カランドリエ・ドゥ・ラヴァン
12-01
十二月一日。この日、アスランは朝からそわそわと落ち着きがなかった。椅子に座っていたかと思えば立ち上がり、立ち止まっているなと思えば歩き回り、その様子を見ていると、レノアは思わず口もとがにやけてくるのを止められなかった。私の息子は何て可愛いのだろう。そう、世の中の全ての人に触れて歩きたかった。
結局アスランは、箱の前までは何度も行ったものの、手をつけることなく学校へ行った。キラの迎えが来てしまったからだ。レノアは、箱を開けるまで待っていてもらったら、と提案したが、アスランは首を横に振った。勿体ないから、とっておくのだという。
この日も、レノアの帰りは仕事の都合で遅くなった。今日ばかりは早く帰れるようにと励んでいたが、間に合わなかったものは仕方がない。この時間では、アスランはとうに今日の分のプレゼントを開封し、幸せの中で眠りについているに違いない。彼女はそう思っていたのだが、家に着いてみると、未だ明かりが点いていた。
「おかえりなさい、ははうえ」
「アスラン、どうしたの。もう寝る時間でしょう?」
「ごめんなさい。でも、もったいなくて」
眠そうに目をこすりながら、アスランは居間に置いてある件の箱の前に座った。
「朝も、そう言っていたわね」
「だって、せっかくちちうえからもらったのに、ひとりであけたらもったいないでしょう?」
「それで、私を待っていてくれたの?」
アスランは小さく頷くと、酷く厳粛な顔で、目の前の箱に手を掛けた。ボール紙は簡単に破れ、中をのぞかせたが、中身よりも、むしろその開封する動作こそが重要なのではないかと、レノアは何故か胸が熱くなった。
中から出てきたのは、一本の赤いクレヨンだった。
12-02
「あら、今日も?」
十二月二日。昨日と同様に、アスランはレノアの帰りを待って当日の窓を開けた。
「今日も同じなのね」
「ははうえ、ちがいます」
「あら、でもクレヨンじゃない」
「でも、きいろです」
「ああ」
中から出てきたのは、黄色のクレヨンが一本。
「あの人も何考えてるのかしらね」
12-03
十二月三日。この日、レノアはいつもより早く家路に着いた。
「ははうえ、おかえりなさい」
「ただいま」
キスを交わしてコートを脱ぐと、そのまま居間に向かった。扉を開けると、ふわりと温かな空気が身体を包み、レノアは溜め息を吐いた。それは失意によるものではなく、安堵の発露だった。
「今日は何かしら」
帰り道に寄ったキラの家で、キラの母、カリダに貰った夕食の惣菜を食卓に置き、台所へ向かった。とは言っても、ふと漏らした呟きは、カリダの料理に対する言葉ではない。アスランもそこのところは心得たもので、レノアが台所から戻るのを待って、箱の前に座った。
丁寧に窓を開けると、中から出てきたのは、一本の青いクレヨンだった。
「これで光の三原色が揃ったわね」
「さんげんしょく?」
「またクレヨンだなんて、本当、あの人ったら何考えてるのかしら」
12-04
十二月四日。さすがに四日目にも入れば、レノアにもこの先が見えてきた。だが、夫を信じたい気持ちが半面、子供を落胆させたくない気持ちが半面で、するだけ無駄と思いつつも、期待せずにはいられなかった。いくらなんでも、今日こそは、と。
「今日こそは、と思ってたんだけどね。三原色も揃ったし」
出てきたのは、一本の白いクレヨンだった。
「本当、何考えてるのかしら」
このままでは、二十五本のクレヨン、という落ちが待っているのではなかろうか。レノアはそう疑いかけたが、息子の手前、そのことについては、努めて考えないようにしていた。大体からして、当の息子が毎日のクレヨンに喜んでいるのだから、レノアにはどうこう言えるものでもない。しかし、それでもやはり、口を出さずにはいられなかった。
「ねえ、アスラン。こう毎日同じもので、嫌じゃないの?」
正直に言って良いのよ、というレノアの質問に、アスランは頭を振った。
「どうして?そりゃあ、色は違うけれど、毎日同じものじゃ、つまらないでしょう」
「それでも、いいんです。だって、ちちうえから、まいにちプレゼントをもらえるから」
うれしいです、とはにかむ息子の仕草に、レノアは胸がいっぱいになった。そして密かに、やはり一度どういうつもりか夫を問い詰めねばと、心に誓ったのだ。
12-05
十二月五日。この日は、アスランがキラの家へ泊まりに行く予定だったので、朝食の席で窓を開けた。
「ごめんなさいね、アスラン」
「いいえ、わがままをいったのは、ぼくだから」
「わがままなんかじゃないのよ。お友達を泊めることくらい、普通のことよ」
「でも、ははうえはいそがしいし…」
翌日、今度はキラが泊まりに来ることになっていた。そのために一日の休暇をもぎ取ろうと、レノアはこの日、深夜まで残業をする予定だった。しかし、夜中アスラン一人きりでは無用心だ。心配したカリダが泊まりに来るよう提案してくれたため、世話になることに決めたのだった。
「なんだか、本末転倒よね。泊まりに来て貰うために、泊めて貰うだなんて」
小さく苦笑して、レノアはこの話を終わりにした。雰囲気を変えようと努めて明るい声で、「それで、今日は何色かしら」と、箱の前のアスランに笑いかける。アスランはそれを受けて、箱の窓に手を掛けた。
出てきたのは、一枚の紙切れだった。
「あら」
「クレヨンじゃ、ないです」
「そのようね」
「てがみみたいです。よみますね」
「ええ…」
クレヨンではなかった。それは望んでいた結果だったが、突然のことにレノアは呆然としてしまい、芳しい反応を返すことができなかった。そう、確かに望んでいた結果ではある。しかし、それにしても、紙切れ一枚とはどういうことだろうか。釈然としないレノアの前で、アスランは手紙を開いた。
「親愛なるアスラン、元気だろうか。私は元気にやっている。今年のプレゼントは、アドベント・カレンダーにしてみた。キリスト教の風習だが、知らないだろう。勉強して欲しい。
これをお前が読んでいるのは、予定からすれば十二月五日だろう。すでに四日分の窓を開いているはずだ。一日から四日までの窓の中には、クレヨンを入れておいた。これには、次のような理由がある。
クレヨンは、絵を描くためのものだ。つまり、創造の道具だ。私はお前に、創造力のある、素晴らしい人間になって欲しいと思っている。だから、クレヨンを送った。
それでは、次に会うときを楽しみにしている」
パトリック、と書かれた署名を指でなぞりながら、アスランは、何度も手紙を読み返した。「はい、べんきょうします」、「えをかきます」、「ぼくも、たのしみにしています」と律儀に返事をするその姿を見て、レノアは思わず微笑んだ。
「良かったわね、アスラン」
「はい」
「それにしても、本当、色気も素っ気もない手紙だわ。会議の原稿じゃないんだから、今度注意しておかなくちゃね」
茶目っ気たっぷりに微笑むと、それにあわせて、アスランも笑った。
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一日目終了です。小さなアスランを想像すると、萌えて萌えて仕方がありません。レノアママじゃないけれど、自慢してまわりたいです(誰に?)(2004-12-01)。
二日め終了です。短(2004-12-02)。
三日終了。昨日よりは少し長い…けど、短い(2004-12-03)。
四日目終了。二十五本のクレヨンなんてことになったら、誰が怒るって、これ読んでる人が怒ると思います。そんな落ちかよ!って(2004-12-04)。
五日目終了。こんな理由があったんですよ、という話。しっかし、ちょっと夢見すぎですか?甘々なパパに、甘々なママに、ほえほえな息子。「ありえなーい」っていう声が聞こえてきそう(2004-12-05)。