カランドリエ・ドゥ・ラヴァン

12-16

十二月十六日。朝、レノアが居間へ下りていくと、思いもよらない顔に出迎えられた。

「おはようございます!」

「おはよう…って、キラ君、どうしてここに?」

レノアは、思わず時計を確認した。時刻はまだ七時前だ。いつも遅刻ぎりぎりまで寝ているキラからは、考えられない時間だった。

「ちょっと、お話があって…」

「さっきから、キラったら、こういってきかないんです」

キラを家に招き入れたのであろうアスランが、途方に暮れた様子でレノアを見上げた。息子の意図を汲んで、レノアはキラに向き直り、諭すように視線を合わせた。

「話って、何かしら」

キラは、いつになく真剣な目つきで、真っ向からそれを受け止めた。そして、一つ唾を飲み込むと、思い切った様子で口を開いた。

「アスランを、僕にください」

いやに大きく響いたキラの言葉に、その場の空気が固まる。それにも気づかずに、キラは、息せき切って言葉をついだ。

「クリスマスには、お返しします。ううん、今週中だけでも良い…」

「え…あ、ああ、お泊りってことね」

プロポーズかと思ったわ、とレノアは、どこか残念そうに吐息をついた。しかし、それとは対照的に、当のアスランは頬を膨らませていた。

「そんなことなら、ははうえよりまず、ぼくにいえばいいじゃないか。だいいち、そんなの、おばさんにわるいし…」

「母さんの許可は、もうとってあるもん」

強気のキラに、アスランはレノアを仰ぎ見た。キラの強引なところは、彼の美徳ではあるが、逆に言えば悪徳でもある。いつもはその強引さに救われているアスランだったが、今回ばかりはそうではない。キラには悪いが、クリスマス休暇くらいしか、レノアとゆっくりと話す時間を取れないのだから。

だが母は、どうしたことか、アスランの意を汲んではくれなかった。

「いいわ、いってらっしゃい」

「ははうえ…」

「決まりだね!ほらアスラン、準備準備」

キラに追い立てられて、アスランは自分の部屋へと向かった。まだ気が重かったが、手際よく荷造りをして、階下へと下りていく。鞄の中には、そう多くのものは入っていなかった。頻繁に泊まりに行くために、アスランの私物の大半は、キラの家にも備えてあったからだ。

居間へ戻ると、レノアが大きな紙袋を手に待っていた。

「持っていかなくちゃね」

何をかは、問うまでもない。アスランは、居間の隅へ小走りで向かい、例の箱を手に取った。

その前にと、アスランは箱に手を掛け、窓を開いた。だが、中に入っていたものを見て、傍から覗き込んでいたキラとレノアは、小首をかしげ、顔を見合わせた。クレヨン、粘土、積み木も不可解ではあったが、今度のものは、それ以上に難解だった。

それは、一本の赤いリボンだった。

12-17

「まあ、これがアドベント・カレンダーなの」

「はい、ちちうえがおくってくれたんです」

十二月十七日。朝食の前、カリダに覗き込まれながら、アスランは、当日の窓を開けた。

「あら、かわいい」

中から出てきたのは、昨日同様、一巻きの黄色のリボンだった。いいかしら、と断って、カリダがリボンを伸ばしてみると、その全長は、一メートルほどあった。触り心地も良く、良質の品だと知れる。

「すごいわね。こんなものが二十五個も入っているなら、相当なものよ」

ついついお金の計算をしてしまうカリダだった。それを聞いて、アスランはただ苦笑する。

キラが起きてくるまでの、ささやかなゆったりとした時間。レノアとは違った雰囲気を持ったカリダだが、アスランにとっては、母親に近しいものとして、安らぎを与えてくれる存在だった。その彼女を独り占めできる唯一の時間に、アスランは心が満たされていくのを感じた。

12-18

十二月十八日。その日は珍しく、キラが早朝から、居間に陣取っていた。

「母さんばっかり、ずるいよ」

むくれた表情で、カリダをじとりとねめつける。昨日の朝、自分が寝ている間に、アスランと楽しげに過ごしていた母に対して、面白くない気持ちでいるのだと察せられた。カリダは息子の微笑ましいやきもちに、胸の底がむず痒くなった。まだまだこの子も可愛いものだ。

このような調子だから、傍で見ているアスランのほうが、キラの言葉に難色を示していた。元来生真面目な彼には、親に深刻な理由なく反抗するなどということは、あってはならないことと認識されていた。

「キラ、わけのわからないわがままを、いうなよ」

「ああ、アスラン君、いいのよ」

カリダが取り成そうとするが、キラはアスランの言葉に、余計に頑なになった。

「わけが分からなくなんて、ないもん」

そう言い捨てて、そっぽを向いてしまう。これにはアスランも呆れるしかなく、小さく溜め息を吐いて、カリダと目を見合わせた。こうなってしまっては、何を言っても無駄だ。仕方なくアスランは、家から持参したアドベント・カレンダーを持ち出した。

昨日、カリダとともにしたことといえば、この箱を開けたことくらいだ。アスランは単純に、箱を開けるときに仲間はずれにしてしまったために、キラが腹を立てているのだと考えていた。

「ほら、あけるぞ」

わざわざキラの目の前まで行き、窓を開けた。アスランの小さな手が、中から取り出したのは、一巻きの青いリボンだった。ベルベットのような深い光沢を放つそれは、アスランの髪の色にどこか似ていた。そのせいもあり、キラの目は、そのリボンに釘付けになった。

「…きれいだね」

「ああ」

キラがなぜそこまでリボンに魅入られているのかも気づかず、アスランは嬉しそうに頷きを返した。どこか噛み合わない二人の姿を見て、カリダは苦笑を漏らさずにはいられなかった。

「もう、いつまでもアスラン君にいてほしいくらいだわ。だって、キラが早起きするなんて、滅多にないことなんだもの」

12-19

十二月十九日。深夜、レノアは、アスランの様子が気になって、カリダに連絡を取っていた。迷惑になってはいないかと頻りに心配する彼女に対し、カリダは昨日のキラの出来事を話して聞かせ、むしろアスランにずっといてほしいくらいだと語った。

「だってキラったら、知っての通り寝ぼすけなんだもの。でも、アスラン君がいると、やっぱりどこか違うのよね」

カリダがおどけて笑うと、レノアはようやく安心したように吐息をついた。そして、お礼にこの後はキラに泊まりに来て欲しい旨を伝えた。カリダは、それこそ迷惑になるのではと難色を示したが、レノアに是非にと言われると、否とは言えなかった。

その話はそこでおしまいになり、話題はアドベント・カレンダーに及んだ。

「そういえば、今日の中身はどうだったの?」

「あなたの言ったとおりだったわ」

「そう、やっぱり」

レノアは、カリダの返答に一つ溜め息を吐いた。彼女の予想通りということは、中に入っていたのは、一巻きの白いリボンだったのだ。

「でも、アスラン君には似合うと思うわよ」

「似合う似合わないの問題じゃないわよ」

「まあ、そうよね。でも、本人は嬉しそうだったわ」

笑いを含んだカリダの言葉に、レノアはさらに溜め息を重ねた。

12-20

十二月二十日。予定から行くと、この日の窓の中には、手紙が入っているはずだった。そのためアスランは、自宅で開けたいと考えていた。キラにその旨を話すと、彼は随分と渋ったものの、結局は首を縦に振ってくれた。ただし、その代わりに家まで送っていくと聞かなかったが。

その成り行きをカリダに説明したところ、レノアへと連絡を取ってくれ、キラを家に泊めることで話がまとまった。深夜、キラを伴い家に帰ると、レノアは手放しで喜んでくれた。カリダの話によると、キラを泊める話はレノアから言い出したことだそうなので、それが当然の反応だったのかも知れない。

「おかえりなさい、アスラン。キラ君、いらっしゃい」

「お邪魔します」

「さあ、アスラン、箱の中身を開けましょう。もうあと一週間も切ったことだし、きっと良いものが入ってるわよ」

ねえ、キラ君、と同意を求めながら、レノアは二人を先導して、居間へと向かった。室内は、二人が来ることを見越してか、快適な温度に設定されていた。居間に入るなり温かな空気に包まれ、キラもアスランも、身体の力が緩く抜けていくのを感じた。

室内にはさらに、先日まではなかったクリスマスツリーが飾られていた。アスランはそれに歓声を上げると、その足元まで行き、紙袋で運んできた、例の箱を取り出した。そして、二人のほうへと一度視線をやり、慎重な手つきで窓を開けた。

中から出てきたのは、予想通り、一枚の紙切れだった。アスランは、もう一度母とキラとを見てから、その手紙を広げた。

「親愛なるアスラン、元気だろうか。私は元気にやっている。

これをお前が読んでいるのは、予定からすれば十二月二十日だろう。もう残り一週間を切り、箱の大半が開けられたことだと思う。十六日から十九日までの窓の中には、リボンを入れておいた。これには、次のような理由がある。

以前贈った積み木は、用途の決まっていない一定の形を利用して、何らかの形をつくりだすものだったが、このリボンは、すでに用途の決まったもので、何らかの新たな可能性をつくりだすものだ。ともに固体だが、リボンはより固い、と言っても良いだろう。つまり、創造性の新たな段階だ。私はお前に、創造力のある、素晴らしい人間になって欲しいと思っている。だから、リボンを送った。

それでは、次に会うときを楽しみにしている」

「より固い?」

疑問の声を上げたのは、アスランではなくキラだった。眉間に皺を寄せた不可解なその表情に、レノアは苦笑した。

「そうねえ、何て言えば良いのかしら。積み木は、それをつかって、お城とか、車とか、何かをつくるものよね。でも、リボンは違うわ。ラッピングや髪飾り、つまり、『結ぶ』ことで何かを飾るためにあるのよね。だから、リボンを使う目的は、その範囲に限られてる。でも、それ以外にも、使い方はあるわ。その、本来とは異なる使い方を考え出すことがより高度な創造なんだと、パトリックはそう言っているのね」

そこまで説明してから、レノアは、「まあ、あんな無愛想で小難しい言葉遣いじゃ、分かるものも分からないわよね」と、溜め息を吐いた。しかし、アスランはパトリックの意図を汲み取ったらしく、嬉しげに昨日までに集まった四本のリボンを取り出し、眺めている。それを見て、キラは唇を噛んだ。

何が悔しいのか分からない。しかし、どうにも息苦しい。まるで、胸の中に鉛でもあるかのようだ。

理由の分からぬ重苦しさに耐えながら、キラは、アスランの喜ぶ様を見つめていた。

十六日目。遅くなってしまいました。そのかわりといってはなんですが、長め。そして色々動き出します(2004-12-16)。

十七日目。アスラン×カリダママ?いえ、実は、カリダ×アスランなんですよ(どっちも違う)(2004-12-17)。

十八日目終了。キラアスくさいでしょうか。この「噛み合わない」がキラアスの基本だと(勝手に)思っていたり(2004-12-18)。

十九日目終了。ママたちの会話。私の頭の中では、カリダがレノアよりも一枚上手です(2004-12-19)。

ついに二十日目。舞台はザラ家に戻りました。キラの気持ちも複雑ってことで(2004-12-20)。


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