カランドリエ・ドゥ・ラヴァン
12-11
十二月十一日。クレヨン、粘土ときて、次は何が待っているのか。昨夜アスランを寝かしつけた後、再度パトリックと連絡を取ったレノアは、その正体を知っていた。そして、怒っていた。
「だいたい、五日単位で同じものを贈るという時点で、怠慢だわ。アドベント・カレンダーは、今日何が入っているのかって想像するのを楽しむものでしょう。四日間同じものじゃ、楽しみも半減されるじゃないですか」
レノアの抗議を、パトリックは、ただ黙って聞いていた。
「その上、入っているものが、クレヨンに粘土。手紙にしたって、もっと何とかって内容にできるでしょう。あんな定型文のような文章じゃなくって…え?何?クレヨンに粘土じゃだめかって?だめに決まってるじゃないですか」
電話の向こうの夫に、レノアは、喧々囂々とまくし立てた。パトリックは、はっきりした返答を差し挟むこともできずに大人しくしていたが、妻の詰問がこれから先のアドベント・カレンダーの中身へ及ぶに、それまでとは一線を画し、ぴたりと何も言わなくなった。それは、不自然なほどだった。
もちろん、そのことに気づかぬレノアではない。
「…いったい、何を入れたんですか」
押し殺したように平坦な声が、怖い。それに恐れをなしたのだろうか、しばらくして、パトリックは、彼らしくもなく小さな声で、その内容を口にした。
「ははうえ、あけてもいいですか?」
急に現実に引き戻されたレノアは、自分の置かれている状況が把握できず、その目を瞬かせた。しかし、息子の声を追って、今まさに当日の窓を開けようとしているところだと気づき、居住まいを正す。昨夜のパトリックとの会話を回想している場合ではなかった。窓の中に入っているものを思うと怒りがこみ上げてきたが、あえてそれには蓋をする。アスランの前で取り乱すことは避けたかった。
レノアの準備ができたのを見て、アスランは窓に手を掛けた。中から出てきたものを見て、彼の瞳が丸く見開かれる。
それは、一つの赤い積み木だった。
12-12
十二月十二日。今日もキラの家に泊まることになっていたアスランは、朝食の席で封を切った。中から出てきたのは、もう確認するまでもないことだったが、黄色の積み木だった。
「よかった」
「よかった?」
なぜか安堵したように吐息をついた息子に、レノアは小首を傾げた。
「はい。だって、きのうのぶんだけじゃ、あそべないから」
なるほど、確かに積み木は、一つだけでは遊べない。アスランの言葉に納得したレノアだったが、やはり何だか釈然としなかった。こう言っては何だが、パトリックのプレゼントに関するセンスは、悪い。今時、積み木などで喜ぶ子供はほとんどいないだろう。だからこそレノアは、一昨日パトリックを叱りつけたのだから。なのにアスランは、さも嬉しそうに笑っている。
しかし、そのアスランの笑顔を見るにつけ、レノアの不満も徐々にではあるが溶けていった。今時だとか、普通だとか、そのようなことは、どうでも良いのだ。アスランが喜べば、それで良い。
こちらも負けていられないと、レノアは自分の頬を叩いた。
12-13
「だいじょうぶですか、ははうえ」
十二月十三日。レノアは寝不足のまま仕事に向かった。その上での長時間に渡る労働。好きで行っている研究とはいえ、それは、彼女を確実に消耗させた。
「大丈夫よ、ちょっと疲れただけなの」
家に帰って来て、いつも通りキスを交わそうと、腰をかがめたところで眩暈がした。アスランが酷く心配げに見上げてきたが、レノアは、それを笑顔でやり過ごした。なぜそれほどまでに疲れているのかと、そう聞かれないように注意して。
「そんなことより、今日は何が入っているかしらね」
どうせ積み木だと分かっていながら、あえてそう口にする。もの言いたげなアスランを連れて居間へと移動し、いつも通りに箱を開けさせた。中から出てきたのはやはり青い積み木だったが、アスランは、それを見てようやく笑顔を浮かべた。
だが、それもすぐ曇る。昨日から顔を合わせずにいた母親が、体調を崩している様子なのだ。心配のあまり笑顔が力ないものになるのも、仕方のないことだった。
「大丈夫よ、アスラン、そんな顔しないで」
大丈夫と繰り返す母を見つめながら、アスランは、積み木を胸元へ引き寄せた。
12-14
十二月十四日。その朝、いつも通りの時間に待ち合わせ場所に現れたアスランは、いつになく気落ちしている様子だった。視線は足元にさまよい、眉間には薄く皺が寄っている。それを見たキラは、訳が分からず目を瞬かせた。
「アスラン、なにかあったの?」
「べつになにも…」
「そう?」
一応納得した素振りを見せたものの、キラは、いまだにアスランが気になっているのか、彼に気づかれないよう、横目でその様子を盗み見した。近頃アスランは、ぼんやりとしていることが多い。何もないところで突然思い出し笑いをしたり、話しかけてもどこか上の空であったり。どうやら、先日泊まりに行ったときに見せてくれた、父親からのプレゼントがその原因らしいが、アスランが自分といるときに他の人間のことを考えているかと思うと、アスランの父親だと知っていても、まだ見ぬその人物に、恨みがましい思いを抱かずにはいられなかった。もちろん、アスランが嬉しそうにしていることは、見ていてこちらも嬉しいと思える。だが、こればかりは仕方がなかった。
仲良しの友達を取られたら、誰だって寂しい。アスランには、僕だけでいいのに。
「ねえ、アスラン。今日、アスランの家に行って良い?」
「いいけど…ははうえはいないし…」
「おばさんが帰ってくるまで、アスラン一人でしょ?僕が一緒にいてあげる」
「なんだか、おんきせがましいな」
不満げな溜め息をついたが、アスランは否とは言わなかった。キラはその場で母親に連絡を取り、夜までアスランの家にいる旨を話し、帰りに母親が迎えに来てくれるよう約束を取り付けた。
放課後、二人はすぐにアスランの家へ向かった。アスランの家は、キラの家とは違いゲームの類はあまり置いていなかったが、二人は互いと共にいるだけで、充分楽しさを感じることができた。そうしていると時間はあっという間に過ぎ、二人で風呂に入っているうちに、レノアが帰ってきた。
「ははうえ、ごめんなさい」
風呂に入っていて出迎えられなかったことをアスランは謝ったが、レノアは逆に、そのことを喜んでいた。無邪気に遊びに夢中になっている息子を見ると、安心できる。いつも自分たち両親のために、大人しい子でいるアスランを、レノアは案じていた。
「さあ、良いから、開けましょう。キラ君も一緒に」
レノアの微笑みに促され、アスランはキラと共に箱の前へ行き、その窓に手を掛けた。中から出てきたのは、確認するまでもなく、一つの白い積み木だった。
12-15
「ま、分かっていた結果ではあったわね」
十二月十五日。アスランの手の中の紙切れを半眼で見下ろしながら、レノアは鼻先で溜め息を吐いた。手紙というよりは書類といった趣のその紙面には、次のように書かれていた。
「親愛なるアスラン、元気だろうか。私は元気にやっている。
これをお前が読んでいるのは、予定からすれば十二月十五日だろう。もう半分を過ぎたところで、開いている窓のほうが多くなっていることだと思う。十一日から十四日までの窓の中には、積み木を入れておいた。これには、次のような理由がある。
以前贈った粘土は、空間の中に自分の好きなように世界をつくることができるが、積み木は、すでに形の決まったものを利用して世界をつくらねばならない。柔らかいものと固いものの違い、創造性の新たな段階だ。私はお前に、創造力のある、素晴らしい人間になって欲しいと思っている。だから、積み木を送った。
それでは、次に会うときを楽しみにしている」
レノアは変わり映えのしないその文面を見て呆れ返った様子を見せたが、アスランは違った。その息子の表情を見てまた、レノアは溜め息を吐いた。何だか複雑な気持ちだ。アスランが喜んでいることは嬉しい。パトリックの不器用なことろも、アスランの素直なところも、自分は愛しく思っている。それでも、労せずして息子の心を占めている夫を考えると、腹の底がむず痒く、面白くない。そう、それは嫉妬だった。
レノアは、嬉しそうなアスランの頬を突付いて、もう一度溜め息を吐いた。唐突な母の行動に、アスランは目を丸くしたが、その視線を受けても、レノアは薄く笑うだけだった。彼女の脳裏には、昨夜アスランがプレゼントを開けたときの、キラのもどかしげな様子が浮かんでいた。彼もきっと、自分と同じような気持ちだったのだろう、と。
本当に、アドベント・カレンダーとは、よく考えたものだ。これならパトリックは、毎日アスランを独り占めにできる。少なくともその窓を開ける瞬間、アスランの頭は、父のことで一杯になる。
「どうしたのですか、ははうえ」
「何でもないわ。ちょっと、パトリックが羨ましくなったのよ」
「うらやましい?」
そう、羨ましい。しかし、自分はアスランと共にあり、その成長を間近で見届けられるのだ。そう考えると、これくらいのことは仕方がないかとも思えてくる。
「ねえ、アスラン、キスしてくれるかしら」
脈絡のない母の言葉に、アスランは小首を傾げたが、すぐにその頬にキスを送った。それを受けながら、レノアは思う。少なくとも、パトリックはアスランからキスを受けることはできない。とりあえずその点だけでも、自分のほうが幸せなのだ、と。
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十一日目終了。レノアママ最強(2004-12-11)。
十二日目終了。短いなー。昨日アスランが目を丸くしたのは、積み木じゃ、一つでは遊べないからです。クレヨンや粘土なら遊べるけどね(2004-12-12)。
十三日目終了。レノアママも元気のない日はあるだろう、ということで。母一人子一人だと(正しくは父親いますが)、互いの体調や心理状態が、ダイレクトに相手に影響しそうですよね(2004-12-13)。
十四日目終了。キラって嫉妬深いと思う(2004-12-14)。
十五日目終了。こんな理由でした。ママだってヤキモチ焼くのよ、って話(2004-12-15)。