帝国歴1XXX年。
新たな皇帝はネレイド族のアムピトリーテが選出された。
人魚の一種であるネレイド族が帝位に就くことにより、皇帝の間は大幅に改築されることになった。

「いいか、おまえ達、今度即位なさるのはネレイド族のアムピトリーテ様だ。よって、ちょうど古くなっていた皇帝陛下の謁見の間を大幅に改造する。陛下のお部屋も特別につくるのだ!人魚であるこの度の陛下が長時間陸に上がっているのはよろしくない。よって、まず、小さな水場を作り、陛下が普段は水につかっていられるようにするのだ。そして玉座は人魚らしく巨大な貝の口を割って、美しく飾り立てるのだ。そこに陛下に座っていただく。お部屋も水場は必須、尚且つ政務も何不自由なくできるようにして差し上げるのだ。わかったな!」

帝国の臣下達が必死に考えあぐねてひねり出した提案により、アムピトリーテ専用の皇帝の間、寝室が作られた。
そして皇帝継承が行なわれる。皇帝の間でアムピトリーテは頭を垂れ、神秘的な光がアムピトリーテに注がれる。

「たった今から私が皇帝です。力の限りを尽くします」
「陛下、私は側近のカメロンと申します。わからないことがあれば何なりとお聞き下さいませ」
「それではカメロン、何か情報は?」
「現在我が帝国領土内に特に問題は起こっておりません。陛下も即位されたばかりですし、まずは内政に力を注いで下さいませ」
「わかりました」

その後、新皇帝に仕える者達が次々と謁見の間に入ってきてはアムピトリーテに自己紹介をした。アムピトリーテは等身大の巨大な割れた貝殻に座り、自分の臣下達を出迎えた。そして政務にとりかかる。側近のカメロンが常に補佐してくれるのでありがたい。休憩時はアムピトリーテ専用に用意された水場で疲れをとり、休憩が終わると、アムピトリーテは再び政務に向かった。

「陛下、お食事の時間でございます」
「私は今までアクア湖で生活していました。注文しておいたお料理はできましたか?」
「はい!陛下、現在アクア湖にいる陛下と同族のナウシトエから湖魚をいただいております」
「ルドン高原は危険な場所。アクア湖まで取りに行った者達は無事ですか?」
「ご心配なく。陛下の為とあらば例え火の中水の中、どのような危険地帯へも行くという、忠誠心厚い配下の戦士達が取って参りました」
「それはまた随分と御苦労ですね。私からも労いの言葉をかけなければ」

間もなく、アクア湖から調達したという湖魚料理が運ばれてきた。コアユ料理にビワマス料理、セタシジミ料理にワカサギ料理。様々な湖魚料理が贅を尽くして並べてある。アムピトリーテはそれらを食べながら、危険を冒してルドン高原まで行ってきたという戦士達を呼び寄せた。

「陛下、これらの者達がルドン高原まで陛下のお召しになる食材を調達してきたのでございます。それでは皆の者、陛下に御挨拶を」
「帝国重装歩兵バイソンでございます」
「帝国軽装歩兵フランクリンと申します」
「帝国猟兵フリードリッヒといいます」
「フリーファイターユリシーズでございます」
「宮廷魔術師キグナスと申します」

「………まあ、皆男性ばかりではありませんか。カメロン、人でない私ですら帝位に就いているのです。人選は男女平等に行うべきですよ」
「虞ながら陛下、この者達は自ら志願した者達です。もちろん戦士の選出は男女平等で行っておりますが、この者達がどうしても是非やらせて欲しいと強く志願しましたので、ここは彼らの意志を尊重すべきだと思った所存でございます」
「まあ。………バイソン、フランクリン、フリードリッヒ、ユリシーズ、キグナス、私の為に危険なルドン高原まで向かい、食材を調達してきたこと、心から感謝していますよ」
「何を仰います、陛下!俺達は陛下の為なら命さえ投げ出したって構いません!」
「これ、ユリシーズ!」
「陛下!私共が調達してきた湖魚料理、ご満足いただけましたでしょうか?」
「これ、キグナス!」

すると、アムピトリーテはにっこりと笑った。

「もちろんですよ。あなた達の忠誠心はよくわかりました。これからも帝国の為、その力を役立てて下さい」
「陛下!もし戦士が必要な時には是非このユリシーズをお連れ下さい!」
「いえ、このフランクリンを!」
「いえ、このキグナスを!」
「いえ、このフリードリッヒを!」
「いえ、このバイソンを!前線に立ち、陛下をお守りします!」
「これこれ、おまえ達、陛下はお食事中だ。今日はこれにて下がりなさい」
「「「「「…はっ!」」」」」

5人の戦士達が退出すると、カメロンはため息をついた。

「全く、即位そうそう、たいそうな人気ですなあ、陛下」
「私に忠誠を誓ってくれているあの者達、心底から感謝しなければなりませんね」
「そうではありませんよ、陛下。いえ、もちろん陛下への臣下としての忠誠心はもちろんあるのですけれども」
「??どういうことです?」
「陛下はたいそうお美しゅうございます。彼らは陛下の美貌に惹かれております」
「私が…」
「はい、美女はこのアバロンにも大勢いますが、陛下の美貌はまた、非常にたぐい稀ですからなあ」
「…そのようなことは今まで考えたこともありませんでした」
「恋心が混じった忠誠心が行き過ぎて、一線を越えた行動を起こしてしまわぬよう、気をつけておかなければなりませんな。陛下もご自分の容姿が優れていることは脳中にとどめておいて下さいませ。以前と同じ過ちを繰り返してはなりませんからな」
「そうですね。わかりました」

1日の政務が終わり夜になると、アムピトリーテは湯あみをし、寝室でくつろいだ。寝室に用意された水場で下半身を水につかり泳がせながら、伝承法で受け継いだこれまでの皇帝達の記憶に想いをはせる。
ネレイド族であり、陸の上では自由に身動きができない自分がもどかしい。先帝スカイアなどはアバロンにいる時は毎朝翼をはためかせアバロンの城下町を飛んで回った。翼のあるイーリス族ならではの行いである。
そもそもネレイド族がバレンヌ帝国の一員となったきっかけは随分異例のことであった。

ロンギット海のマーメイドに恋した過去の男性皇帝の記憶――愛しの人魚に会う為に、人魚薬を手に入れる為、世界各地を回る皇帝。人魚薬を手に入れる旅は非常な危険を伴った。卵のカラを手に入れる為、凶悪なパイロヒドラと戦い、当時アクア湖にいたテティスからアクア湖の水を手に入れる為、はるばるサバンナのモール族を訪ね、壺に月の光を集め、月光のクシを作ってもらう。ネレイド族が帝国の一員となったのはその時がきっかけである。その後、当時の男性皇帝は手に入れた人魚薬で愛しのマーメイドに会いに行き、3度使ったらもう戻れないという忠告も聞かずに人生を人魚との恋で終わらせた。愚帝と批判する者もいるが、皇帝とて人である以上、恋の熱病に取り付かれることもあると、その男性皇帝の話は代々語り継がれていった。

アムピトリーテはその男性皇帝の記憶を脳中に彷徨わせながら、恋の病にかかった男とはかくも一途なのかと感心せずにはいられなかった。


アムピトリーテはしばらくの間、内政に力を注いだ。
ある日、武装商船団のマゼランが挨拶に来た。

「お初にお目にかかります陛下、武装商船団のリーダー、マゼランでございます。この度は陛下に是非召しあがっていただきたい海の幸を運んで参りました」
「海の幸…」
「陛下が淡水の人魚だということは承知の上です。しかし、ロンギットの自慢のエビ、カニ、アワビなどはいかがでしょう?陛下の為に特別に美味しいものを用意しました。是非ロンギットの海鮮料理をお召し上がりになって下さい」
「まあ、わざわざありがとう。そうですね、それではあなたが運んできたという海鮮料理も食べてみることにしましょう」

マゼランが持ってきた海の幸は宮殿の調理場で腕の良いシェフに調理され、アムピトリーテの御膳に上がった。

「まあ、とてもおいしいわ」
「陛下!お気に召して大変光栄でございます!」
「ありがとう、マゼラン。良かったらこれからも是非持ってきて下さい」
「も、もちろんです!陛下の為とあらば!」

端で見ていたカメロンはまたひとつため息をついた。

「陛下に魅せられた若者がまた1人増えてしまったな…」


それからマゼランは頻繁にアムピトリーテに会いに来るようになった。そのたびに必ず何らかの手土産を持ってくる。

「陛下!今日はロンギット海の浜辺で見つかった美しい貝を元に作られたネックレスをお持ち致しました!陛下に似合うと思います!」
「まあ、マゼラン、いつもありがとう」
「いえ!そ、それより陛下!もし戦士が必要となった場合には是非このマゼランをお連れ下さい!」
「そうですね。あなたからはいつも美味しい食べ物や宝石、アクセサリをもらってばかり。あなたの好意に私も応えなければなりませんね」
「そ、そんな!虞多い!俺は陛下に喜んでいただければそれで十分でございます!」
「でも…約束しますよ。遠征に出かける時は必ずあなたを仲間に加えます」
「あ、ありがとうございます!陛下!」


何かと口実をつけてアムピトリーテを一目でも見ようと必死になるマゼラン。それを見て懸念した側近のカメロンはマゼランに忠告する。

「マゼラン、陛下はネレイド族、それは重々承知の上なのであろうな?」
「もちろんです。でも憧れずにはいられません。陛下のお美しいことといったら!俺は陛下の為なら命を投げ出したって構いません!」
「全く、陛下が即位なされてからそなたと同じことを言う男共が増えて困っておる。そなたも一線を越えた振る舞いはせぬように、よいな」

マゼランの頭の中はアムピトリーテのことでいっぱいであった。美しい藤色の髪を長く伸ばして、貝殻に座ったアムピトリーテはこの上なく神秘的で、えもいわれぬ魅力がある。いつでも美しく穏やかな態度を崩さない。そして部下への感謝の気持ちを欠かさない立派な君主でもある。マゼランにとってアムピトリーテはひたすら憧れの対象であった。


それからまもなく、南ロンギットで嵐が起きた。アムピトリーテは武装商船団のマゼラン、帝国軽装歩兵のジュディ、宮廷魔術士のキグナス、サファイアを連れて遠征に出かけた。トバの酒場にいる海女の占いによると、原因はギャロンらしい。昔、武装商船団を乗っ取ったギャロンの船は海の主に沈められたそうだ。そして、そのギャロンの乗っていた船が沈没船となり、ギャロンの無念の思いが嵐を引き起こしているのではないかということであった。
かつて人魚に恋した男性皇帝が残した人魚薬を皆に飲ませ、アムピトリーテは船を出した。舵はマゼランがとっている。

「この辺りが嵐の中心ですね。皆の者、準備はいいですか?」
「もちろんです!陛下!」
「それでは行きますよ。皆、私に続いて海に飛び込みなさい。沈没船を目指します」

アムピトリーテは自分が人魚であり、皇帝でもあることで、先陣をきって嵐の海に飛び込んだ。その後から共につれてきた部下達が次々と飛び込む。

「うわっ!嵐で思うように泳げない!」
「くそっ!この武装商船団のマゼラン様ともあろう者が、なんのこれしき!」
「キグナス、サファイア、大丈夫ですか?さあ、私に捕まって」
「「も、申し訳ございません、陛下」」
「いいのですよ。私は人魚なのですから。マゼラン、ジュディ、あなた達も私からはぐれぬよう気をつけてついてきなさい。沈没船はもう目前です」
「「はい!陛下!」」

沈没船内はまやかしが多かった。先に進めるかと思いきや行き止まりだったり、生きた人間がいるかと思えば瞬時に骸骨と化し襲いかかってきたりした。アムピトリーテ達はそれらのアンデットモンスター達を倒しながら先に進んで行った。最深部には亡霊となったギャロンがいた。

「皇帝め…貴様のせいでこんな姿に…貴様も死にやがれ!」
「何だと!陛下には指一本触れさせねえ!」
「マゼラン!」
「陛下は下がっていて下さい!こんな死にぞこない、俺1人で十分です!」
「いえ、ギャロンはもはやアンデット。炎に弱いはずです。私とサファイアがファイアーボールを唱えるのでそれまでの時間稼ぎをして下さい」
「承知しました!陛下!」

亡霊となったギャロンはあっけなかった。特に苦戦もせず倒せた。水中から船に戻り、トバへ行くと、海女のナタリーが礼を言ってきた。

「沈没船の亡霊がいなくなって、嵐もおさまりました。何かお返しがしたいのですが、私はただの海女、皇帝陛下のお気に召すものなど何も持っておりません」
「いえ、その気持ちだけで十分ですよ」
「私のようなものでお役に立てることがあったら、何でも言いつけて下さい。ギャロンのバックには七英雄のスービエがついていたそうですね。スービエはナゼール海峡の向こう、氷海を根城にしているという噂です」
「そうですか。七英雄の情報、どうもありがとうございます。それでは皆の者、アバロンへ帰りますよ」

こうしてアムピトリーテは沈没船のギャロンを倒し、スービエに打撃を与えた。


「えーーーーっ!?陛下、スービエを倒しに行かないんですか?」
「はい。スービエはそのまま放置し、他の七英雄達を倒すことを優先します」
「せっかく氷海を根城にしてるってわかったのに!」
「スービエは以前海の主と合体するのに失敗しています。それに引き換え他の七英雄達はパワーアップしています。まだ倒していない残りの七英雄を倒すことが先決です」
「そ、そりゃそうですが、しかし…」
「それに考えても御覧なさい。氷海へスービエを倒しに行った場合、彼のセリフは何も用意されていないのですよ。海の主と合体するのに失敗し、未だ弱い形態のまま、尚且つゲーム中のセリフも一切無しとは、あまりにも不憫ではありませんか。どうせ弱いままなのです。最後まで残してセリフをしゃべる機会を与えてあげましょう」
「そ、そうですか。さすが陛下、慈悲深くていらっしゃる」



こうしてアムピトリーテは武器防具開発や合成術の開発に勤しみながら、内政に力を注ぎ、帝国の繁栄に貢献した。そして伝承法により、また次の皇帝へと力を受け継がせて行く…





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