静かな森の中で



 サルーインとの決戦を前に、グレイとクローディアは仲間達とローザリアに来ていた。今日はローザリアの宿に泊まり、明日にはサルーインとの最終決戦に赴く。仲間達はそれぞれ別行動をとっていた。グレイとクローディアはローザリアの街の中でも少し離れた、人気のない場所へ行った。そこは緑豊かな自然がある、小さな森だった。クローディアは人の多い場所は苦手なので、二人きりになるとグレイはいつもこのような場所へ移動した。
 暖かな太陽の光が木々の間から差し込む。気持ちのよいそよ風が吹き、草花を揺らす。小鳥の囀りが聞こえ、小動物があちこちを走り回っている。こういう場所に来るとクローディアは迷いの森を思い出す。しばらく動物達を呼び寄せて遊んでいた。そんなクローディアを穏やかな目で見つめるグレイ。

 護衛を引き受けたことがきっかけで共に旅をすることになった美女、クローディア。森で育った為、世間知らずなところがあるが、非常に優しい心を持つ。実はバファル帝国の皇女で、気品ある顔立ちをしている。上品さと無垢とたおやかさを合わせ持ったクローディアはグレイにとって放っておけない存在で、気がつけば強く惹かれていた。
 今までのグレイは人間関係を割り切ったところがあった。金銭や権力に媚びず、善悪にとらわれない。そんなグレイの心に強く焼きついたのがクローディアだった。彼女のことを考えると今まで通りに割り切ることができなくなる。サルーインとの戦いを終えたらクローディアは帝国の皇女になるのか、それとも――

クローディアを――離したくない――

 宮廷など決していい場所ではない。権謀術数が飛び交い、様々な人々の利害関係が絡み合い、クローディアを利用しようと近づいてくるだろう。しかしバファル皇帝はクローディアの唯一の肉親である。父親の元に行きたいと言われたら、グレイとしては何も言えない。帝国に戻るかどうかはクローディア自身が決めることだ。グレイは表立っては何も言わなかったが、心の中ではクローディアを引きとめておきたかった。一生、彼女と共にいたい。一生、大切に守り抜きたい。一生、クローディアを――愛したい。



 しばらく穏やかな時が過ぎると、クローディアはグレイのそばにやってきた。
「グレイ」
クローディアのグレイを見る目は、愛しい男を見る目であった。
「あなたが――好き――」
 そう言うと、クローディアはグレイに抱きついた。

 迷いの森から外に出て、共に旅することになったガイドのグレイ。旅慣れた彼は世間に疎いクローディアを何かと先導してくれた。いつも冷めた雰囲気の美男子。冒険により培われた強靭な肉体と剣の腕でどんな戦況も潜り抜けてきた。クールで頼れる男、グレイ。クローディアもまた、一緒にいるうちにグレイに強く惹かれていた。

 長閑な昼下がり、静かな森の中で二人の若い男女はしっかりと抱き合った。そこにあるのは自然の草花と動物達だけ。邪魔するものは誰もいない。
「あなたとこうしている時が一番幸せだわ、グレイ」
 グレイは愛しそうにクローディアの髪を撫でた。
「…私ね、時々考えるの。自分が帝国の皇女だと知ってから、お父様の元へ行くべきなのかって。お父様の方も私のことに気づいているみたいだし、たった一人の家族だもの。でも、人の多いところは苦手だわ。宮廷なんてもっと嫌よ。お父様のことと宮廷のこと、帝国に戻るべきかどうか、いつも気持ちが揺れて結論が出ないの」
「君の好きなようにすればいい。もし帝国に戻りたくないのなら、俺が一生、君を守ってみせる」
「グレイ、嬉しいわ……」
「君がいなくても帝国はなんとかやっていくさ」
「……そうね。お父様の妹のマチルダ様がいる。私よりよっぽど国のことがわかっているわ。それに、私がいきなり皇女として名乗りを上げても国民達は動揺すると思うの。前からずっと知っている皇族が帝位に就く方が自然だわ」
 クローディアは政治のことなど何も知らない。マチルダの方がよほど上手く国を治めるだろう。それにクローディアが皇女だと名乗りを上げても、偽者ではないかと疑う者も出てくるだろう。マチルダのことは、国民はずっと前から知っている。自分達が前々から知っている皇族が帝位に就くのならわかるが、今まで見たことも聞いたこともない人間がいきなり皇女を名乗り、帝位に就くと聞いても困惑するのではないか。クローディアはそう考えていた。

「ねえ、グレイ」

――いつまでも一緒に――
 惹かれ合う二人の男女。お互い相手を求め、しっかりと抱き合う。
「クローディア――君を――離さない」
 グレイはクローディアを力強くかき抱いた。例えクローディアが帝国に強制的に連れて行かれたとしても、かっさらうつもりだ。初めて、この女性を本気で愛したいと思った。柔らかな茶色の髪と優しいヘイゼルの瞳。白い肌になよやかな身体。どんなことがあっても守り抜いてみせる。
 クローディアもまた、うっとりとしてグレイの力強い腕に抱かれていた。グレイの逞しい肉体に触れているだけで安心する。こうして抱きしめられているだけでグレイの愛情が伝わってくる。いつも冷静な態度を崩さないグレイ。金銭や利害関係など現実的な意見を口にすることも多いグレイだが、クローディアにだけは利害関係などかなぐり捨てて、ひたすら愛情を注いでくる。それを感じるだけで、これ以上ない幸福感に満たされる。自分が愛する男。その男もまた、自分をひたむきに愛してくれるのだ。

 しばらく抱き合っていた二人は顔を上げて互いを見つめ合った。グレイの灰色の瞳とクローディアのヘイゼルの瞳がそれぞれ愛しい相手を映す。暫し見つめ合った後、二人は唇を重ねた。

 愛し合う男女は相手を求め、何度も何度も深いキスを交わす。二人だけの時間。二人だけの空間。そこにあるのはグレイとクローディア、二人だけの世界。
 グレイはクローディアを更に強く抱き寄せた。そして愛情のこもった激しいキスをする。この世にたった一人、愛する女性。誰よりも大切な存在。グレイの心にある激しい愛情が波打つ。愛しい女性への熱情でいっぱいになる。今この時だけは、グレイの心を支配しているのはクローディアへの愛のみ。
「クローディア――愛している――」
 クローディアを愛しいという想い、優しく大切に守り抜きたいという想い。真の愛がこれほどまでに激しい感情だとはグレイは知らなかった。

 クローディアは恍惚としてされるがままになっていた。力強く抱きしめられ、何度も熱い口づけをされる。グレイの熱情が伝わってくる。愛しい男性から激しい愛情を注がれる幸福感。今のクローディアは幸せの絶頂にあった。

――この人とずっと一緒にいたい――

 クローディアもまたグレイを愛していた。グレイの為ならどんな苦労も厭わない。自分ができることなら全てグレイの為に尽くしたい。グレイが自分を愛し、守り、支えてくれるようにクローディアもグレイを愛し、守り、支えたい。
クローディアが傷ついた時、グレイはいつもそばにいてくれた。優しく守ってくれた。グレイが傷ついた時はクローディアもそばにいて優しく傷を癒したい。これから先、どんなに苦しいことや悲しいことがあってもグレイと共に乗り越えていきたい。楽しいことも辛いことも一緒に分かち合いたい。

 クローディアもまた、誰よりも深くグレイを愛していた。

 二人は長い間、口づけを交わし合い、抱き合っていた。
二人だけの幸せなひと時。



 やがて、夕暮れになり、太陽は沈みかかっていた。
「――そろそろ、戻ろうか」
「そうね」
 グレイとクローディアは手を取り合うと、元のローザリアの街へ戻って行った。宿には仲間達が待っている。明日はとうとうサルーインとの最終決戦だ。
 グレイとクローディア。二人の愛し合う男女は仲間と共に世界の命運を賭けた戦いに臨む。希望の光に満ちた明るい未来を目指して――





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