ここはダムシアン王国。広々とした王の間では、国王であり、吟遊詩人でもあるギルバートが竪琴を奏で、歌を歌っていた。竪琴の美しい旋律が王の間に響き渡り、ギルバートの歌声に、皆、聞き入っていた。
ギルバートの歌声は聞いた者の心を癒やす。聞いた者は励まされ、勇気づけられる。生きる希望を見いだすことができる。ダムシアンの国民は、皆、国王ギルバートの歌が好きだった。
ギルバートは自分では自己否定的な人間だと思っている。過去を振り返っても悔恨ばかりである。そんな自分が吟遊詩人として竪琴を持ち、歌を歌うことで、人々には癒しの効果を与えるというのは、自分ながら意外だった。
いつものように歌を歌い終わると、大臣がやってきた。
大臣「陛下、今日も素晴らしい歌声でした。陛下の歌声を毎日聞くことができる我々は本当に幸せ者です」
ギルバート「ありがとう。私の歌を皆がそんなに気に入ってくれているというのはとても嬉しいよ」
大臣「はい。ところで陛下、少々申し上げにくいのですが…」
ギルバート「何だい?何かあるなら遠慮無く言ってご覧」
大臣「は。…陛下もそろそろ妃を娶ることを考えてはいかがかと…」
ギルバート「……………」
大臣「アンナ様のことは我々も存じ上げております。差し出がましいこととは思ってございますが、陛下も一国の主、いずれは……」
ギルバート「差し出がましいことなどではないよ。……実は先日、アンナが夢に出てきてね、私に幸せになって欲しいと言うんだ」
大臣「な、なんと!……そ、それは、陛下に新しい相手を探して欲しいということでは…あ、いえ、ゴホン!」
ギルバート「私もそう思っているところなんだ…おまえの言うとおり、私は国王、そろそろ王妃を迎えることも考えなくてはならない」
ギルバートは優しく穏やかに微笑した。
ギルバート「王妃の件は、私も考えておくよ」
ここはダムシアンの政務室。ギルバートの秘書であるハルは毎日執務に大忙しだった。
ギルバートはハルの休憩時間を見計らって会いに行った。
ギルバート「ハル、私があまり政務が得意ではないせいで君に苦労をかけるね」
ハル「ギルバート様、とんでもありません!私が陛下のお役に立てるならこれ以上の光栄はございません!私は毎日やりがいのある日々を過ごしているのですよ」
ギルバート「ハルはしっかり者だからね。私の至らないところを補ってくれる」
ギルバートに優しく穏やかに笑いかけられると、ハルはうっすらと頬を染めた。
ハル「い、いえ!これは秘書として当然のことです!」
ギルバートはハルをお茶に誘うと、しばらく雑談をした。
ハル「私は今の平和な日々が好きです。できることならこの穏やかな日々がずっと続いて欲しい。先の大戦で多くの命が失われ、大勢の人が傷つき、苦しむことになりました。私はもうそんなことは二度と起きて欲しくない。一人でも多くの人が傷つくことなく、苦しむことのない、平和な世の中になって欲しいと、心の底から思っています」
ギルバート「そうだね。私もそう思うよ」
ハル「陛下の歌は人々の心を癒やします。生きる希望を与えます。これからは戦いではなく、歌や音楽で人々の心が豊かに生きていけるようになっていくのを願います」
ギルバート「ハル……………」
ギルバートは一息つくと、改まってハルに向き合った。
ギルバート「ハル、今度の満月の夜、中庭に来てくれないかい?君に大事な話があるんだ」
ハル「陛下…?は、はい!」
ギルバート「待っているからね」
ギルバートは簡潔にそれだけ言うと、優しく微笑して去って行った。
――――そして満月の夜。
ギルバートはダムシアン城の中庭、噴水があるところの端に腰掛けて、竪琴を奏でていた。歌は――――『愛の歌』。
ギルバートの歌は人々の心を癒やす。深く傷ついた心も、ギルバートの歌声を聞いていると、徐々に、徐々に癒やされていく。人間の負の感情。怒り、憎しみ、悲しみ。それらを美しい竪琴の旋律と歌声で癒やしていく。人と争うこと無く人間の負の感情を癒やしていくのは、吟遊詩人ならではの力である。
ギルバートは『愛の歌』でひたむきに愛を歌っていた。聞いた者の心に浸透し、胸がいっぱいになる。それほどギルバートの歌唱力はすごかった。
ハルは黙ってギルバートの元にやってきて、しばらくギルバートの歌に聴き惚れていた。ハルは呆然としていた。歌を通じてギルバートの想いが伝わってきたから。
どれくらいそうしていただろうか。ギルバートは歌い終わった。そして、静かにハルの方を見る。
ギルバート「ハル、来てくれたんだね」
ハル「…ギルバート様……!!」
ハルは動揺していた。そんなハルにギルバートは優しく笑いかける。
ギルバート「そんなに驚くことはないよ。私は以前からハルのことは好きだった。私は自己否定的な人間でね。でもハルはいつも私を肯定してくれた。私の心も支えてくれるし、政務の面でも支えてくれる」
ハル「そんな…!陛下こそ歌でいつも私を支えて下さるのですよ!そんな陛下を私は…あ…あの…」
ギルバートはまた優しく笑った。
ギルバート「ハル、君を愛している。君はとても優しい人間だ。この間、君が言った通り、これからはずっと戦いのない平和な世界が続いて欲しい。その為に私もこれからダムシアン国王として尽力していきたい。私は至らないところも多いけれども、君と一緒にこの世界を平和に導いていきたい」
ギルバートは腰掛けていた場所から立ち上がると、ハルの手を取った。
ギルバート「ハル、どうか、これからは秘書としてではなく、私の妃として、私のそばにいてもらえないだろうか?」
ギルバートは真摯な表情でハルを見つめた。ハルの頬はほてっていた。
ハル「…はい………ギルバート様………誠に光栄です………」
ハルはそれだけ言うのが精一杯だった。
その後、ギルバートとハルは結婚した。式にはかつての仲間達が一斉にお祝いに来た。ハルはとても胸がいっぱいになっていた。今まで秘書として仕事面ではテキパキと何でもそつなくこなすハルだったが、結婚式では上手く思ったことを言葉にすることができず、言葉少なだった。それでも幸せそうにしているのは見ている者によく伝わった。
ギルバートは披露宴でも竪琴を奏で歌を熱唱し、結婚式は最高に盛り上がった。
美しい歌声で人々の心に安らぎを。
ギルバートとハルは、ダムシアン国王と王妃として、新たな人生を踏み出した。
Happy End
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