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第六十三番

毛越寺



巡礼日 平成二十一年三月廿日
山号・寺名 医王山毛越寺(もうつうじ)
宗派 天台宗
所在地 岩手県西磐井郡平泉町字大沢
 嘉祥三年(850)慈覚大師がこの地にお堂を建てて、嘉祥寺としたのが起こり。その後藤原氏三代にわたって大伽藍が建立されたが幾多の災難により全て焼失、江戸時代に常行堂のみ再建された。
特別史跡・特別名勝。



毛越寺入口    
入口正面に現在の本堂がある。
松尾芭蕉句碑    
元禄二年(1689)この地で義経主従を偲び詠んでいる。二つあり、向かって左側は芭蕉直筆。        
「夏草や 兵どもが 夢の跡」
伽藍復元図     
中央の池左手前に南大門があり、橋を渡った向かいに金堂があった。昭和29年から5年間かけて発掘調査された。
拡大図     
南大門跡     
本堂     
平成元年建立。
大泉が池     
広大な浄土庭園の中心、東西180メートル、南北90メートル。
開山堂     
嘉祥寺跡     
草創時の寺名を持つ重要な建物だったようだ。
金堂円隆寺跡     
藤原基衡建立の勅願寺。毛越寺の中心伽藍だった。
遣水(やりみず)     
遣水は池に水を取り入れる水路。玉石を敷きつめ曲がり角をつくるなど、平安時代の「作庭記」様式を伝えるもので「曲水の宴(ごくすいのえん)」の舞台ともなったという。
鐘楼跡     
金堂から左右に翼廊がのびその先に造られていた。
常行堂     
江戸時代に再建されたもの。手前にあるのは鐘楼堂、梵鐘は昭和50年人間国宝香取正彦氏の作。
常行堂・法華堂跡     
慶長二年(1597)焼失。
出島石組みと池中立石     
池東南あり、金堂に向かって組まれていて荒磯をあらわしている。



御朱印



あとがき
 毛越寺は中尊寺から南へ直線距離で約1キロメートルのところにこの中尊寺以上の規模の寺があったことに驚き、藤原三代の財力と文化の高さをまのあたりにした思いがした。(毛越寺ホームページ)


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