カランドリエ・ドゥ・ラヴァン
ことのはじまり
「そろそろクリスマスだな」
突然何を思い立ったかそう切り出してきたシーゲルに、パトリックは眉根を寄せた。
「だから何だ」
またこのパターンか、と心の中で嘆息しながら、むっつりとした表情で、自分の座る机の前に立つ彼を見返す。
穏やかな陽の差す執務室の昼下がり。パトリックはいつものように、秘書官の手を借りながら、山積みになっている仕事を黙々とこなしていた。そこに突然現れて、目新しくもない世間話を小一時間続けた末に出てきたセリフが「クリスマス」だ。いつものことながら、シーゲルの行動は読めない。
一般的に、コーディネーターは信仰を持たない。ほとんどの宗教に特徴的な「人は神の創造物である」という考えが、彼らの存在と相容れないからだ。しかし自由を尊ぶプラントのこと、信仰を持つこと自体は何ら禁忌ではない。中にはクリスマスを祝う者だっている。
ただし、パトリックは生憎キリスト教徒ではなかった。シーゲルはどうか知らないが、自分にはクリスマスなどただの冬の一日に過ぎない。少なくとも、表面上はそう取り繕っていた。
「何って、クリスマスと言えばプレゼントだろう。サンタが煙突から…」
「もういい、結構」
うんざりした顔で、嬉々としてクリスマスについて語りだそうとするシーゲルを止める。だが敵も然る者、その程度のことでは引き下がろうとはしなかった。むしろ、更に攻撃の手を強めてくる。
「アスランなんだが」
唐突に出てきた息子の話題に、パトリックの表情が固まる。いや、もともと固まっていたが、それが更に強張ったのだ。横で見ている秘書官すら気付かないほんの微かな変化。それをシーゲルは確実に引き出していく。
「君からの誕生日プレゼントがなかったと、酷く消沈していたよ」
「…何故お前がそんなことを知っている…」
ひっ、と秘書官が息を呑む。それも当然と思えるような低く押し殺した声で、パトリックはシーゲルを睨みつけた。
しかしそれを受けたシーゲルは、平然とした顔でこうのたまったのだ。
「クリスマスこそは、名誉挽回だろう?」
困ったことになった。寝台の上、寝巻き姿で端末をのぞき込みながら、レノアは眉間に皺を寄せた。画面には、びっしりと文字で埋まった予定表らしきものが映し出されている。
「どう調整しても、五日間…シャトルの都合からいくと、三日といったところかしら」
ああでもない、こうでもないと寝台の上でうなってみるが、結果は変わらない。八つ当たりよろしく膝の上の端末を折りたたみ、机の上に放ると、彼女はそのまま寝台に勢い良く寝転んだ。空気の抜ける柔らかな音を立てながら枕に頭を収め、大の字になって伸びをする。
「…泣くかしら」
息子の顔を思い浮かべて、一つ溜め息を吐いた。泣かれるのが辛いのではない。きっと泣かないだろうことが、辛いのだ。
誕生日にプレゼントが届かなかったことに、アスランは酷く落ち込んでいた。本人はレノアに気づかれないよう明るく振る舞ってはいたが、いくら普段家におらず、母親らしいことをまったくできていないとはいっても、それくらいのことは分かった。そして、アスラン同様パトリックも落ち込んでいるだろうことも。
それとなくシーゲルに尋ねてみたところ、その当時パトリックは来年度の予算案などの関係から多忙な日々を送っていたため、ほとんど寝食すらもままなっていなかったという。それでもアスランとレノアへのプレゼントを選んでいた様子だったが、届いていないということは、間に合わなかったのだろうと、それがシーゲルの見解だった。
二人のためにも、休暇を利用して一度プラントに戻ろうと、レノアは早くから計画していた。
三日でも、充分だ。そう思いなおして、また勢い良く寝台から跳ね起きた。端末を引き寄せると、二、三度軽やかにキーを弾き、シャトルの手配を済ませる。
「送信、と」
かた、とキーを押す音に、けたたましい呼び鈴の音が重なった。目を丸くして窓の外を見やると、来客を告げる照明に、明かりが灯っている。
こんな時間に、いったい誰が。
そういえば前にもこんなことがあったがと、レノアは首をひねった。上に羽織る裾の長いガウンを手繰り寄せ、寝台から下りる。そっと明かりを消してから、彼女は部屋を後にした。
「アドベント・カレンダー?」
つい先ほど母親から渡されたばかりの大きな箱を手に、アスランは小首を傾げた。
「そう、昨日パトリックから届いたのよ」
「ちちうえから?」
驚きと共に喜びをにじませた瞳で、アスランは腕の中の箱を見た。それは、アスランの腕には収まりきらないほどに大きかった。その上面には、整然としたマス目に無数の取り出し口がつけられており、一見したところでは何の用途に使われるものなのか、判別がつかない。
「あけてもいいですか?」
朝食の席である。いつもならその場で開封するなどという行儀のないことはしないアスランだったが、久々に父から送られてきたプレゼントに、喜びを隠し切れない様子だった。
しかし、母の言葉は、予期していたものとは違っていた。
「だめよ」
「え…」
「ああ、そんな顔をしないで。意地悪で言っているんじゃないのよ。それはさっきも言ったように、アドベント・カレンダーなの」
「カレンダー…」
よく見てみると、箱の取り出し口には、それぞれ日付けらしき数字がつけられていた。一から始まり、二十五まである。今の季節と、二十五という数字。アスランはすぐにその用途に思い至った。
「そうか。クリスマスまで、ひとつずつあけていくんですね」
「そうよ」
「だから、まだだめなんだ」
アスランは、ひとつめの取り出し口についた、一の数字に指をすべらせる。これから十二月の間じゅう続く喜びを思って、その口もとは微笑みに花開いていた。