青少年の懊悩 05
審査員がようやくミゲルとディアッカに主導権を譲った頃。前方に位置する観客席に、さざ波が走った。いつの間にか、そこにニコルがいたからだ。
ニコルは、口元で人差し指を立てて同僚に静かにするよう合図すると、何やら辺りを見渡し始めた。
何かを探している風の彼の姿を見て、同じ訓練所の仲間たちは、一様に頬を染める。その中でも勇気のある一人が、彼に近づいていった。
「何か探しているのか」というその人物の問いに、ニコルは苦笑を返す。余談ではあるが、彼はすでにいつもの赤服を着ていた。
「ちょっと用事があるんですが。ラスティは…」
「ああ、あいつなら」
ほら、と指差す先を見れば、折り重なるようにして倒れこんでいる一団が目に入った。その上の方から、見慣れた赤い髪が覗いている。
「26番のメイド姿でああなっちまったんだ。他の数人は24番と25番のときだったが」
「不甲斐ない」
「え?」
ニコルの言葉は小さすぎて、彼の耳には聞き取れなかった。だが、不審に思う間もなく、ニコルのとろけるような笑顔に目を奪われる。
「何でもありませんよ。それより、連れて行っても良いでしょうかね」
「ラスティをか?良いんじゃないか」
目を奪われたまま、上の空でそう応対した。実際、倒れているラスティ一人連れて行ったところで、何の問題にもなりはしない。
ニコルは男の言葉を確認すると、頷いて踵を返そうとした。
「じゃあ…」
「っと、ちょっと待ってくれ…!」
慌てて男が引き止める。
「はい?」
何を呼び止めることがあるのだろう。不思議に思って見返せば、耳まで真っ赤に染めた男の顔と正面から向かい合った。
嫌な予感がする。
「ええと、その…今度良かったら、一緒に食事でも行かないか?」
やっぱり。
ニコルは大仰に溜息を吐き、肩を落とした。その反応に、男が傷ついたような顔をする。
ちょっと悪いことをしたかな、と思い、ニコルは苦笑した。
いや、笑い事ではない。彼は頭の中で、素早く計算を巡らせた。
自分に対するアプローチがあるくらいだ。きっとアスランも、同様に誘われるはずだ。そしてまた彼のこと、断りきれずに承諾してしまうに違いない。
それは、まずい。
「良いですよ」
心とは裏腹に笑顔で答えながら、ニコルは、小首をかしげて見せた。その仕草が男の目にどう映るかは、計算済みだ。
案の定、男は嬉しそうに頬を染めている。
「本当か?」
身を乗り出すようにして、約束を確認する。その顔は、歓喜に満ちていた。
それを涼しい顔で受け止めながら、ニコルは、念を押すのを忘れなかった。いや、むしろこのために承諾したと言えるのだから。
「ええ。ただし、条件があります」
これもまた案の定、男は、何でも言ってくれ、と言わんばかりに頷いた。
水の中から聞いているような心地がする。薄く張った膜の向こうから、聞こえてくるような、そういった感じ。
自分はきっと眠っているんだ。だから、これほどまでに、遠い。
「…いつまで反対しているつもりだ!」
「俺は…」
「ここまで来たら、腹を括れ!」
争う声が聞こえてきて、急速に意識が浮上した。頭がだるい。だが、声の主二人が誰かということに気づけば、そんなことも言っていられない。
目を開ければ、やはり、そこにはアスランとイザークの姿。二人とも、すでにいつもの赤服に着替えていた。
自分の周りを確認してみると、ソファーの上に寝かされていたのだと分かる。どうやらここは、控え室のようだ。
「あ、ラスティ。気がつきましたか」
横合いから声をかけられて、そちらに目を向ければ、柔らかな面差しの少年。ニコルだ。
ラスティは、まだ霞む頭をどうにか振って、思考にかかる靄を振り払おうとした。それを見て、イザークが眉間にしわを寄せる。
「倒れるとは、軟弱なやつだ」
「お前に言われたくないんだけど…」
ぼそりと呟いた言葉は、ただの独り言だった。彼に聞かせるつもりなど、毛頭なかった。厄介ごとはごめんだ。
だがイザークは、耳ざとく聞きとがめて、眦を険しくする。
「何だと!」
「いえ、何でもありません」
般若のような形相に、即座に両手を挙げて首を振るラスティ。
それを横から、またニコルが見ていた。その瞳が、自分のことを情けないと言っているような気がして、ラスティは、今日何度目かの溜息を吐いた。
「で、お前ら、何を揉めてたんだ?」
話題を変えようと、イザークとアスランに視線を向ける。二人は、互いに目を見合わせて、複雑な顔をした。酢を飲んだような顔、とでも言おうか。ラスティの質問にどう答えるべきか迷っているようだ。
だが、二人ではない別の柔らかな声が、誰よりも先に答えを返した。
「実は、ラスティに手伝って欲しいことがあるんです。そのことで…」
すまなそうに上目遣いで見詰めてくるのが、逆に怖い。一体何を頼まれるのかと、ラスティは、人の良い笑顔を浮かべつつもその口元を引きつらせた。
それを見て、アスランが難しげに眉根を寄せる。
「俺は…何度も言うようだけど、反対だ」
やり切れなさを耐えるようなその口調に、気まずい雰囲気が漂う。どうやら、ニコルとイザークが何かを画策し、それにアスランが否を唱えているようだ。
内容は分からぬまでも、不穏なものを感じて、ラスティの顔がさらに引きつっていく。
その彼の目の前で、ニコルがそっとアスランに近づいて、彼の手を取った。
「アスラン、目には目を…って言うでしょう?」
小首をかしげて、可愛らしく同意を求める。
アスランは、しかし少しは心を動かされたようではあるが、結局首を縦には振らなかった。それを見て、イザークが口の端を吊り上げる。
「イヤならお前はやらなくてもいいぞ。エース殿は臆病者ってな」
せせら笑うようなその言葉に、アスランの眉が微かに震えた。
「何だと?」
引っかかった。
イザークは片頬を上げて、見下すようにアスランを見やる。
「もう一度言ってやろうか?お前は臆病者なんだよ」
「イザーク、お前…!」
アスランが歯を噛み締めながら、掴み掛からんばかりの形相になる。イザークを睨みつけるその目は、屈辱に燃えていた。
「ああ、わかったよ、やってやろうじゃないか!」
そう、啖呵を切る。
「ふん!せいぜい、奴らに逃げられないように頑張るんだな」
「そっちこそ!」
イザークとアスランの間で、火花が散った、気がした。
ラスティは、訳が分からぬまでも、何やら大変なことになっているということだけは理解した。ごくりと唾を飲み込み、三人を見やる。
「あの…で、何の話なわけ?」
そこでようやく、三人の口から計画が聞かされた。
観客席も落ち着きを取り戻し、舞台は完全にミゲルたちの手の中に戻っていた。ディアッカもイザークを控え室に運び終わり、すでにこの場に帰ってきている。すべては順調、そう見えた。
ミゲルは、滔々と説明を続け、自分が立てた計画がほぼ完璧に成功しつつある事実に酔っていた。すぐ近くで彼の説明に合いの手を入れているディアッカも、それは同様である。
だが。
「それでは、審査に移ります。まずは」
「まずはお手元のカードを御覧ください」
ミゲルが上機嫌で説明を続けようとしたそのとき、突然そのセリフの続きを第三者が奪い取った。
目をむいて恐る恐る振り返れば、そこには参加者の女性たち。声でわかってはいたものの、目にしてその異常にまた驚く。
彼女たちは、ミゲルやディアッカ同様、白いタキシードを着ていた。
「え…ちょっと、待てよ!お前らの出番は…」
慌ててミゲルが待ったをかける。だが、無常にも彼のマイクの電源は、すでに切れていた。
女性たちは、何事もなかったかのように説明を続ける。
「会場に入る際に手渡されたと思いますが、このカードには、番号を書く欄が三つあります。順不同で構いませんので、ミス・ザフトに相応しい女性の番号をご記入ください」
「なお、一人に二票、三票と投じたい場合には、同じ番号を三つお書きください」
二十名以上の女性による説明に、観客は何の疑問も感じていないようだ。これも演出の一つと思っているらしい。
だが、舞台の上の男二人には、演出などではないことは分かりきっていた。
「ミゲル、これ、どういうことだよ!」
ディアッカが、必死にミゲルの袖を掴む。
しかし、ミゲルとて、何が起きているのか把握できてはいなかった。ただ明白なのは、舞台の主導権を女性たちに奪われたというその事実だけ。
「観客の皆様の票は、一票につき一点、審査員の方々の票は、三十点として換算します」
「書きあがったカードは、係の者が集めに参ります。それでは、お書きください」
巧みに説明を続けながら、女性たちはミゲルとディアッカを舞台袖へと押しやっていく。いくら精鋭部隊として名を馳せている彼らでも、女性相手に手荒なまねは出来ない。押されるままに、舞台袖へと退場した。
一体どうなっているのか。
何度目かのセリフを頭の中で反芻していると、ふと、視界に影が移った。それを見て、二人はぎくりと身を竦ませる。
まさか。いや、しかし、やっぱり…。
引きつった顔で二人が目を上げた先、舞台袖の薄暗い中に、四人の少年たちが立っていた。
「おい!何のつもりだよ、これは」
控え室にミゲルの怒声が響く。
冗談じゃない、と叫ぶ彼に、ニコルが天使のような笑顔を向けた。
「何のつもりも何も、あなた方に責任を取ってもらおうと思いまして」
「責任?」
「ええ。僕たちだけが女装するのでは、不公平でしょう?」
そう言いながら、勢い良く腕を伸ばし、ディアッカの肩を床に押さえつけた。
不意打ち。普段ならニコルにそう易々と押さえつけられる彼ではなかったが、一瞬の出来事に咄嗟に反応できなかった。ようやく抵抗を始めた頃には、すでにしっかりと体を固定された後だった。
ニコルが行動を起こすと同時に、ミゲルもラスティによって押さえつけられていた。こちらも反応するより先に、身動きできないところまで追い詰められている。
正規の訓練を受けているだけあって、一度技で固められると、なかなか抜け出すことは出来ない。ディアッカは抵抗を諦めて、苦しい体勢ではあるが、自分を後ろ手に押さえつけているニコルへと視線を戻した。
「お前…それって、まさか…」
「ふん!貴様らの立てた企画だ。楽しいだろう?」
底意地が悪そうな笑みを浮かべながら、イザークが彼の服に手を伸ばす。そのすぐ横で、ミゲルはラスティの手から逃れようと、必死に体を捩っていた。
「ちょっ…冗談だろう!ラスティ」
「ごめん、今回ばかりは、ちょっと…」
ちらり、とニコルを見るラスティの視線に、彼もまた脅されていることを知る。「協力しないと、女装させるぞ」くらいのことを言われているのかも知れない。
最後の頼み、とばかりに、二人はアスランの顔を伺い見る。ラスティを除く三人の中では、彼が一番こういったことに難色を示すはずだからだ。しかし、彼らの期待は、次の瞬間無残にも打ち砕かれた。
「すまない、ミゲル、ディアッカ…」
心からすまなそうに謝るアスランの言葉を聞きながら、二人は、頭が真っ白になっていくのを感じた。
白タキシード姿の女性たちが支配する舞台上。
観客たちは、いなくなった司会者二人には何の違和感も感じることなく、黙々と投票作業に取り組んでいた。
「皆さま、投票はお済みでしょうか」
粗方の票が出揃ったと見て、司会役の女性が確認する。
票を回収に回っていた女性たちから合図を受けて、彼女は大きく右腕を振り上げた。
「それでは、開票作業に入りたいと思います!」
勢い良く宣言する女性の声に続いて、もう一人の司会が、胸を大きく張り、舞台袖を指し示した。
「開票には五分ほど掛かります。それまでの間、有志による出し物をお楽しみください」
黒いタキシードを着込んだ数人の女性が、銀色のカートを押しながら現れる。観客から、歓声が湧いた。
女性たちによるマジックショーを舞台袖から眺め、アスランは重々しい溜息を吐いた。
「いよいよか…」
それを受けて、イザークが鬱陶しげに舌打ちする。
「これで、この馬鹿騒ぎにも終止符を打てるわけだな」
「いいえ、まだ残っていますよ」
まだ。
自分の声に被せるように、否定の言葉を発するニコル。いつもなら腹立たしく感じるが、今日に限ってはそうではない。むしろ、愉快だった。
イザークは片眉を上げて、ニコルと目を合わせ、微笑みあった。
それを横目に見ながら、また、一つ重い溜息。アスランの胸中は、鉛でも詰まっているかのように重かった。今更後には引けないが、やはり二人に申し訳ないと思う。
微笑みあい、また溜息を吐く彼らをよそに、舞台上ではマジックショーが終わりを告げた。
「それでは、票が出揃いましたので、結果発表に移りたいとお思います」
「発表は上位三名までとさせていただきます。まずは三位から…」
司会役の女性が、アシスタントから受け取った紙をゆっくりと開く。
重々しい沈黙。雰囲気を盛り上げるための銅鑼の音だけが、響き渡っていた。
観客が固唾を呑んで見守る中、ついに司会が口を開いた。
「二十五番、イザーク・ジュールさんです!」
途端、観客から大きな歓声が上がる。
「ふん」
あれほど文句を言っていたイザークだが、自分が三位だとわかると、不満げに鼻を鳴らした。負けず嫌いだけに、どのようなイベントであっても、一番でないと気が済まないらしい。
不機嫌な顔を隠さぬまま、彼は舞台の上へと歩を進める。女性たちがそれを笑顔で迎えた。
「おめでとうございます、イザーク・ジュールさん」
ちなみに彼の服装は、前半の部で着ていた緑の軍服だった。念のためにと、舞台袖に来る前に、もう一度赤服から着替えておいたのだ。
「それでは、第二位の発表です!」
流れるように腕を広げ、司会は場を沈める。イザークの登場に沸いた観客たちも心得たもので、すぐに口をつぐんだ。また、会場に銅鑼の音だけが響き渡った。
「二位、二十六番、アスラン・ザラさん!」
先ほど同様、勢い良く宣言すると、司会の女性は舞台袖に腕を向けた。観客の視線の集まる先、顔を青くしているのはアスランだ。
「う、嘘…」
まさか自分が選ばれるとは思っていなかった。
呆然としたまま、アスランは招かれるままに舞台上へと歩を進める。いや、実際はそうしようとしても、足が震えて進まなかった。
まさか。
女装していたとは言っても、自分は男だ。ニコルやイザークは似合っていたが、自分はニコルのように可愛くも、イザークのように繊細な顔立ちをしてもいない。
そう思い込んでいるアスランにとって、イザークよりも票を取ったということ、むしろ表彰されるということすらが、混乱を招く材料にしかならない。
一向に動こうとしない彼に痺れを切らし、イザークは小さく舌打ちすると、つかつかと彼のもとへ足を向け、その腕を掴み上げた。引きずるようにアスランを誘導するその顔は、苛立っているが、赤い。
「…アスランが二位ということは、まさか…」
誤魔化すようにぶつぶつと呟いた言葉は、やはり的中した。
「そして第一位は…!」
今まで以上に重々しく、銅鑼が響き渡る。
司会の女性が、さも楽しそうに高らかと右手を上げた。
「二十四番、ニコル・アマルフィさんです!」
「やっぱり…」
イザークのうんざりした声を聞いて、それまでずっと俯いていたアスランが、そろそろと顔を上げた。大勢の歓声を受け、スポットライトを浴びながらこちらに歩いてくるニコルと目が合う。ニコルは彼の不安げな顔に、勇気付けるようににっこりと微笑みかけた。それを見て、少しだけ心が軽くなったかのように、アスランは詰めていた息を吐き出した。
そのニコルの笑みを、自分に対するものと勘違いした観客から、野太い声が上がる。
「うおお!ニコルちゃーん!」
ニコルは軽く手を振って、愛想を振りまいていた。アイドルも顔負けだ。
すると、競うように四方から声が上がりだした。
「ニコルー!愛してるー!」
「アスランちゃーん!こっち向いて!」
「イザーク様!」
なぜイザークだけ様なのか。アスランは、なるべくそのことは考えないようにしていた。舞台の中央で司会役の女性からの質問を受けているニコルへと意識を集中する。
「いかがですか、ミス・ザフトに選ばれた気分は」
「とても光栄です。ご声援を頂いた皆さまに、感謝しています。ありがとうございました」
にっこり微笑んで手を振るニコル。小首を傾げるその姿も、様になっている。
「実は、感謝の意味も込めて、面白い趣向をご用意しました」
どうぞ、と手を振り上げて、ニコルが舞台袖を指し示した。
自然、人々の目はそちらに向く。
「あ、あれは…」
「うわ…」
現れたのは、豪奢なドレスに身を包んだ二人の女性…ではなかった。
会場のそこここから、蛙を押しつぶしたような悲鳴が上がる。
そう、それは、先ほどまで司会をしていた、ミゲルとディアッカの二人だった。彼らは両脇を数人の女性に固められ、仏頂面で舞台の中央、ニコルの元へと向かう。
「ふん」
「すまない、二人とも…」
目の前を通り過ぎる二人の姿を、イザークは鼻で笑った。それとは対照的に、アスランはすまなそうに項垂れている。
「くそ…っ!まさかこんなことになるだなんて…」
ミゲルはニコルを睨み付けながら、床にそう吐き捨てた。
「あーもう俺は諦めた。どうにでもなれ…」
一方でディアッカは、早々に諦めの境地に達していた。
二人とも顔は良い部類に入るが、女装には無理があった。また、それぞれ似合う服を着ていれば、まだ見れたのかもしれないが、女性陣が選んだ服は、お世辞にも彼らに似合っているとは言えなかった。ミゲルには、可愛らしいフリルのついた桃色のドレス。ディアッカには、清楚なレースに彩られた純白のドレス。どちらも良い品だったが、それだけに身に纏った姿は滑稽さを増していた。
もちろん、このコーディネートは嫌がらせだ。ニコルは、そのところも良く女性たちに言い含めておいた。
「では、お二人をご紹介します」
こうして、復讐が始まった。
だが結局、ミゲルとディアッカは簡単な紹介の後、すぐに放免された。観客の雰囲気が澱んできたからだ。
二人が退場し、会場にはどこか疲れた雰囲気が充満していた。それを癒すかのように、羽のように軽い柔らかな声が、マイクを通して広がっていく。審査員席が大きく映し出されたスクリーンの中、総評を述べているのは、ラクスだ。
「上位三名は接戦だったようですが、どうやら、婚約者とお姫様だっこが効いたようですわ」
実に残念そうに述べながら、ラクスの目が遠くを見るように眇められる。彼女の脳裏には、「婚約者」と口にしたときのアスランのメイド姿、そしてついでにディアッカに抱き上げられ運ばれていく婦警姿のイザークの様子が、ありありと浮かんでいた。
彼女の隣では、不満げな顔をしたパトリック、エザリア、そして満面の笑みを浮かべたユーリが、意外にも大人しくその声に耳を傾けている。口をつぐんでいないと、不満と喜びが漏れ出してきそうなのかも知れない。
「それで、僅差でニコルさまに決まったのです」
うっとりと溜息をつきながら、ラクスが頬に手を当てる。
アスランは舞台の上からそれを見て、何だか背筋が寒くなってしまった。気温は快適なはずなのに、悪寒がするのはどうしてだろう。
それは、イザークも同様だった。ただニコルだけが、満足げに微笑んでいる。
「貴様、いやにご満悦だな。ミス・ザフトになれて嬉しいのか」
腰抜けめ、とイザークは揶揄するように目を眇めた。
だが、ニコルは全く動じることなくそれに対峙する。
「当然じゃないですか。これで、アスランに近づく輩の目を、少しでも逸らすことが出来たんですから」
微笑むその目は、真剣だ。
イザークは思わず絶句した。
「アスランに注目を集めないようにするには、自分に目を向けさせるのが一番効率的なんですよ」
そんなイザークを知ってか知らずか、ニコルは滔々と語り続ける。
ラクスのとき同様、イザークの背を悪寒が駆け上がった。
「敵は少ないほうが良いでしょう?」
その目は、イザークを切るように見据えていたと言う。
彼らの思いをよそに、ミス・ザフト・コンクールは、盛況のうちに幕を閉じた。