カランドリエ・ドゥ・ラヴァン
12-06
「へえ、これがアドベント・カレンダー」
十二月六日。この日は、先日来の予定通り、キラがアスランの家に泊まりに来ていた。普段はアスランばかりが泊めて貰っているため、たまには、という運びになったのだ。
「さっそく開けてみてよ」
「ああ」
昨日までよりもさらに嬉しそうなアスランに、レノアの口もとは、自然にほころんだ。普段パトリックとの接触が少ないため、キラの家の親子関係を羨ましく感じているアスランにとっては、今回のことは、どこか誇らしささえも感じさせるものだった。キラに対し、自分の父との絆を示したいという、子供らしいいじらしさがそこにはあった。
「何、これ」
頓狂なキラの声に、レノアは食後の茶を用意する手を止めた。目を向ければ、居間の片隅で、キラがアスランの手元を覗き込んでいる。その手の中には、赤い直方体が収まっていた。
「また、赤なの」
レノアの口から、呆れを隠せない嘆息が漏れる。
それは、一塊の赤い粘土だった。
12-07
十二月七日。レノアは、パトリックに連絡を入れようか入れまいか迷っていた。仕事からの帰り、家まであと数歩というところで、右手に提げた紙袋を持ち直し、立ち止まった。難しい顔で口に手を当て、玄関の扉をにらみつけていたが、しばらくすると、一つ大きく息を吐いて、大またに足を踏み出した。何歩も行かないうちに玄関にたどり着き、レノアは、そのまま呼吸をおかず扉を開けた。
「ただいま」
悩んでいても仕方がない、今日の結果を見て決めれば良いことだと笑い飛ばしながら、駆けてくるアスランを迎えた。
「おかえりなさい、ははうえ」
「はい、ただいま」
「ははうえ、それ、なんですか?」
重そうな音を立てて廊下に下ろされた紙袋を見て、アスランの目が丸くなった。
「ああ、これ。ちょっと衝動買いしちゃったのよ」
「しょうどうがい?」
「それはいいから、今日の分」
ね、と笑いかけ、レノアはアスランの手を引いた。アスランは、まだ紙袋が気になるのか、何度か振り返って見ていたが、居間に入ると、それも忘れたかのように即座に箱の前へと走って行った。
目の前の光景に、レノアは微笑む。そろそろ息も白くなろうかという季節ではあるが、この家の中は、暖かかった。
「何が出てきたの?」
自然に滲み出た微笑みを浮かべながら、レノアはアスランの手元をのぞき込んだ。
「あら」
頬に手を当て、驚いた声を出してはいたが、レノアの顔には、「やっぱり」と書いてあった。「やっぱり、連絡すべきね」と。
箱の中から出てきたのは、一塊の黄色い粘土だった。
12-08
十二月八日。この朝開けた窓の中には、案の定、一塊の青い粘土が入っていた。たまりかねたレノアは、昼休みを利用してパトリックに連絡をしてみたが、夫からの応答はなかった。
「何のために携帯端末を持ち歩いてるのかしら、あの人は」
内心は面白くなかったが、表面上は穏やかさを保ちつつ、レノアは黙々と仕事をこなした。今日は早く帰って、やらねばならぬことがあったからだ。
キャベツを数個袋詰めにして、レノアはそれを手に仕事場を出た。時刻は、普段よりも一時間ほど早い。家へ真っ直ぐとは帰らず、途中、キラの家に寄った。
「こんばんは。いつもお世話になって、ごめんなさいね」
「あら、いいのに」
カリダにキャベツを渡しながら、レノアは、玄関から家の中をのぞき込んだ。その常になく落ち着かない彼女の様子に、カリダは微笑んだ。
「アスランなら、もう眠ったわよ」
「そう…ありがとう」
「キラに付き合って、ずっとゲームをしていたから、疲れちゃったみたい。ぐっすり眠ってるわ」
カリダの話を聞きながら、レノアは内心複雑だった。アスランは家ではゲームをやったりはしない。それは多分、レノアが家で落ち着けるようにと慮ったためだ。そういった小さな配慮を思うたびに、嬉しい反面、胸の奥が締め付けられるように痛むのだった。
「大丈夫よ」
「え…」
「アスランなら、大丈夫」
穏やかに肩に置かれた手に、レノアは顔を上げた。
「アスランは、あなたを大好きだし、あなただって、アスランが大好きなんだから」
宥めるように肩を軽く叩きながら、カリダはレノアに微笑みかけた。友人の温かな言葉に、レノアは苦笑し、小さく頷いた。
「ね、上がって頂戴。夫もあなたと話したがっているし…」
「ごめんなさい、今日は遠慮するわ」
居間でお茶でも、と勧めるカリダに、レノアは首を横に振った。アスランを泊めて貰うことにもう一度感謝して、それから彼女は、キラの家を後にした。やらなければならないことがあるから、と。
12-09
十二月九日。アスランは、キラの家からそのまま学校へ行ったため、夜半過ぎにレノアが帰って来るまで、母親と顔をあわさずに過ごした。
「ははうえ、おかえりなさい!」
「あら、まあ、アスランったら、今日は甘えん坊さんね」
家に入るなり抱きついてきた息子に、レノアは苦笑した。
「昨日はごめんなさいね。どうしてもやらなくちゃならない仕事があったものだから」
小さくかぶりを振る息子とキスを交わして、二人で連れ立って居間へと向かった。アスランの手は、しっかりとレノアの手と繋がれている。いつもは一人で箱の前まで走っていくアスランだが、この日ばかりは、一向に手を離そうとしなかった。しかし、それも無意識の行動と見えたので、レノアは何も言わず、並んで箱の前に座った。
「あけますね」
「ええ」
ようやくレノアの手を離したアスランは、緊張した面持ちで、そっと当日の窓を開けた。
中から出てきたのは、一塊の白い粘土だった。
レノアは「やっぱり」と口にしかけたが、嬉しそうに笑う息子を見て、思い直した。パトリックに小言を言うのも、明日まで待っても良いかも知れない。そう頷いて、「良かったわね」と、アスランを抱き寄せた。
12-10
十二月十日。パトリックにとっての運命の日がやってきた。本人はあずかり知らぬことだったが、この日のプレゼント如何によっては、彼はレノアから油を絞られることになっていた。アドベント・カレンダーなら、アドベント・カレンダーらしく、中身を分からないようにしておけ、と。そのような母親の思惑などつゆ知らぬアスランは、ここ最近の習慣どおり、母の帰りを待って、運命の窓に手を掛けた。
中には案の定、一枚の紙切れが入っていた。
「これは連絡すべきね。こってり絞らなくっちゃ」
「こってり?」
「大丈夫よ、アスラン、何でもないの。ほら、読んで」
「はい」
「親愛なるアスラン、元気だろうか。私は元気にやっている。
これをお前が読んでいるのは、予定からすれば十二月十日だろう。もう少しで折り返し地点だ。六日から九日までの窓の中には、紙粘土を入れておいた。これには、次のような理由がある。
以前贈ったクレヨンは、紙の上に世界をつくるが、粘土は、空間の中に世界をつくる。創造性の新たな段階だ。私はお前に、創造力のある、素晴らしい人間になって欲しいと思っている。だから、粘土を送った。
それでは、次に会うときを楽しみにしている」
「二次元から三次元にってことね。でもそんなことを言うなら、この手紙もホログラムか何かで送れば良いのに」
「にじげん…さんじげん?」
「まあ、いいわ」
聞き慣れない言葉に小首を傾げるアスランを抱き寄せて、レノアは微笑んだ。
「これからパトリックに連絡を取るのだけれど、アスランも一緒に話しましょう」
片目を瞑って楽しそうに笑う母親を見て、アスランは最初呆気にとられて反応できずにいたが、やがてレノアの意味するところを理解すると、まるで花が開くように、嬉しそうに笑った。
「はい!」
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ということで六日目終了です。キラがようやく登場。幼年学校時代のキラって、無邪気にアスランを傷つけてそう。確信犯なのか無意識なのかは置いておいて。ちなみに、個人的にはキラは確信犯だと思ってます(2004-12-06)。
七日目終了。そろそろ今後のプレゼント内容について、予想が立ってきたことかと思います(2004-12-07)。
八日目。ママたちの会話。レノアママも強そうですが、カリダママはもっと強そう。だってキラの母だし。血縁だけでいっても、叔母様だし(2004-12-08)。
九日目終了。アスランだってたまには甘えん坊で良いと思う。っていうか、甘えん坊なアスラン希望。でもやっぱり、きちんとしたお子様なアスランが好きなわけで、そのきちんとしたお子様が、たまーに見せる甘えってのが味噌なんですよ。…マニアでごめん(2004-12-09)。
十日目終了。この後パトリックは、文字通りこってりと油を絞られるのでした。連絡が終わった頃には、体重が減ってたりしてね。合掌(2004-12-10)。