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第五十五番

観心寺



巡礼日 平成二十年九月十四日
山号・寺名 檜尾山観心寺
宗派 高野山真言宗遺跡本山
所在地 大阪府河内長野市寺元475
 大宝元年(701)開創された雲心寺が後に弘法大師が北斗七星を勧請されて弘仁六年(815)年観心寺に改称された。境内には後村上天皇陵などがあり全体が史跡となっている。  



山門    
山門脇の石碑には勅願道場・南朝史蹟と彫ってある。
金堂    
室町時代初期の大阪府下最古の国宝建造物。後醍醐天皇勅命により楠正成が奉行を勤めたという。
鎮守堂(訶梨帝母天堂)     
後村上天皇により再興。重要文化財。
建掛塔     
楠正成建立のもので三重塔の予定が正成討死のため未完のままとなった。苔むした屋根に正成の無念が伝わるようだ。重要文化財。
御影堂    
参道沿いが四国八十八ヶ所お砂踏み道場となっている。
開山堂(本願堂)
楠木正成首塚    
正成が足利尊氏と戦って湊川で討死後、足利尊氏の命により、ゆかりのある観心寺へ首級が送り届けられ祀られたもの。
後村上天皇檜尾陵     
弟九十七代天皇(在位1939〜1968)。南北朝時代の南朝の天皇。南北朝係争のなか、吉野山他を転々としたようだ。
檜尾陵への石段     
御陵は御影堂への石段を過ぎたところからこのような石段をかなり登っていったところにある。途中に宮内庁の立札があり、ここは宮内庁管理であることがわかる。
後村上天皇御旧跡    
後村上天皇はこの地で約10ヶ月執務した。
新待賢門院墓     
後村上天皇の母、阿野廉子の墓。
境内の彼岸花    
紅葉にはまだ早かったが、境内では彼岸花が咲いていた、後方は建掛塔。



御朱印



あとがき
 百寺巡礼を始めて意外なところに日本の歴史に深くかかわってきた寺がたくさんあることを知った。この寺もその一つである。そうしたことを知るのも百寺巡礼の楽しみの一つとなってきた。 この寺には日本で唯一北斗七星を祀った星塚や、楠木正成公菩提寺もあり、見所が多い。 (観心寺HP)


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