エレンの告白



 世界に平和が戻った後も、エレンはハリードと旅をしていた。二人の出会いはゴドウィン男爵の反乱から始まる。あの反乱がなければ共に戦うことも、その後、一緒に旅をすることもなかった。エレンはそれまで恋愛には興味が無く、ひたすら腕っぷしの強さを発揮していた。村の腕相撲大会で優勝してしまったくらいである。そんな彼女はゴドウィン男爵の反乱を通じて一人の男と出会う。彼の名はハリード。まるで竜巻のような戦いぶりから『トルネード』という通り名でも呼ばれる。今は気ままに世界各地を旅しているが、元はゲッシア朝ナジュ王国の王族である。

 世間では猛将『トルネード』の名で有名な男であったが、そんなハリードと共に旅をすることになるとは思ってもみなかったエレンであった。ゴドウィン男爵の反乱の後、幼なじみ達は皆それぞれ自分の道を歩み始めた。妹のサラでさえも自立してしまい、喧嘩別れしてしまった。目的を見失ったエレンをハリードは強引に旅に連れて行った。それから世界各地を放浪し、旅の仲間も増え、最終的には世界を救うことになった。エレンが今まで会ったことのなかったタイプの強い男、ハリード。エレンは共に旅するうちに次第にハリードに惹かれていった。エレンは強い男が好きだった。そしてハリードは強い男だった。エレンとは段違いの強さを誇り、雑魚敵なら一撃で簡単に倒してしまう。強敵に対しても勇猛果敢に立ち向かう。実戦経験と人生経験の豊富さとで大人の余裕を感じさせる、頼れる男である。

 しかし共に旅をしている途中で知った、ファティーマ姫の存在。ハリードにとって最愛の姫。諸王の都の情報を得た時のハリードを見て、エレンは果たして自分が介入する余地はあるのだろうかと思った。結局ファティーマ姫は見つからず、世界に平和が戻った後も姫の消息はなかった。
 そして今日に至る。エレンは現在ハリードと二人旅をしている。以前共に旅をしていた仲間達とは別れた。特に何か話し合いをしたわけではない。別れる理由もなく行きがかり上そのまま一緒にいるのだ。エレンはいつまでもハリードと共にいたかった。ずっとハリードについていきたかった。しかし、一向に進展しない二人の仲に内心やきもきしていた。

 一体どうしたらいいだろう。エレンは恋をするのは初めてである。ハリードは果たして自分のことをどう思っているのか。ここは思い切ってハリードに告白してみよう。思いのたけぶつかってみよう。エレンは恋の駆け引きなどは全く知らない。ここは一つ小細工無しでいってみよう。
 思い立ったら即行動。エレンはその日の夜、ハリードが酒場から宿屋の部屋に戻るのを待った。

「ん? どうしたエレン? ここは俺の部屋だぞ」
「わかってるわよ。あなたと話があるの。さ、中に入りましょう!」
「おいおい、こんな夜中に男の部屋に入るってのか?」

 ちなみに彼らは二人旅をしているが、部屋は別々である。夜中に男の部屋に入る危険などものともせず、エレンはハリードを部屋の中に引っ張っていく。

「おい、エレン」
「言いたいことはわかってるわよ。別に何かあったってこっちは構やしないんだから!」

 ハリードはしばらくエレンを眺めた。

「…酔っているわけでもなさそうだな」

 ハリードは薄々用件を察しているようである。それでいて落ち着いている。相変わらず大人の余裕を感じさせる男である。十歳以上年上なのだから当然か。真夜中に好きな男と部屋で二人っきり。勝気な性格のエレンだが、いざとなると胸の鼓動が止まらない。ハリードはユリアンのような田舎の若者とは違う。人生経験も豊富だし、当然女性と一夜を共にしたこともあるだろう。それを考えると、男女の関係に関して未だ経験のないエレンはちょっと怖くなった。

「エレン、おまえともだいぶ長い付き合いになるな」
「え、ええ、そうね」

 しばらく沈黙。エレンは緊張してきた。胸の鼓動はおさまるどころか高鳴る一方である。思い切って用件を切り出す。

「ハリード、今日こそはっきりしてもらうわ!」

 ハリードは困ったような表情でエレンを見つめる。

「な、何よ、その目は!」
「…まずはおまえの話を聞こうか」

 エレンは思わず怯んだ。一呼吸置いて胸の内に秘めた想いを打ち明ける。

「ハリード、私はあなたのことが好きなの。あなたは今まで会ったどの男性とも違ったわ。強くて頼りがいがあって。私は強い男が好き。あなたの戦いぶりを見て、いつしか惹かれていったわ。私はこれからもずっとあなたと一緒にいたい。ずっとあなたについていきたい。でも、あなたの方は私のことをどう思ってるのかしら? ゴドウィン男爵の反乱の後、私を旅に連れ出したのはあなただったわね。あの時も今も、男女の二人旅なのに私達の間には何もない。ねえ、ハリード、私のことどう思ってるか聞かせて。ファティーマ姫のことはわかってるわ。それでも私は…。あなたの心の中に私の入る余地はあるのかしら?」

 ハリードは黙っている。思案に暮れているようだった。

「もうっ! だったら何であの時、私を強引にランスに連れて行ったのよ! 男のあんたが女の私を強引に旅に連れ出したのよ! しかも男女の二人旅よ二人旅! 一体どういうつもりだったのか、今日こそはっきりしてもらおうじゃない! もし私なんかなんとも思ってないっていうんなら………私、シノンへ帰るわ…」

 今までのハリードにとって愛する女性といえばファティーマ姫以外にあり得なかった。優しく美しい姫はハリードにとって最愛の女性であり、誰よりも大切な人であった。ひたすら姫だけを一途に愛していた。そんな中、ひょんなことから偶然出会ったのがエレンであった。優しくたおやかなファティーマ姫とは違ったタイプの、勝気で男勝りな女性。姫とは違った優しさを備えた女性。エレンの明るさはまるできらきら光る太陽のよう。エネルギッシュな生命力に満ち溢れ、ハリードと背中を合わせて敵に立ち向かう。そんなエレンにハリードはどこかしら興味を惹かれるところがあった。ゴドウィン男爵の反乱の後、シノンの四人組の中で一人だけ目標を見失っている状態だったエレンを強引に旅に連れ出したのも、放っておけなかったのだ。ずっとシノンで暮らしていた彼女に世界を見せてやりたかった。

 旅の途中で得た諸王の都の情報。ファティーマ姫がいるかもしれないという情報。本物のカムシーンは手に入ったが姫は見つからず。その後、サラを助け、世界を救っても姫はみつからなかった。そして今――

「エレン、おまえは元々農民出身だろう? そんなおまえは田舎の平和な暮らしが合ってるんじゃないのか? 誰か別の男と結婚して家庭を持ち、毎日畑を耕し、平和で長閑な日常を送る。その方がおまえにとって幸せな人生じゃないのか? それは俺の人生とは相反するものだ。俺は元ゲッシア朝の王族だし、今は流れ者だ。気の向くままに旅を続け、金を稼ぐ。そんな毎日だ。農民暮らしなんて到底できない。俺はおまえみたいな女を幸せにはしてやれない。時には無謀な稼ぎに出ることもある。旅で遭難するかもしれない。どこかで行倒れるかもしれない。いつどんな死に方をするかわからないんだぜ。そんな俺と一緒にいておまえは幸せか?」
「幸せよ!」

 エレンは即答した。

「旅なんて今までいくらでもしてきたじゃない。農民暮らしもいいけど旅暮らしもいいもんよ。ユリアンも、トーマスも、妹のサラも自分の道を歩み出したわ。私も自分の道を見つけなきゃ。私はハリードが好き! あなたと一緒に生きていきたいの。平和でささやかな幸せなんてなくてもいいの。波乱万丈の人生だって楽しいわ! 私、これからもずっとハリードと一緒に世界を旅して回りたい。あなたと一緒にいられるのが私にとって幸せなの!」
「そうか…」

 ハリードはしばらく黙っていた。宿屋の部屋に置いてあった酒を一気に飲み干す。そしてエレンの方を向いた。

「じゃあおまえはこれから俺の女だ」
「ほ、本当? でもファティーマ姫は?」
「姫はもういない。世界を救った後もあれだけ探したんだ。エレン、おまえの気持ちには前から気づいていたさ。だが応えていいものかずっと迷っていた。だがもう迷わない。今の俺にとってはおまえが一番大切な女だ」
「ハリード!」

 エレンはハリードに抱きついた。

 かくしてハリードとエレンは恋人同士になった。世界各地を転々とし、以前の旅の仲間に会ったり、未開の土地まで冒険しに行ったりすることもあった。あてのない旅。毎日が未知のものでいっぱいである。エレンは元々勝気で男勝りである。とにかく気が強い。日頃のやりとりで怒り出すことも珍しくなかった。しかしそんなエレンにハリードは年上の男の余裕で接する。時に女として急にしおらしくなることもあるエレンを、ハリードはとても大切にした。ファティーマ姫への純愛と比べると、歳の差があるからか、エレンをからかったり、怒ったのをなだめたりすることが多かった。毎日口喧嘩をしたり、夜は恋人として愛し合ったりしながら、彼らは今日も流浪の旅を続ける。



「ところでエレン、もし俺がナジュ王国を再建したら、おまえは王妃になるんだぞ」
「えええええええーーーーー!」

 エレンはあまりのことに大声を上げた。エレンは農民出身である。王妃なんて考えたこともない。それに…

「ハリード、祖国再建の夢、あきらめてないんだ」
「神王教団もこれからどうなっていくかわからんからな」

 エレンはハリードと一緒にいたいという気持ちだけで、そんなことまでは考えていなかった。

「どうした? 俺と一緒にいたいと言ったのはおまえの方だぞ。俺の女として一生俺について来い!」
「ちょっとちょっと! もう、本当にあんたって強引なんだから!」





ロマサガ3小説を書き始めた頃に参加した、ハリエレアンソロに投稿した、私の初のハリエレです。
実は具体的な話の内容を考えるのにものすごく苦労しました。
結果的に思ったより上手く書けたと自分で感じて嬉しかったです。
順番で行くと、このハリエレの次に書いたのがロマサガ3小説後半のハリエレみたいな感じになります。
私にとってハリエレは書きにくいカップリングらしく、書くのに毎回苦労するんですよね。



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