さんから頂いた魔王の小説。魔王=ジャキです。「R-66Y」ということで、ロボの名前は「アール」になっています。





すべてが暗黒だった。
禍々しく、混沌とした暗闇だった。光が混じっているとしたら、その光は、古い思い出だ。
「ねえさん!」
目の前にいるのは幼い自分。まだ、よりどころを失っていなかったころの自分。
駆けだし、その視線の先には
最愛の姉。サラ。
優しい声と、微笑みと、永遠が続けばいいと、あのころ何度思ったことか。いつか、この繰り返されるラヴォスの時空で助けられる夢を見たいものだ。
「なぁに?―」
サラは名前を呼んだはずだ。俺の名を。なのに、音にはなっていない。
訝しんで、目をこすると、景色が変わった。
姉を失ったと気付いたのはしばらく時間が経ってからだった。姉さんが母様と呼んだあの女が起こした闇に巻き込まれて、知らない時代に飛ばされた。


そこで、観客のはずだった自分に向かう声が一つ。二つ。次第に増え、ざわめきになる。
媚を売る、いやらしい声。
「魔王様」「魔王!」「…」
おれは、誰だ?
めまいがして、目をそらしたくて、後ろを向くと、姉さんがいた。
俺の名前を、呼んでほしいと、言ったつもりだったが、それは音にならない。
姉さんはほほ笑んだまま口を開いた。
短い単語は確かに俺の名前のはずだった。だが、そこに音はない。



時間は月が昇っていてもおかしくはないのだが、空にかかる巨大な夢は月を見せてはくれない。
周囲に民家もなく、たき火の炎だけが明かりだ。その明かりも、森の木々に遮られて広く辺りを照らすことはできていない。
「もうすぐ晩御飯なんだけど」
前掛けに、三角巾。鍋をかきまぜる姿はなかなかさまになっている。クロノがお玉を片手に人員確認をしてからアールの調整をしていたルッカに言った。
手の離せないルッカの代わりにグレンが周囲を見る。クロノ、エイラ。マール。ルッカにアール。
「魔王がいないな」
ちょうど終わったのか、ルッカがアールの背中のふたを空腹による苛立ちか、力任せに閉めた。
「仕方ないわね。探すわよ」
一人たき火から離れ、森に入っていくルッカの後をアールが追う。
「ナゼ、クロノはルッカにマカセタのデショウカ?」
次第にたき火から離れていくと、代わりに、アールがアイセンサーのライト機能をオンにして足元を照らした。
いくらクロノと行動を共にした時間が長く、モンスターと戦った経験が多い、強いからとはいえ、本質は女の子であることに変わりはない。アールが独断でついていかなければ一人で行動させるつもりだったのだろうか。
「ありがと。簡単よ。遠慮しなくていいからよ」
それだけでは不十分と、アールは首をかしげた。幼馴染がいない身としてはわからないことなのかもしれないが、どうにも釈然としない。
「エイラはこの時代の地形とか、全然だからね。マールはやっぱりお姫様で、グレンは…わかるでしょ?」
過去に宿敵として戦った仲ではあるが、魔王とグレンは仲が悪いわけではない。しかし、お互いに認められない部分もあるらしく、行動を共にするようになってからしばしば衝突することがあった。
クロノもクロノなりに気を使ったのだとわかって、のどにつっかえていたものが取れたようだ。
「なるほど。生命信号を確認。こちらです」
哺乳類。それも人に限定すればこの暗闇外にいる人間はそうはいない。検索をかけてすぐに反応があった。
ルッカの後ろを歩いていたアールが、前に出る。



後味から酷い悪夢だったのだと推測する。夢の中での出来事は記憶にない。思い出すことはしたくない。きっと悪夢だから。
脂汗をぬぐって、夢の中でも見た覚えのある闇に、まだ夢の中なのかもしれないと、不安になる。
再び、瞼を閉じれば、その夢から覚める気がして、魔王は瞼を閉じた。
「ジャキ?」
聞き覚えのない名前にハッとする。
「あ、いたいた。晩御飯よ」
濃い闇で近くにいてもアールのライトがないとどこなのか分からずにルッカは至近距離で名前を読んでいたことに気付いてやや照れた。
「ジャキ。ドウシマシタ?」
ルッカの呼びかけに顔は上げたが、それより先の反応はない。アールが近づく。
「…どうも、していない」
うつむいて、それだけ絞り出すように言った。
苦しくなって、声も出せない。なぜ苦しいのか、この感覚はあの時―、に似ている。
「あ、アンタ、まさか怪我とかしてんの?」
ルッカの気づかいの手を払って、その手に力はない。ルッカの不安が強くなり、力任せに魔王の腕をつかむ。
「やっぱり怪我してんでしょ?!どこ怪我したの?!」
反応がやや荒々しくなる。
「怪我などしていない!」
力ずくで逃げだすことはできただろうが、怪我をさせたくはないと。魔法を使うことは選択肢にいれずに、力の入らないままの手で払おうとした。
「だって、泣いてるじゃない!」
「なっ?!」
言われて、顔に触れる。泣いている、というほど涙はこぼれていないものの、確かに視界は涙に滲んでいる。
「あ、汗だ。恐い夢を見たんだ」
恐い夢を見たことは間違いではない。臆病者だと思われても、泣かれたと思われるよりもずっとましな気がした。
あの時―、古代に戻ることができて、サラを助けられると、一瞬の希望を見出した時のあの感覚。
嬉しい、けれど、苦しい。これは、また希望が一瞬で終わってしまうという虫の知らせなのか、
魔王は、胸の内で未来に不安を覚えた。
「本当?」
「本当だ」
ルッカは本当に心配そうだ。他人に対しての気遣いとしては度を超えているんじゃないかと、長らく人とかかわりのなかった魔王は思い、気まずくなって、視線はそれる。
「…じゃあ、行きましょうか。ジャキもおなかすいたでしょ?」
ルッカが納得しているようには見えないが、魔王の性格を少しは知っているつもりで、どんなに聞こうが返事は同じで、時間の無駄だと判断したらしい。
立ちあがって、アールを先に歩かせてルッカが歩み出す。
「…ジャキ?」
後ろからついてくる気配がないことにルッカが気をかける。
「…ありがとう」
小さくつぶやく。
誰にも聞こえなくていい。
些細なことなのだから。
夢の中のことは覚えていない。けれど、何かを渇望し、それが叶った気がした。
くだらないことだ。けれど、泣くほどに心に何か落としたのだと。
何かがわからないまま、けれど、それは、悪くないものだと思った。





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