カランドリエ・ドゥ・ラヴァン

12-21

「ねえ、アスラン、お願いだよ。いいじゃない、もう一回ぐらい」

「キラったら、さっきもおなじこといったじゃないか。もうだめだ、ゲームはここでおしまい」

十二月二十一日。クリスマス近くになっても多忙なレノアを待って、キラとアスランは、家で二人で過ごしていた。ところが、休暇中の宿題を片付けようということになっていたはずが、いつのまにかキラの言うままにゲームを始め、気づいたら、もうすでに夜も更けていた。とりあえずは風呂に入り、寝る準備をしてレノアを待とうというアスランに、キラは渋々頷いた。もちろんその従順な態度は、寝る準備まで済ませた後に、ゲームをしようという魂胆があってのことだったが。

しかし、そのようなキラの企みを嘲笑うかのように、その日に限って、レノアの帰宅が早かった。布団を敷き終わらぬうちに帰ってきたのだ。キラにしてみれば、大誤算だった。

「キラ君、アスラン、ただいま」

「おかえりなさい、ははうえ。はやかったですね」

「ちょっと見せたいものがあったものだから、張り切って仕事を終わらせたの」

「みせたいもの?」

笑いを含んだレノアの言葉に、アスランとキラは、目を見合わせた。

「まあ、とにかくついて来て頂戴」

そう言ってレノアは、二人の手を取った。

二人が連れてこられたのは、家の庭だった。いったいここに何があるというのか。見回してみても、夜の闇の中、ぼんやりと見て取れるのは、庭に植えられた木の影だけだ。だが、そう思ってレノアを見た瞬間、まばゆい光が辺りを包み込んだ。

見れば、木々が温かい光を放ち、辺りを照らしていた。さらに目を凝らすと、それが枝々に巻きつけられた電飾によるものだと気づく。おびただしい数のイルミネーション。しかし、なぜだかそれは、背の低い木にしか取り付けられておらず、高木の上方は、手付かずの様子だった。

「少し早いけど、メリー・クリスマス、アスラン」

呆然と庭を見詰める息子に、レノアは微笑みかけた。それに弾かれたように、アスランは顔を上げ、母の顔を見る。その瞳は、心なしか暖色の光に揺れていた。

「ははうえ…ありがとう、ございます」

低木にしか電飾がないのは、それがレノアの手によって、一つ一つつけられたものであるからに他ならない。ただでさえ忙しい母にそれだけの労苦をかけてしまったことを思うと、申し訳なさと、そして何より嬉しさが心を満たし、アスランは言葉を詰まらせた。

「さあ、寒くなってきたし、中に入りましょう。パトリックのプレゼントも確認しなきゃ」

「はい」

母親の笑顔に、アスランは頷いた。かじかみかけた手を握り締め、キラとともに、家の中に入る。暖房の効いた居間は暖かかったが、それ以上の温かさを、アスランは感じていた。

しかし、レノアに見守られながら開けたアドベント・カレンダーの中身は、どういうわけか空だった。

12-22

十二月二十二日。朝早くレノアを見送って、二人での朝食を済ませたら、突然、キラが帰ると言い出した。

「どうしたんだ、キラ」

「べつに。ただ、帰りたくなっただけだよ」

訝しがるアスランに、キラは、素っ気ない態度で答えた。食器を機械に放り込みながら、アスランの方を見ようともしない。ことキラに関しては気の短いアスランが、その態度に憤りを感じないはずもなく、眉をしかめてキラをにらんだ。しかし、いつもならすぐに機嫌を取ってくるキラが、なぜか今日に限ってはそうはしなかった。

結局、何の説明もないままに、キラは、午前中にアスランの家を後にした。一人きりの家は、急に火が消えたように静かになった。アスランは、はじめ自室で課題の残りを片付けていたが、それも終わると、手持ち無沙汰になり、居間に戻ってきた。だが、自室と異なり広い居間は、今自分が一人きりでいるのだという事実をまざまざと突きつけてきて、彼の胸を痛めつけるだけだった。一人でいることには慣れているはずなのに、ここ数日、そのことを忘れていた。

ふと、居間の片隅に置かれた箱に目が吸い寄せられた。母は仕事で忙しく、親友は訳も言わず帰ってしまった。しかし、父なら自分を置いて行ったりしないのではないか。漠然とそう考えたアスランは、いつもならレノアを待って開けるその箱に、そっと手を伸ばした。

だが、無常にも、窓の中には何も入っていなかった。

12-23

「それで、キラ君はどうして帰ってしまったのかと思って」

十二月二十三日。仕事の合間を縫って、レノアはカリダへと連絡を取っていた。昨夜家に帰ってみると、なぜかキラはおらず、息子の方は、酷く浮かない顔ですぐに自室にこもってしまった。何かあったに違いないと思ったが、如何せん深夜のこと、カリダに確認するわけにもいかない。だから、一日待ち、忙しさを押して昼間に連絡を取ったのだった。

しかし、カリダからは、芳しい返答は得られなかった。彼女も急に帰ってきた息子に驚いており、その理由を知りはしないのだという。

「聞いてみたんだけど、頑として口を割らなくて」

まったく、誰に似たのかしら、と溜め息を吐きながら、カリダは苦笑した。一方、レノアは弱りきった様子で、一層声を落とす。

「何かアスランが気に障ることでも言ったのかしら」

「まさか、そんな様子じゃなかったわ」

「そうなら良いんだけど…」

キラが怒って帰ってしまったのでは、とレノアは考えていたが、カリダが言うには、怒っていうというよりも、何かに悩んでいる様子だったらしい。ならば悩ませるようなことをアスランが言ったのかと考えたが、それもどうもしっくりこなかった。

「たぶん、キラが勝手にやっていることなのよ。アスラン君のせいじゃないわ」

レノアは、力強いカリダの言葉に励まされ、気分が軽くなっていくのを感じた。

「ありがとう」

何か分かったら連絡を取り合うことを約束して、二人は各々の仕事に戻った。

実験場に出て植物たちを眺めながらも、レノアの頭の中には、未だアスランのことがあった。問題はキラのことだけではない、件の箱だ。今夜も遅くなるからと、今朝、二人で開けた窓の中にも、ここ二日同様、何も入ってはいなかった。

アスランは、気にしていないような素振りで取り繕ってはいたが、そのことに衝撃を受けていないはずがなかった。気丈に振舞う息子の様子を思い出し、レノアはまた胸が重くなっていくのを感じた。

12-24

十二月二十四日、クリスマス・イヴ。朝、レノアの見守る中、アスランは残り二つとなった窓を開けた。しかし、やはりその中身は空だった。それでも落ち込むまいと毅然と顔を上げている息子を見て、レノアは一つ首を振った。

「アスラン、今日は、私と一緒にクリスマスを祝いましょう」

突然の母の提案に、アスランが喜んだのも一瞬だった。

「でも、おしごとは…」

回転の速い彼の頭には、すぐに彼女の思慮が浮かんだ。自分が落ち込んでいるのを感じ取って、母は、自分を励まそうとしているのだ。本来なら、イヴとはいえ、多忙なレノアは出勤せねばならない。それを押して、自分と一緒にいてくれるというのは、嬉しい反面、酷く後ろめたかった。

しかし、そのようなアスランの懸念を感じ取ったのだろう、レノアは片目を瞑って、アスランに笑いかけた。

「あら、一日くらい、サボっても良いじゃない。それとも優等生なアスラン君には、許しがたいことだったかしら」

おどけて舌を出す母に、アスランは何も言えなくなった。

「どうせだから、明日も休みにしちゃおうかしら」

「ははうえ…」

「まあ、アスランったら、私と一緒じゃ嫌なの?」

「そんなこと…!」

「だったら、笑って頂戴」

レノアの言葉に、アスランは、虚を突かれたように、勢い良く顔を上げた。そうして出会ったのは、真剣なレノアの表情。そのまましばらく見つめあった後、アスランは、次第にとろけるような微笑みを浮かべた。

「はい」

12-25

「ほんとうにやすむだなんて…」

「あら。私が嘘を吐くとでも思ったの」

十二月二十五日、クリスマス当日。レノアは、アスランとともに居間でくつろいでいた。普段ならもうすでに仕事場にいる時間だが、昨日の宣言通り、彼女は家にいた。とはいえ、その目は、端末の画面に貼りついたままだったが。しかし、アスランにはそれで充分だった。母が、クリスマスにともにいてくれる。それだけで、彼は、後ろめたいながらも、幸せな気分を味わえた。

端末での仕事が一段落すると、レノアは紅茶を用意するために席を立った。台所から戻ってきた彼女の手には、紅茶とアスランのためのココアをのせた盆が握られていた。レノアは、本を読むアスランの座っているソファーへと足を運ぶと、そっとテーブルに盆を置いた。その手の差し出すカップを両手で受け取って、アスランは息を吹きかけながら、ココアをすすった。

「仕事も粗方片付いたから、今日はケーキをつくりましょう」

「ケーキ?」

母の突然の提案に、アスランはカップから口を離した。

「ケーキを、つくるんですか」

「そうよ。そのためにキットも買ったの。一からつくるのは時間がかかるから、デコレーションするだけのものだけど」

ちょっと待ってて、と言い置いて、レノアは席を立った。しかし、彼女がケーキの材料を手に戻ってくる前に、玄関のチャイムが鳴った。

「クリスマスだっていうのに、いったい誰かしら」

ケーキを一旦台所に置いて、レノアは確認のためにインターフォンを覗いた。驚いたことに、その画面に映っていたのは、ここ数日音沙汰のなかったキラだった。不審に思いながらも開錠し、中に入るようにインターフォン越しに促す。すると彼は、いつもの勝手通りに、迷いなく玄関を進み、居間まで入ってきた。

「おじゃまします」

居間へと足を踏み入れたキラに、アスランが驚いた顔を上げた。

「キラ…おまえ、どうして…」

「ごめん、アスラン!」

アスランが何か言う前に、キラは勢い良く頭を下げた。と、手に提げている袋が前傾し、それを見て、慌てて袋を持ち直す。自然、アスランの目はその袋へと吸い寄せられた。

「キラ、それ…」

「ああ…えっと、はい」

アスランの怪訝そうな視線を受けて、キラは、箱をテーブルの上に置いた。そうして、慎重な手つきで中身を取り出す。中から出てきたのは、少しいびつなショートケーキだった。

「昨日一日迷ったんだけど、クリスマスって、もうこれくらいしか思いつかなくって。母さんに手伝ってもらって、頑張ってつくったんだよ」

「キラ…」

「だって、なんか、くやしかったんだ。アスランのおじさんも、おばさんも、アスランにプレゼントをあげてるのに、僕は何もあげてないし…」

「キラ…ありがとう」

搾り出すように礼を言い、アスランはキラに分からぬよう、そっと下を向いた。彼の頭の中には、先ほどレノアの言っていたケーキのことがあった。キラのケーキが嬉しい反面、レノアに申し訳なく思い、喜びを素直に表現できなかったのだ。しかし、照れたように微笑むキラを前にすると、自然と頬が緩んできた。

台所から戻ってきたレノアは、はにかむように微笑む二人の姿を見て、そっと目を細めた。

「それじゃあ、あけますね」

「うん」

「最後なんだから、何も入ってなかったら、パトリックを叱らなくっちゃね」

キラのケーキを食べ終わった後、二人の見守る中、アスランは最後の窓を開けた。中には、昨日までとは異なり、しかし、今までと同様に、一枚の紙切れが入っていた。

「さあて、どんな言い訳を聞かせてくれるのかしら」

「親愛なるアスラン、元気だろうか。私は元気にやっている。

これをお前が読んでいるのは、予定からすれば十二月二十五日だろう。最後の窓だ。二十一日から二十四日までの窓の中には、何も入れなかった。これには、次のような理由がある。

以前贈った四種類のものは、すべて何らかのものをもとに、新たなかたちをつくりだすものだった。だが、創造というものは、何もかたちあるものからつくり出すことだけではない。逆に、何もないところからつくり出す、そういったことのほうが多いだろう。私はお前に、創造力のある、素晴らしい人間になって欲しいと思っている。だから、何も入れなかった。

それでは、次に会うときを楽しみにしている」

「ちちうえ…」

アスランは、潤んだ目で、何度も何度も手紙を読み直した。それを見守りながらレノアは、いつアスランに、もう一つのプレゼントを渡そうかと、思案していた。

彼女の手の中には、プラント行きのチケットが、そっと握られていた。

遅くなって申し訳ありません、二十一日目終了です。レノアママがこそこそやっていた「やらなくちゃならないこと」というのは、これのことでした。ラスト五日、お付き合いください(2004-12-21)。

二十二日目終了。残り四日です。唐突にアスランをいじめ始めました(2004-12-22)。

二十三日目終了です。何か私の妄想の中では、レノアとカリダは非常に仲が良いですね。そして、やはりカリダが強い(2004-12-23)。

二十四日目終了。いじめるのも可哀想なので、甘々路線に戻りました(2004-12-24)。

最後の一日。ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました(2004-12-25)。


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