花束
唐突に花束を渡された。
「おめでとう」
白いスーツの上下に、黒いワイシャツ。いつも以上に丁寧に撫で付けられた金髪。ディアッカに気合いが入っていることは、鈍い鈍いと言われるアスランにも、充分に伝わってきた。
「ありがとう」
とりあえず「おめでとう」と言われたからにはこう返さねばなるまい。何故おめでとうなのかも分からぬまま、アスランは花束を受け取った。
場所は地球、アスランの新居である。彼の前に、久々にイザークとディアッカが顔を出したのが昨日のこと。狭い一人暮らしだがと二人を泊め、今朝にはキラも訪ねてきた。やけにキラに突っかかるパジャマ姿のイザークを宥めつつ、ディアッカが着替えに寝室に消えたのはつい先ほど。出てきた途端、目にも眩しい白スーツと、これもまた鮮やかな一抱えの花束が、アスランの度肝を抜いた。
そもそも、あんな大きな花束を持っていたなら、昨日の時点で気付いているはずだ。確認するようにイザークの様子をうかがったが、こちらも目を白黒させているところを見ると、どうやら花束の存在を知らなかったらしい。ならばどうやって用意したのだろう。早朝に花屋にでも走ったのか。
いや、それはどうでも良いことだった。もっと重要な問題がある。
今日は、いったい何の日だ?
「…そうか、今日は10月29日か」
「貴様!覚えてなかったのか」
ぽつりと呟いた言葉に、火のように苛烈な視線が飛んでくる。「だからわざわざ来てやったというのに」と続く言葉に合点がいった。
「ああ、それで」
「いや違うそんなことじゃない。問題は」
「そう、どうして花束なわけ?ディアッカ」
イザークを押しのけ、「さては君も参戦するつもり?」と、今まで黙っていたキラが低い声でディアッカに詰め寄った。
しかし、ディアッカは軽く肩を竦めるだけで、またアスランに向き直った。
「君が生まれてきてくれて、君に出会えて、本当に嬉しいよ」
「は?」
いつにない真剣な顔で詰め寄るディアッカに、アスランの困惑は深まるばかりだった。熱でもあるのではないかと額に当てようとして伸ばした手を硝子細工のように包まれた時点で、それは頂点に達した。
こともあろうに彼は、アスランの手の甲に、恭しく唇を落としたのだ。
「き、き、き、貴様ぁあっ!」
「うわ、待てイザーク、落ち着け!」
叫び暴れるイザーク、両手を挙げて降参の意を示すディアッカ、茫然自失のアスラン、目を見開いて不気味な笑を貼りつかせたキラ。
場は一瞬で、修羅場と化した。
その中で最も早く現状を把握したのは、意外にもアスランだった。マイペースな性格が幸いしたともいえる。
「ディアッカ、これはもしかして、練習か?」
「あ、ばれた?」
練習の言葉に、イザークの動きがぴたりと止まった。
「いやー、もう後三ヵ月ちょいしかないから、焦っちゃってさー」
頭に手を当ててへらへらと笑うディアッカの様子に、ようやく事態が飲み込めた。そうだ、確かこいつが言い寄っている女の誕生日が近いからどうとか。
分かってみれば、何のことはなかった。
「俺は女性の気持ちは分からないが、そのスーツはやめたほうが良いんじゃないか?」
「え、そお?」
「それから、手の甲にキスをするのも、引くな、普通」
「えー、そうかねぇ?」
アスランの感想を聞きながら、更に計画を練り直しているディアッカだったが、どうしてもキスのくだりは譲れないようだ。
「愛情の表現として、スキンシップは必要じゃん」
「握手とかじゃだめなのか」
それは駄目だろう。そもそも、会ったばかりでも別れ際でもないのに、何が悲しくて握手なのか。
イザークは眉間に皺を寄せたが、賢明にもそれを口に出しはしなかった。
「じゃあ、せめてもっとフレンドリーな場所にキスするとか」
「例えば?」
「そうだなぁ…」
考え込むアスランに、ディアッカは悪戯を思いついた子供のような目を向けた。
「そうだ、こことかは?」
ちゅ、と派手な音を立てて、ディアッカの唇がアスランの肌に触れた。その光景に、イザークが再び目を剥く。
「き、き、き、貴様ぁあっ!」
今度こそディアッカに掴みかかるイザークを視界に捉えながら、アスランはまた呆然と立ち尽くした。今度は自分の頬に手を当てて。
「あ、もしもしミリアリア?僕だけど」
その横で、キラが不穏な笑顔を貼り付かせながら、電話を片手にアスランを引き寄せた。その手は小刻みに震え、手に持った受話器がみしみしと音を立てている。
「そう、アスランの家だよ、うん。今すぐ来て欲しいんだけど、良い?」
キラが電話をしていることにも気付かず、ディアッカはイザークの襲撃にあっていた。
「そう、ディアッカが浮気を、ね」
敵に回しちゃいけない人っていますよね。