リウマチ白書


 

発病 31歳

次女を出産してすぐ左手中指に痛みを感じるようになりました。
湿布を貼り痛みを和らげていましたが、徐々に中指の第2関節が、
へびの頭のように腫れてきました。
初めて病院へ行き、痛み止めを貰い飲んでましたが、腫れはいっこうに引
かずそのうち両手にこわばりが出てきました。
病院を変わり血液検査をして、リウマチ反応を調べましたが
結果RA(-)CRP(-)でリウマチの心配はないと言われ 、
安心して二人の子供の世話に追われる日々が過ぎました
ある日急に股関節に痛みが来て歩けなくなり、物につかまったり、
這ったりして家事や子供の世話をしているうち3日ぐらいで痛みが引いて
きました。何か不安になり今度は大病院へと思い、
名古屋国立病院の整形外科で診てもらうことにしました。 
今思うと何の検査だったのか、レントゲンと血液検査そして水を時間を
区切り200ccを10回ぐらい飲まされたと思います。
1回飲んでは尿検査をするのです。その結果今度は腫れている中指の
骨膜を取り検査すると言われました。盲腸以来初めての手術です。
麻酔の効きが悪くて途中2度ほど麻酔を追加しましたが、もうその痛みと
きたら尋常ではありません。帰り道、なさけなくて涙が止まりませんでした。
その後国立にはリウマチ科があることを、抜糸に行って初めて
聞かされたのです。そこの先生に「最初からこちらに来てればすぐに
リウマチと診断できたのに痛かったね」と言われ何も反論できない自分が
情けなかったです。
でも結果的に今、左手中指は腫れてた骨膜を切除したことでそれ以来
一度も腫れたことはなかったです。不幸中の幸いです。
国立で春日井整形病院を紹介してもらいそこに通う事に成りました。

入院 32歳

春日井整形病院に通い一年ぐらいが過ぎました。
朝、手のこわばりがひどく手、足首、膝と身体中に痛みが走るように
なってました。治療はシオゾール(金注)10mgクリノリル(炎症剤) 一日2錠でした。
両親の半強制的な進めにより伊東温泉国立病院へ入院することに
しました。まずは自分が元気にならなくては主人も子供たちにも
迷惑をかけると想い両親に子供を預けました。
最初の1週間は血液検査、レントゲンなどで振回されました。
結果は血沈20mm/h RA(+)CRP(+)です。
クリノリルを1日4回 シオゾールは週1回10mg
になりました。
生活は起床6時、朝食、朝のリウマチ体操、裏山へ散歩、昼食、お昼ね、
回診、温泉浴、夕食 散歩、消灯9時です。
なんとも贅沢な入院生活でした。2ヶ月目には信じられないくらい
朝のこわばりも無く身体の何処も痛みは感じませんでした。
血沈 5mm/h RA(−)CRP(−)になってました。
退院を願い出ましたが、担当の島崎先生(現在は諏訪国立病院)に
「今また元の生活に戻れば身体も元に戻ってしまう。環境と薬で
リウマチが動いてないだけだ」と言われました。それから2ヶ月
  頑張りましたが、結局先生の言う事を聞かず退院してしまいました
その時の私はリウマチの怖さを知りませんでした。

退院から平成11年5月

退院した私は再び春日井整形病院へかよいました。
両親の心配をよそに主人や子供たちとの生活に戻り有頂天でした。
リハビリのつもりでジャズダンスを始めました。
少し考えれば解るはずなのに、飛んだり跳ねたり出来る自分に酔ってました。
半年もしないうちに、足首と膝が痛み出しました。
せっかく眠っていたリウマチを起こしてしまったのです。
再び薬と注射の日々に逆戻りです。
そんな頃、私を支えていてくれていた、最愛の父が急な病で逝ってしまい
ました。65歳でした。
そのショックも重なり、リウマチが動き出して徐々に指、手首、ひじと
変形していきました。
先生に「手術にも時期があるからやるならいまやった方がいい」
と進められ、とりあえず右手中指の腫れている骨膜を取ってもらいました。
左手は検査の為に手術したのですが、右手は治療の為です。
でも時期が遅かったのか、右手の腫れと変形は治りませんでした。
ひじと足首の手術も進められましたが、もうそんな元気はありません。
結局、身体障害者三級の肩書きを貰う事に成ってしまいました。
その後、水泳が身体にいいと聞きおもいきって入ってみました。
水に慣れるまでが大変でした。でも身体に苦痛はありません。水の中で
歩いたり走ったりしても痛みがあまりなく和らいで行くような気がしました。
プールの仲間に励まされて10年以上も続いています。みんなと一緒に
コースへ入る事は無理があるのでマイペースにのんびりと泳いでいます。
一時、80mm/hだった血沈もいまは30mm/hです。
そしてRA(−)CRP(−)です。
薬はロキソニン1錠 リマチル1錠を1日1回
飲んでます。
この何年間痛み止め注射は一度も打ってていません。
今現在リウマチでプールに通える容態の方にお勧めします。
水泳は本当に身体にいいです。
水の中を歩くだけでもいい運動になります。
リウマチに病んでる皆さん、、リウマチと仲良く頑張りましょう。
読んでいただきありがとうございました。

リウマチ18年生のその後

リウマチ白書を書いて1年4ヶ月が過ぎました
現在の体調は
血沈は60mm/h RA(−)CRP(−)です。
薬はロキソニン1錠 リマチル1錠を1日1回
飲んでます。
血液検査の結果は余り変わっていませんが
関節の変形は少しずつ進んでいます
変形だけはどんなにプールで頑張って泳いでも
悔しい事に止められません
今は右足の指5本とも曲がり左より足が小さく見えます
リウマチの方は皆さん靴での悩みが多いと思います
踵の高さとクッションが少し合わなくても
痛くて歩けません
いつも探している間に疲れて諦めています
もうずっと以前から靴と服を合わせることは出来ません
足の痛くない靴を探すほうが先です
今はダンロップのスニーカーの白と黒をはき別けています
今の私の足にはピッタリで気に入っています
でも正装した場合でもスニーカーを履いている自分には
さすがに情けなくて悲しくなります
まだまだ未熟ですね もっともっと鍛えなくてはね

もう一つ気になる変形は右肘です
以前より少しずつ変形していき今は45度程曲がり
文字を書いたりすると痛みが走ります
パソコンのキーを打っていても痛いときがあります
病院の先生に手術を進められてはいるのですが
なかなか決心がつきません
手術にも時期があるので早い方が良いと言われましたが
人工関節と言う言葉に臆病になっています
今は湿布で痛みを止められるので
痛みが我慢できなくなったら手術するしかないのかも
このままの状態で固まってくれる事を祈ります

最近リウマチとは別の薬が一つ増えました
昨年の8月頃から喉に何か詰まっているような感じがして
検査してもらいました
エコーとCTで見てもらい甲状腺の病気で橋本病との診断でした
まだ薬はなく3ヶ月に1回エコーで診てもらっていました
今年の6月頃からまた喉の腫れを感じて
甲状腺のホルモンを調節する薬でチラーチンS−50の服用が始まりました
お医者様が言われるには「これもリウマチが原因している」との事です
身体の中でどんどん巣作りしているリウマチに腹が立ちます
でも世の中にはいろいろな病気があり想像がつかないほど
辛い思いで立ち向かっている人達がいると思うと
私なんか手も足もなんとか動くしまだプールで泳ぐことも出来
幸せです
そう自分に言い聞かせて日々頑張っています
リウマチを友達と思うことは難しいですけど
なんとかなだめて頑張りましょうね
読んで頂いて有難うございました

            平成12年9月3日記

私の失敗 友の死

一年ぶりです
血液検査、血沈、お薬は一年前とほとんど変わりません
でも最近、肘の変形と腫れが進み耐えず鈍痛があります
お医者様には「手術する気になったらいつでもしましょう」と
言われています
ネットで無事手術に成功された方、これから手術される方の
お話を聞かせていただきました
でもなかなかその気にはなれません
手術の恐怖より術後の肘が今と比べて何処まで改善されるか?
こればかりは人それぞれ違います
悪い方へ悪い方へと考えてしまいます
どうしても性格上プラス志向にはなれません
最近腰痛(辷り症)がひどくて、先日MRIを撮りました
がっちりとしたコルセットも出来あがりました
今年の9月までは腰痛は忘れていました
駒ヶ根山を散策して1週間後から腰痛と右足のしびれに
悩まされています
調子に乗ると必ずそのお返しが来る身体だと言う事を
忘れていました
腰痛はリウマチとは関係無いかも知れませんが
リウマチの方は耐えず自分がリウマチで有ることを
自覚していてください
身体を冷やしたり、持てるからといって思い荷物を
持ったり絶対にしないで下さいね
今は大丈夫でも後から必ず出てきます
リウマチを甘く見ない事です
自分の身体を大切にリウマチを起こさない様に
ほどほどに鍛えてください。難しいですね

昨年12月30日にリウマチの大先輩で私がリウマチに
なる以前からの友達を亡くしました
56歳の若さで波乱万丈の人生を送られました
重度のリウマチでありながらいつも毅然としていて
朗らかでとても素適な女性でした
彼女がいつも私に言ってくれていた言葉です

「私たちがどれだけ無理してやっても
だれも誉めてはくれない 出来て当然の事だから
それならばはっきり出来ないと行ったほうが良い
主人や娘の為に何かするのではなく
主人や娘の為に自分を大切にしなさい」


妙ちゃん 今頃は天国で幸せに飛んだり走ったりして
下界を見てる事でしょうね
そして「また無理してる(`へ´)プンプン」って
私のことを怒ってるかしら
妙ちゃんが大好きだった娘も来年は成人式です
娘達の事いつまでも見守ってくださいね

            平成13年10月5日記