来る予定。我が市でもお馴染みの王子製紙の煙突を見ながら日南駅、そして目的地の油津駅に到着した。駅を出るとそこには「歓迎・広島東洋カープ」の横断幕が。カープのキャンプ地、天福球場は駅から歩いて10分ぐらい。取り敢えず逆方向の宿に向かった。
 今日からの宿は「岩崎荘」ってところ。鰻屋の2階だが、なんじゃこりゃ?!学生下宿じゃねえかこれじゃ!6畳の汚い部屋にテレビと机と大昔の蛍光灯があるだけ。民宿と言っても昨日の指宿とは大違いだ。しかも宿泊客は私一人だけで、部屋に鍵もついていない(中からはかけられる)。非常に向こう3日間が心配になってきた・・・・
 天福球場に早速向かうと、商店街の果物屋であの眉毛の野崎靖博が果物の品定めをしていた。そして、向こう側から自転車に乗った2軍選手がやってきた。球場は小高い丘の上、しかし、かなり老朽化した建物であった。築何年だここ?と思いながら球場の中に入ると、客席数が少ない。しかしこれで足りているところに悲哀を感じる。それでも選手達は精力的に汗を流していた。
  球場にいたのはテレビ新広島の矢野アナ、RCCの一柳アナのローカル勢にテレビ朝日の真鍋アナ、男ばっかりだった。女子アナはいなかった。そんな中、テレビ新広島の名札を付けた綺麗な女性を発見。地元のアナかもと思い、話しかけてみたが「アナではない」と言われた。その割にはマイクを持って何かレポートしてたが・・・そして練習終了直前、あの徳光和夫が球場に現れた。巨人のスパイか?なお、後日談だが、この日の模様は「ザ・サンデー」で放送され、私がしっかり映されていた・・・・
 練習は順調のようで、打撃練習の町だ選手が好調に見えた。金本選手はあまりペースが上がってないようだ。ま、実績のある人はこれでいいだろう。目を引いたのはブルペン。黒田投手がいい球を投げ込んでいた、と言っても、捕手が「よっしゃ!いい球」を連発していたのだが(笑)。島崎投手も調子は良さそうだ、これは開幕一軍に残りそうな気がする。守備では兵藤選手がしごかれていた。今年の期待株となれるか?空腹に耐えかねた私は露天の焼きそばを食べた。具だくさんでなかなか美味しかった。
 練習は1時間ほどで終わり、外に選手が出てきた。しかし、外周道路のスペースが狭く、殆どの選手に近づくことは出来なかった。唯一サインをいただいたのは木村拓選手。昨年は大活躍だったけど、今年は故障者が帰ってきて安泰ではないが是非頑張って欲しい。山本監督は沖縄に続いて通用口前での即席サイン会があった。なかなかサービス精神旺盛で、これは絶対に応援しなくちゃ、と言う気になった。
 帰りに宮崎県営鉄道の廃線跡を探索。日南山形屋の前が旧・油津駅。木材運搬用の支線跡はパチンコ屋の駐車場脇に橋台が、また、パチンコ屋の建物とプレハブ倉庫を渡る短い橋もそれっぽかった。国道に向かっては緩やかに曲がる道が廃線跡、と本にはあったが、実は1本北側の道路がそうであると分かった。国道近くでは道路ではなく、家屋の裏手になっていた場所だ。
 港を見に行こうと思い、そちらの方角を目指すが全く海が見えてこない。やっと見えてきたのは広渡川の河口で、一面の砂浜。あれぇ?港は?南の方へは道はなく、仕方なく北へと進んだ。海岸の洞穴の中に神社があった。何か薄気味悪い雰囲気だ。地元では何か言い伝えとかがありそうだ。そして国道220号沿いにはホテルSEASONがあり、ここにカープ2軍選手及びテレビ新広島の関係者が泊まっていた。
 宿に戻ると風呂が沸いていた。ううっ、汚い風呂だ。しかもお湯が出ない、と思ったら3分くらいで出て来た、何なんだ?夕食は店の中で。鰻料理が楽しみだったが、たたきの短冊が出てきただけ、これだけかよ?その代わりに鶏肉の素揚げとかはかなりの量が出てきたが。明日、レンタカーで回る予定なので、レンタカー会社をご主人に聞くも、全然分からないとの答え。おいおい、それでも民宿の主人かよ?
 駅前に「和光」と言う喫茶店があったので入り、そこの主人にレンタカーの件を聞いたら、油津にはなく、市役所前まで行く必要があるとのこと。地図で道を教えて貰い、明日市役所前まで行くことにした。どうやら油津地区は基本的に漁業の町であり観光の町ではなく、市や県の機関もないためレンタカーもないと言うことらしい。なお、御礼に(?)この店には3日間通うことになる。この日は寒いので早めに寝た。

2月16日(金)
 朝食を取ったら朝一で宿のそばのバス停から飫肥行きのバスに乗った。この宿はバス停と駅がすぐ近いのが長所だ。日南駅前バス停で降りた。見覚えのある制服の男性が数人外にいた。そうか、ここは王子製紙日南の正門前だ。駅と逆方向の市役所を目指して歩き、日南レンタカーに着き、軽を借りたが、10時間でなんと8920円!宿に来てもくれないのに、ぼったくりだ。予め調べておくべきだった。反省。
 まず車を南へ走らせ、都井岬へ。途中、日南海岸の険しい海沿いを走る。絶景だが車で走るにはなかなかにスリリングな道だ。一時間半ほどかかって岬へ到着すると、そこにはお目当ての御崎馬がいた。これは日本在来種の野生馬で、江戸時代に高鍋藩が軍用や農耕馬を放牧し、子孫が野生化したものだ。ビジターセンターで生態を学習。サークルビジョンと受付の女性が印象的だった(笑)。実物の馬は小柄ですんぐりとしており、とても可愛かった。うーん、馬はやっぱりいいね。明後日はフェブラリーSだ。
 串間市街を経由して日南市のあれこれを調べるために日南市役所へ戻った。串間にSATYがあったのは少し驚いた。串間市は現在の人口は45900人、あれ?私の記憶では5万ちょっとだったと思ったが。やはり過疎化が進んでいるのだろうか?いい街だけに残念だ。
 午後一番で今回最大(?)の目的地・飫肥へ。実は「桃太郎電鉄V」で全国にたった99しかない物件駅にこの片田舎の城下町が入ったことでこの街に大いに興味が沸いたわけだ。あと、宮崎県営鉄道の廃線跡にも興味があった。
 まず飫肥駅。立派な駅舎で、油津とは6qも離れているのに「歓迎・広島東洋カープ」の横断幕があった。因みに桃鉄ではおび天屋と卵焼き屋が物件にある。さっそくおび天を目当てに「おび天蔵」に向かった。中ではおび天の製造実演もあった。定食を頼んだが、ううん、美味いっ!形状と材料からだいたい時は予測はついたが、それを上回る美味しさだった。ゴボウ入りのも美味しかった。帰りに宮崎空港での大量購入を約束した。
 飫肥の城下町は本当に落ち着いた雰囲気で素晴らしい。国道沿いでもその雰囲気は壊れていなかった。先程市役所で調べた資料によれば、国道拡幅の際に街の雰囲気を壊さぬようにと、様々な工夫がなされていたようだ。歴史の古さだけでなく、努力の賜物でもあるわけだ。城跡、寺、記念館などもよかったが、沢山の元気な鯉が泳ぐ掘割も今年のカープの象徴のようでよかった。
 そして宮崎県営鉄道の廃線跡だ。飫肥駅裏を抜けて、酒谷川を渡っていた鉄橋は、今も橋台が残っていた。飫肥駅跡は店舗になっていたはずだが、その店舗は既に潰れていた。星倉方面に向かうと、支線のトンネルが今も残っていた。短いトンネルだが、今も生活を支える大事な道の一部だ。
 海岸へ抜けて北上、鵜戸神宮へ行くつもりが間違えて通り過ぎてしまい(笑)、先にサボテンハーブ園へ着いてしまった。海岸の段丘に一面にサボテンが広がる。ただ、ここのサボテンの多くはやっぱり実生時代を春日井で過ごしたものらしい。でも、サボテンステーキにサボテンゼリー、動く歩道にメキシコ館と、娯楽施設としては十分に楽しめる。我が春日井市にもこのくらいの施設は欲しいところだ。1階で売っていたチーズまんじゅう、宮崎名物だというので食べてみたら美味しい!早速買って帰った。
 少し引き返して鵜戸神宮。しかし、駐車場を間違えて物凄い坂と距離を歩く羽目に。疲れた。しかし、本殿に着くとそこには壮観な風景が。断崖絶壁の上に立ち、建物は洞窟の中に。これは崖の下に広がる荒波の海、これば絶景だ。ここはカープ関係者がよく参拝に来る場所で、今日も午前中に山本監督が来ていたらしい。境内では昨日球場で見た顔がちらちら見かけられた。
 神社近くの千畳敷鬼岩もいい。青島あたりからこの海岸は、険しい断崖が続いているので、そろいらにこの手の岩が見られるようだ。車を北に走らせると、左に日南線が見えてきた。ここいらから鉄道と国道が狭い海岸沿いを並んで走る。帰りは青島から清武町、田野町に抜け、県道を一直線に南下して日南に戻ってきた。この道路は、ジャイアンツキャンプのあるときに日南へ抜けるのに大変便利な道だそうだ。国道220号はいつも渋滞するので。帰りにタクシーの運ちゃんが教えてくれた
 夕食は今日も民宿で。鰻は蒲焼きで出てきたので昨日よりはボリュームがあった。食後また昨日の喫茶店に行き、地元の情報を色々と教えて貰った。油津の町は昔は海の底だったが、川の堆積作用で幾つかの小島を巻き込んで平地になったらしい。地図を見るとなるほど、平地のところどころに小高い山や崖がある。なかなか変化に富んだ地形だ。
 さて、旅行ですっかり忘却の彼方になってしまったが、明後日はフェブラリーSである。新聞はあまり見ていないし、情報も集めていない。取り敢えずウィングアローとサンフォードシチー、1番人気にならなかった方を本命にする予定だ。コンビニで九州スポーツ(東海地区では中京スポーツ)を買ったが、なんと金曜の枠順発表が載っていなかった。ここではスポーツ紙は1日遅れのようだ。

2月17日(土)
 旅行最終日となるこの日は、起床してすぐ朝食、天福球場に向かった。早朝、第一ホテル前から球場へ向かう若手選手の姿があった。油津港と堀川橋も見てきた。ここは映画「男はつらいよ」の舞台となった場所でもある。今でも飫肥杉が堀川運河に一杯に浮かび、都会では消えかかっている風景があった。杉といえば、今年は花粉症の症状が未だ出ない。いつもの年だとバレンタインデーを境に出るのだが。これほどの杉の産地に居ながら、である。このままひと春過ぎてくれれば嬉しいのだが・・・・
 球場に着くといきなり山本監督が姿を現した。またも例の即席サイン会をやっていた。既に主力選手は何人か球場入りしていたが、この注目は何と言っても今日から一軍に合流するあの選手。外野の方で人が集まっている場所があったので行ってみたら、やはりいた、準備運動中の前田選手が。表情は明るい。他の選手よりはやはり遅れ気味だが、怪我からの復帰だけに、大事にやって欲しい。
 取材陣は一昨日に続いてRCCの一柳アナ、テレビ新広島の矢野アナらが来ていた。RCCと言えば「RCCインターネットスタジアム」のCちゃんも早速球場に来ていた。8人くらいで来ているとのことだった。
 ブルペンへ行ってみた。黒田投手、長谷川投手らが快調に飛ばしていた。そしてそこに一昨日もいたテレビ新広島の名札を付けた綺麗な女性に再び会った。レポートをしていたことについて尋ねたら、地元ではレポーターみたいな仕事も少しやっているとのこと。彼女の名は栗栖美和、彼女の情報によると今日はTSSの中継があり、神田康秋アナと達川光男が来るとのこと。私は大学時代からの神田アナのファンなので楽しみだ。それにしてもこの栗栖と言う娘、可愛いしよく話してくれるし、本当に素敵な女性だ。もしや地元では人気者では?
 この日「YASUKOの部屋」のYASUKOさん達6人も日南入り。案の定、前田選手の練習を真剣に見ていた。広島から車で高速を飛ばして9時間かかったらしい、お疲れさまでした。名古屋〜広島間より広島〜日南間の方が遠いんだと認識した。ところで、先程の栗栖と言う女性について尋ねたら、地元のカープ応援番組のアシをやっているローカルタレントだとのこと。やっぱりそうか。尚、後日調べだが、佐藤アナの痴漢事件で打ちきりとなったあの「もてなしキング」の後番組をやってるらしい。既に熱狂的なファンがついている模様。
 現地では浅井選手の追っかけをやっていると言う女性にも出会った。大分県の津久見市から来ているとのこと。大分と宮崎と言えば隣県だが実はかなり遠い。彼女も5時間くらいかけて来たとのこと。当の浅井選手も仕上がりは順調とのこと。「ゴーゴーセントラル」と言う応援組織に加入しているとのことで、色々と話を聞くことが出来た。それと、客席そばに森笠選手の自転車が放置してあった、持ってきたのか?
 午後からは紅白戦、神田アナと達川氏のすぐそばに陣取った。中継の喋りがすぐそばで聴ける、これは贅沢だ。相変わらずの名調子が炸裂!これぞアナウンサーだね、うん。栗栖さんはブルペンからのリポートをやっていた。先発の苫米地投手が3回も投げて2安打無失点の好投。一方の菊地原投手は2失点、うーん。因みに投手陣の投げ込みは試合中も行われ、皆好調ぶりをアピールしていた。しかし、しんどそう。
 試合終了後、何故か極楽とんぼが球場へ。金本選手と何か話をしていた。よく内容は聞こえなかったが、何かの番組の収録のようだった。球場外では選手が次々と出てきた。河野投手、木村拓選手、町田選手・・・・その中で、私の一押しの酒井投手が出てきた。励ましの言葉をかけたら嬉しそうにしていた。ことしは飛躍の年にして欲しい。
 帰りに例の喫茶店に寄った。スポーツ紙に目を通しながら、廃線跡の話になった。実は地元の人間でもあまりよく知らないらしく、どの地点に鉄道があった、どこに駅があったといえ話になると、ご主人も奥さんも興味深く聞き入っていた。「鉄道廃線跡を歩く」の本を持っていたので大いに話に花が咲いた。地域の人間とのコミュニケーションという点でも、この話題はなかなか有効のようだ(笑)。
 最後の夜は、油津の町中を隈無く歩き回り、私はすっかり住民の一人となっていた。来年も是非来たい、そう思わせる素晴らしい町だったと思う。さて、明日はいよいよ帰国、つまりフェブラリーSだ(なんじゃそりゃ?)。前日オッズは?サンフォードシチーが1番人気?取り敢えず本命はウィングアローだ。対抗がサンフォードで穴としてファストフレンド、大穴にノボトゥルー、ノボジャック、アローセプテンバーと言ったところか?

2月18日(日)
 最後の朝、お世話になった奥さんに別れを告げ、民宿を後にした。8時半、油津駅に着くと、天福球場に向かう人の流れがあった。朝早くからかなりの人出だ。若い女性ファンが多い。しかも可愛い娘が多い。うーん、やっぱりカープファンは美人揃いだ(笑)。駅で日刊スポーツを買ったら、仕入れたばかりなのにたった3部しかなかった。デイリーやスポニチは沢山あるのに。売店の娘さんに聞いたら、ここでは日刊はあまり売れないのだそうだ。何故だろう?因みにこの娘さん、とても感じのいい娘だった。
 ローカル線に揺られ南宮崎、更に乗り換えて宮崎空港駅。空港には直結している、便利だ。しかし、空港内は最悪。何が最悪って、「栄光の巨人軍展」なる胸糞悪い催しを空港ロビーでやっていたのだ。カープもバファローズも無視してジャイアンツかよ!こんな空港を儲けさせるのは嫌だ、と思いつつも土産は飫肥天を始め、地鶏、焼酎、ワインなどどっさりと買ってしまった。
 最後の飛行機に乗り、上空から宮崎市街を望む。そう言えば、宮崎市街には一度も来なかったな。やがて下界に知多半島が見えてきたそのときだった。遙か彼方の雲の上に雪化粧した富士山がくっきりと見えた。美しい!素晴らしく美しい!今まで見たどの富士山より、鮮やかな雲上の富士。刈谷上空あたりまで見ることが出来た。そして私は、8日ぶりに名古屋空港に戻ってきた。
 空港に迎えに来ていた妹の旦那に西春駅まで送って貰い、金山へ直行した。無論、尾頭橋へ行くためだ。オッズが逆転してウィングアローが1番人気になっていたので、サンフォードシチーを本命にして馬券を買った。2時半、自宅に到着し長い長い旅は終わった。因みにフェブラリーSは縦目を食らい、オケラだった。